第18話 策略と利害

「ど、どういうこと? もっと点滅は小さく映されるはず……豆粒よりも微小に具体的に表示されてッ!」


 これがスタンダードなのかと思っていたが彼女の反応を見る限りイレギュラーな事態が発生しているのは確かだった。

 喜んでいいのか、はたまた絶望すればいいのか分からない居心地の悪い空気感が大図書館へと蔓延を始める。


「これは異常って言っていいのか?」


「断言して構わないわ……こんな表示のされ方はあり得ないはずッ! 何でこんな範囲が膨大に……あっ」


 突然何かを察したかのようにストレックは声を溢し、紅蓮の髪を掻き上げる。

 妙案でも閃いたのかと思ったが浮かべている表情は依然として困惑であり打開策が誕生した訳ではないらしい。

 

「そうか……そういうこと……エグゼクスの魔力が高すぎてミレニオン粒子が原子レベルの共鳴が十分に出来てない、だからこうやって範囲が絞りきれてないんだわ」


「な、なるほど! それならこの表示になったのも合点がいく、対象物はユレア生徒会長にも並ぶ魔導書。ミレニオンが潜在する魔力を抱きしめ切れなかった、だからこんな三十キロはある抽象的かつ膨大な範囲に」


 凡人を置いていく高次元の掛け合い。

 モニカもストレックの話に食いつき盛り上がる少女達にただ呆然とするしかない。

 二人の会話は加速していくがマヌケな顔を浮かべる俺を横目で見たストレックは息を整えると実情を明かしていく。

 

「あぁえっとつまり……貴方が契約した魔導書の潜在的な魔力が高すぎて範囲が絞れないのよ。この仮説は恐らく正しいわ」


「高すぎで絞れない!? いや、全然あり得る話ではあるのか?」


 この機械を貶す意味はないが相手は最強に値すると言われる唯一無二の力。

 探知機能がまともに動かない程に魔力が膨大だという発言とモニターの異質さがエグゼクスの偉大さを表している。

 やはり俺はユレアという絶対的強者を覆せる可能性を得てしまったらしいな。


「逆に言えばこの場所には絶対にあるってことだよな。異常が起きてんだから」


「表示されたのはここから推定四十キロ離れた直径で約二十キロの範囲……可能性が高いとすればやはりここかしら」


 爪までご丁寧に手入れされた指でストレックは最有力の候補地を差す。

 範囲は広大だが思ったよりも遠方ではない位置であり喜びたいのだが。


「オルファ・レンド神殿……寄りにも寄って地獄にも似た場所かよッ!?」


 反応があるエリアの大部分を占める古代都市跡地に存在する危険地帯。

 氷河が支配する殿と溶岩蠢く殿が重なり合うように存在する巨大神殿の総称。

 内部には魔族は愚か、好戦的かつ危険なも存在すると噂される為、生半可に挑む者は簡単に命が潰えると言っていい。

 少なからず第四階層や第三階層が二つを攻略するのは高難易度だろう。


「こんな人が寄らないような場所に反応……前の選ばれし者の仕業ってか? レッド」


「恐らくな、逆に信憑性が上がったぜ。燃え盛るマグマの中にページを捨てたのか、或いは極寒の地で氷漬けにしたか。まっ封印するならそれくらいはするだろ」


「出来ることなら氷漬けの方がまだやりやすいがな」


「同感だ、寒がりではあるが骨まで焼き切れる温かさは流石に御免だ」


 だが逆に前の選ばれし者の動きを裏付けている事へマッズと言葉を交わす。

 極寒と業火がまざり合う安息の地なんて存在しない場所だが何かを封印する為なら最適と言っていいだろう。  

 草木で隠してるとか間抜けな方法を取ってくれてた方がこっちも気が楽だったが。


「しかしどうしますか? エグゼクスのページが存在するのはほぼ確実。ですがこの神殿二つを攻略するのは……無理があるかと」


「消極的になんなよ、そんなの気力と気合で突っ切って!」


「んな事出来るかバーカッ! オルファ・レンド神殿は紛れもない危険地帯。正反対の性質を持つ巨大な神殿をで捜索するのは至難の業であり体力が持ちません!」


「一日? 何言ってんだ、難易度が高いのなら何回かに分けて挑めば」


「それはあくまで自分達だけで考えればの話です……よく考えてください、第四階層の私達が神殿に挑む、端から見れば違和感しかない行動です。勘の良い者はエグゼクスのページが眠っていると動き出しても可笑しくはありません」


「はっ……? いやいやそんなの俺達がいい子ちゃんに黙ってればいい話であって」


「ユレア生徒会長との約束をもうお忘れになったのですか? 私達は毎日生徒会へと報告を行う義務があると。話が漏れる可能性は十分にありますッ! 仮に他の有力者や第一階層が動き出せば私達は更に不利な立場に陥ることになりますよ」


「えっめっちゃヤバいじゃん!?」


「ヤバいんですよアホンダラ! 皆がユレア生徒会長を慕ってる訳じゃない。自分が生徒会長になろうとして最強の力を得ようとする人もいるはずです! 先にページを取られれば不利な取り引きを持ち掛けられて実質的にエグゼクスを掌握されますよ!?」


「……ページも爆発するっていう同じ嘘を後付けして奪い取るってのは」


「流石に不自然ですよ……何で裁判の段階で言わないんだって話になります。そもそも「知るかそんなこと」って押し切られたら終わりじゃないですか」


 モニカの言葉に改めて警告を行っていたユレアの真剣な瞳を思い出す。

 あいつが直々に「争奪戦は免れない」と発言していた辺り……本当に有力者が動き出す可能性が大いにある。

 ただでさえ攻略難易度が高い場所だってのに一日で攻略しなければ不利になる可能性大とか最上位の理不尽を味わってる。


「チクショウ……詰みに更に詰みかよ」


 詰みかけの連続に思考を巡らす中、ユレアやモニカが危惧していた出来事は直ぐにも俺達へと襲い掛かる。

 モニターに集中する余り、着実に迫りくる悪寒に全く気付けなかった。


「よぉ変態王子、元気してっか?」


 不意に鼓膜へと響いた声に振り返ろうとした瞬間、既に俺の肩には筋肉質な腕が掛けられていた。

 目線にはキレのある瞳とオールバックの黒髪が鮮明に映り血の気が引く感覚が起きる。

 ベイル・アルフォー・レイリズム……正体がそいつだって事は直ぐにも分かった。


「ベイル……!?」


「んだよ、そんな悪魔がやって来たみたいな顔をして失礼するな」


「お前……授業はどうした?」


「はぁ? 別にいいだろちょっと授業をサボったって自己責任なんだからよ、てか何だ? 旧式の魔力探知機なんか持ち出してお仲間でイチャイチャしてよ」


 不味い……こいつの存在を察知できなかったは愚か、モニターを見られた。

 背後にはいつものように男女の取り巻きが嘲笑うように俺達を蔑む目で見つめている。

 誰かに知られてはいけないと話していた矢先にこんな事が起きるか普通……!?


「あっもしかしてその神殿に巷で話題の魔導書のページがあるとか? その窪みにある物騒な黒い魔導書がエグゼクスか」 


「はぁっ? 違うに決まってんだろ。冗談言うなら帰りやがれ暇人が」

 

「いつもよりも口調が荒いなぁ? 図星でも突かれて動揺したか。見た感じ全然範囲絞れてねぇみたいだが」


 クソッ、寄りにも寄って何でこいつに。

 腹は立つが第二階層の実力は伊達ではなく察しの良さでもうこちらの真実たどり着いてやがる。

 ただでさえかなり面倒な状況だって言うのに何でこいつはこうもタイミングが悪い時にやってくるんだよクソが……ッ!


「おいおい、そんな睨むなよ。偶然お前達が面白いことやってんのを目にしただけなんだからよ」


「偶然……そんな顔には見えないけどな」


「失礼だな〜まぁいい、お前らは早速エグゼクスのページを見つけたって訳だろ? だったらでもしないか?」


「協力だと?」


 ミュージカルのようなわざとらしい動作と共にベイルは口端を吊り上げながら右手を突き出して来る。

 

「その魔導書、俺とお前の共有物ってことにしねぇか? 代わりにオルファ・レンド山脈でページの捜索を手伝ってやる」


「はっ……ふ、ふざけないでください! 貴方みたいな胡散臭い連中と手を組むとか!」


「まぁ落ち着けよ半熟一年、自分の立場分かってんのか? このまま他の有力者にもこの情報リークしてもいいんだぜ。それで一番困るのはお前らだろ?」


「ッ……それは……でも!」 


 憤怒を込めたモニカの反論を飄々と受け流しながらベイルは俺達の劣勢的な状況を揺さぶり、利用を図ろうとする。


「難しい条件は出してない。共有物にしてくれればいいんだ。俺もあのユレアを凌駕する可能性を秘めている最強の力ってやつに興味があってな」


「ユレアを潰すつもりか……?」


「まっそれもまた一興だな。あの揺るぎない生徒会長を潰せるのは実に面白い。それにお前らにだって得をさせてやるよ」


 舐め回すような視線を向けながらベイルは俺との距離を詰める。

 鼻につく吐息に思わず舌打ちをしそうになるが苛立ちを抑え込む。


「俺の推薦で第二階層、いや第一階層までお前ら全員昇格させてもいい」


「何だと……?」


「一応親は有名な資産家でな、学園への出資もあって影響力はある。数人を昇格させることは造作もない。何なら俺自身が後ろ盾になったっていい。第一階層で卒業すれば大企業への就職も間違いなし。金も権力も貰えて将来安泰、悪くない話じゃないか?」


 第二階層、第一階層……誰もが夢見る上位階級をちらつかせベイルは誘惑を行う。

 こいつの意見を呑むだけで昇格出来るという相応の利益がある魅力的な提案。


「どうする? お互いにとって有益な選択肢を取ろうじゃねぇか。世の中、手を取り合うのが大切なんだからよ」


 ただエグゼクスを渡せば金も名声も権力も意のままに手に入る……おっぱいやお尻と同じくらい破壊力のある話だ。  

 何ともいえない微笑みを向けながらベイルは俺の返答を待ち続ける。


「……分かった」


「えっ、はっ?」


 一拍おいて同意を口にすると共に首肯した俺の行いにモニカは唖然の声を挙げた。

 冷ややかな視線を向ける彼女に構わずベイルの提案を呑み込み言葉を紡いでいく。

 

「確かに有益なのは良いことだ。俺だって何時までも意地張ってる馬鹿じゃねぇよ。正直言えば強い仲間が欲しかった」


「フッ、流石は変態王子だ。これまでの事は水に流そうじゃないか、相棒?」


「そうだな……相棒。お前と手を組むことは正解だと信じている」


 差し出された血管が浮き出る右手へと同じく右手を差し出す。

 硬く交わした握手に俺とベイルへと朗らかだと自負する笑みを浮かべた。


「それで? 最強様のページは何処に眠っているんだ?」


「……オルファ・レンド神殿であるのは間違いない。俺達は殿で確定だと考えている」


「理由は?」


「ページは紙であり可燃性を持つ。消失の可能性も多いにあるってのに業火が支配する場所に置くのは馬鹿がすることだ」


「ほぉ、白氷ね〜まっ何かを隠すのなら安全で十分な場所か。ありがとうな相棒、代わりに俺達が取ってきてやるよ。そこで優雅にお茶でもしながら待ってな」


「成功したんなら最高の茶葉で持て成してやるよ。武運を祈る」


「菓子もつけてくれよ? んじゃちょっくら冒険でもしてくるか」


 闘争心に溢れる顔を剥き出し拳を鳴らすと取り巻き共を連れて大図書館に背を向ける。

 バカみたいに優雅に歩き出すベイル達の姿が完全に見えなくなった瞬間。


「ハッ、アホな奴ら「馬鹿ッ!」」


「ぐぼぇッ!?」


 嘲る言葉を口にしようとしたが切り裂くような強烈な平手打ちが頬に響いた。

 バチンと痛烈な音が轟き手形が付く程の威力を持つ一撃を放ったモニカは顔を真っ赤に染めて俺の胸ぐらを掴む。


「馬鹿……馬鹿なんですか貴方! そんなにも意志が弱くて権力に屈するクソ人間だとは思いませんでしたよッ! この馬鹿! そんなしょうもない五流の人間に付き合ってたなんて思いたくありませんッ!」


「ちょ、待てモニカ話を!?」


 バチン……バチン……バチンッ!

 若干涙目にも見える激情に身を任せた平手打ちの連続は止まらず何度も往復していく。


「うっさいこのクソ変態人間! お前のパンツへの思いはそんなモノなのかッ! このアホ! バカバカバーカ! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねッ!」


「ごっ!? がっ!? ま……待て待て待て待て待て! 俺はあいつらに屈した訳じゃねぇよッ!」


「はっ?」


 モニカの手が止まる。

 いや顔は般若の如く恐ろしいが理性は保ってくれたと見ていいだろう。

 咄嗟にストレックとマッズが彼女を引き離したことでようやくまともに話せる環境が生まれた。

 

「痛ぇ……平手打ちの威力高すぎだろ」


「ど、どういうことですか? 貴方はあんな奴の要求を呆気なく呑み込んでッ!」


「お前、まさかただ単にあんな条件を受け入れると思ったのか? バーカ」


 突然の強襲は流石に驚いたがどうやらこいつはかなり勘違いしているらしい。

 この俺が権力に目を眩ませてお坊ちゃんにゴマすりをする奴ってな。


「モニカ、お前は二つの神殿を一日で捜索するのは至難の業って言ったよな? つまりは二つじゃなきゃ行けるって訳だ」


「えっ……あっいや……ま、まぁ危険ではありますが攻略難易度は下がるかと……一体何をするつもりなのですか?」


「まぁ見てな、使えるものは全て使ってやるのが俺のやり方だ、一か八かの大きな賭けと行こうじゃないか……頬痛っ」


 さて、咄嗟に閃いたことだがどれだけ奴らは操り人形になってくれるのか。

 口に残る痛みを堪えながら唖然とするモニカへと俺は最高に悪いと思っている笑みを周囲へと向けた。

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