第5話 ユーレイス遺跡

 ユーレイス遺跡。

 ファルブレット近郊に位置する巨大古代遺跡のであり学園公認の演習場の一つ。

 かつては学生の身分では到底対処出来ない程に魔族が蔓延んでいたが、今では魔族も疎らであり実戦授業には持って来いの場だ。

 その反面、未だに解明されていない箇所が多いとされる遺跡の正面入口付近へと俺は必死に足を回していた。


「ぜぇ……ぜぇ……間に合った」


 到着と同時に始まる担当教師の点呼。

 数百人はいるであろう中、死に物狂いの走りは功を奏し目的地へと辿り着く。

 目線の先には既に転移魔法で移動しているモニカ、マッズ、ストレックの姿があった。

 

「無事に着きましたか。お見事ですね」


「褒め言葉を述べるくらいなら俺にも使わせて欲しかったけどな……!」


「甘えないでください、欲しいのなら自分で頑張って取得してください。お子様じゃないでちゅよね〜?」


「シュレ級の魔法ですら不安定な俺にその無茶難題を言うか?」


 明らかに心が籠もってない褒め言葉を口にするモニカへと視線を向けながら俺は首筋に溢れる汗を拭き取る。

 馬鹿馬鹿しいやり取りを行う最中、声の通る担当教師は授業概要を明かした。


「今回は第三階層、第四階層の一年二年を対象とした大規模の合同実戦演習だ。治安向上も兼ねて内容は遺跡内に蔓延る低級魔物の討伐。一時間という期間の中で撃破数及び種族により昇降格の成績へと反映される。戦法は自由であり命に関わる程でなければ妨害行為も認められる。各自、心して挑むように」


「しゃオラ来たァァァァァァ!」


「絶対に第二階層に上がってやるよ!」


「邪魔すんなよお前らァ!」


「下剋上やって来たりィィィ!」


 淡々と読み上げる教師とは裏腹に周囲は地鳴りのような歓声と熱狂に包まれる。

 それもそのはず、不定期に行われるこの大規模な合同演習は技術面の配点において成績に大きく反映される。

 つまり階層の昇格にはまたとない機会、誰もが第二階層、第一階層へと高みへの野望を秘めた炎を燃やし、闘志を剥き出す。


「先生、噂じゃここにエグゼクスがあるなんて話もありますけど本当なんですか〜?」


「私語は慎め。だが……未開の塊であるこの場所だ。合っても可笑しくはないだろうな。暇だったらお宝探しでもしたらどうだ?」


 教師からの煽りに再び歓声が湧き上がる。

 確かに大半が未開の地と言われる遺跡ならエグゼクスでなくともお宝が眠っている可能性はあって盛り上がる気持ちも分かる。

 だが……それはあくまで第三階層に位置する者が該当していた。


「相変わらず暗いわね、私達の階層は」


 湿度の高い陰鬱な空気感を放つ箇所へと思わずストレックは眉を顰める。

 彼女の言葉通り、俺達と同胞である者は誰も瞳に光が灯っておらず悲観した雰囲気がこれでもかと醸し出されていた。

 

 第四階層__。

 この学園にて最底辺と位置付けられた汎ゆる劣等生が集う最下層の存在。

 全体的に劣っている、ある部分だけが大きく劣っていると要因は様々だが、どれもこれも昇格は絶望的な者達ばかりだ。  

 第三階層に昇格出来る者すら稀であり、第二階層に這い上がった者はここ十年で誰一人として存在しないらしい。

 這い上がれない虚無感、故に第四階層の烙印を押された者は劣等に位置する自分に悲観して退学する者も少なくない。


「はぁ……やりたくねぇ」


「もういいよ、適当にやってれば終わるし。エグゼクスとかも下らないし」


「どうせ俺ら第四階層は第三階層の奴らに活躍取られるんだから、まぁ……活躍なんてそもそも無理な話だけども」


 少し耳を傾ければこっちまで気分が沈みそうになる言葉が飛び交う。

 ネガティブな発言の連発が原因か分からないが第四階層向ける第三階層の視線は実に冷やかかで見下したものだった。


「比較的安全地帯とはいえ各自自らの安全を第一に行動し状況によっては直ぐに離脱するように。では合同実戦演習……始めッ!」


 知ってか知らずか、教師は陰鬱な言葉に耳を傾ける事はなく無情にも開始の合図は高らかに告げられ、各々が我先にと獲物を狙って常闇が広がるエリアへと散っていく。

 雪崩のような勢いに少し出遅れたが俺達にゆっくりする暇などなく息を整えると早速討伐へと動き出す。

 

「で……お前は何で俺に密着してんだ?」


 と早速やりたい所だったが……俺の腕をガッチリとホールドしているモニカが次の動きを停止させていた。

 散々自分のことを嫌っておきながらシレッと俺達のチームにいる雰囲気を出す。


「誰とチームを組む決まりなど定められていません。一人で挑むより複数人で挑んだ方が勝利への確率も格段に上がりますし二年生の貴方達の方が経験豊富に思っただけです」


「それってつまりお前友達いな「はぁ?」」


「えぇいませんけどそれが何か!? 私は別に本があれば幸せ者なんでぇ! そもそも友達を持つ事が勝者という定義など偏見の塊であり! 人のあり方は多様であるべきなんで友達いないの馬鹿にしないでもらえます?」


「ちょ痛っ!? ご、ごめっ悪かったから二の腕を抓るな!?」


 地味に嫌な痛みがチクチクと腕に刺さる。

 俺達に絡む以外に人と話している様子がない彼女へシンプルな疑問を投げたつもりだったがどうやら逆鱗に触れてしまったらしい。


「はぁ……ストレック先輩という女性が近くにいるのに何でこの人はこんなデリカシーのない発言を突っ込めるのか」


「モニカちゃん、生徒会長のパンツを見たがってる男が乙女心に配慮出来ると思う?」


「あぁ……言われてみればそうですね」


「無理な話だろうな」


「おいお前らッ!?」


 全員に貶された挙げ句、マッズにすら擁護すらして貰えない事実はかなり心に来る。

 初っ端から見事に足並みが揃わないがこれはこれで俺達らしいと自分なりの解釈で心を落ち着かせる。


「全く……しかしこのバカ広いエリアで有耶無耶に探すのも酷か」

 

 意気込んだもののこの広大な遺跡の中、ピンポイントで蔓延る魔物を発見するというのは困難を極める。  

 闇雲に探すのも手段の一つであるが最良の方法とは言えないだろう。

 

「モニカ、探索魔法とかあるか?」


「舐めてんですか? 私は魔力と技術だけなら第二階層に値する才能を持つ女、こんな場所の探索など……発動魔法段階ファイラ、地探査アラウンド・ネイキッド


 翡翠色の魔導書を経由しながらモニカは慣れた動きで詠唱を読み上げていく。

 淡い光が周囲へと散布され、不可思議な幾何学模様を描き出す。


「大体半径七百メートル圏内の生命体を感知するファイラ級の探索魔法です。指定距離内であれば如何なる魔物でもこれを頼りに見つけることが出来ます」


「流石、魔力は一流ってかモニカ」 


「当然の芸当です。わざわざ褒めないで」


 生意気な一面もあり、体力は子供よりもないと言われるモニカだが魔法の技術は一級品であり有用性にも優れている。

 俺が二年へと進級した辺りに彼女と絡みが始まったがいい人脈を持てたと今でも思っている、度々酷く辛辣ではあるが。


「残念ながら戦える体力はありません。肉体労働はそちらが頑張ってくださいね」


「勿論、端からそのつもりだ」

 

 モニカの効率を向上させるサポートもあり魔族と一切遭遇しなかったなんて滑稽な結末を迎えることはまず回避に成功する。


「フシリィァァァァッ!」


 裏付けの根拠として彼女の探索魔法が反応したエリアには数体の魔族が奇怪な鳴き声を奏でた。

 眼前で俺達を威嚇する魔族の体長は一メートル程の矮小な見た目の鼠型だ。

 鋭い牙を剝き出しにし、涎を垂れ流す姿は酷く不快さを極めている。


「低級魔族ゴルゾ・ラット、ウォーミングアップには持って来いの相手ね」


「少し身体が冷えてたんだ、筋肉を温めるには丁度いいメニューだな」


 即座に臨戦態勢を取り始める二人を追うように俺も魔導書を開き、殺意の形相で睨む敵へと一気に加速した。


「後方支援を行う、発動魔法段階ファイラ、指炎弾フィンガー・ファイアショット


 ストレックの詠唱が終わると同時に魔導書を経由して具現化された小さな焔が彼女の細長い五本の指先へと集結していく。

 風に揺られる業火の塊は豪速でゴルゾ・ラットの足元へと放たれ火傷の効果により奴等の動きを大きく怯ませる。


「発動魔法段階シュレ、雷蹴プラズマ・キックッ!」


「発動魔法段階シュレ、光弾シャイニング・ショットッ!」


 生まれた隙を逃さず俺達は一気に懐へと迫り確実に当たる距離にて魔法を発動する。

 雷撃を脚部へと纏うマッズの蹴撃と俺が生み出した閃光の一撃はほぼ同時に直撃した。


 爆散する雷、風を穿つ光弾。

 眩い輝きと聞くに耐えない断末魔と共にゴルゾ・ラットの肉体は木っ端微塵となり、地面を青黒い鮮血で染め上げる。


「ハッ、幸先絶好調だなッ!」


 撃破の証としてゴルゾ・ラットの遺体の一部を配布された絹の袋へと搔き集める。

 ユレアやエグゼクスならこんな雑魚敵指一本で蹴散らせるだろうが俺達は例え格下の雑魚だろうと気を抜くことは許されない。

 と、偉そうに語っている俺も一年の頃は調子に乗り過ぎてやらかした経験があるが。


「出だしとしては及第点ですね。このまま他の者に活躍の場を奪われてしまう前に狩りまくりましょう。時間はある」


 モニカが装着する腕時計の針は僅かに五分だけ進んでいる。

 ストレックに加えて新たに彼女が加入したお陰か、マッズと二人で行っていた頃の何倍も効率良く事が進んでいた。


「おっしゃ! ここで活躍してその勢いのままにユレアのパンツを見るッ!」


「また思考はパンツですか……何処まで脳みそがパンツなのか、この男は」


「当たり前だろ! 俺はずっとそれを目標にして学園生活過ごしてるってんだ」


「……この質問は今更過ぎる話にかもしれませんが何故レッドは生徒会長のパンツに拘るのですか? まさか救えない性癖を持つド変態という安易な理由とでも?」

 

 初陣を勝利で収め、良い空気感が場を包み込む最中、モニカは侮辱的な視線で俺の瞳を見つめながら問う。

 そういえば……こいつにはまだ明かしていなかった、周りからどれだけ変態扱いされようとユレアに拘る理由を。


「違うな、だよ」


「復讐?」


「あいつへの復讐さ。十年前の憎しみを返すためにな」


 俺の頭の中に鮮明に焼き付いた光景は忘れようとしても離れない。

 静寂が支配する巣窟の空間で瞳を閉じながら俺は自らの過去の追想を始めた。

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