第4話 アンニュイ美少女は激情を纏う
購買部にて軽食を購入した俺等が向かった先は食堂ではない。
モダンな香りが蔓延し、居心地の良い空気が支配する大図書館へと屯している。
学園に設置された首が疲れる程に見上げられる大図書館の夥しい書物の数々は荘厳さをこれでもかと演出していた。
「あの隠し玉は流石に予想していなかった、魔導書を弾き飛ばしてブチのめす作戦は全てお釈迦だな」
「卑怯の発想で言えばお前はかなり優れてるがそれ以前の問題だとは……だが魔導書なしの詠唱が行える事が知れたのは大きな収穫じゃないか?」
「そこに異論はない。透明な事実は多ければ多いほどこちらに良い風を生む」
「シュレ級しか扱えない貴方が機転を活かして隙を作り私達が有効打を与える。悪くない内容なのにね」
現代魔法を定義する三段階のレベル。
主にシュレ級、ファイラ級、ドライヴ級と振り分けられており一つでもドライヴの魔法を取得してる奴は優秀と決められている。
と言いつつ俺は初心者魔法と揶揄されるシュレ級しか扱えてないのが現状な訳だが。
「スタイルそのものを一新するのも手段の一つよ。錯乱役を入れ替え貴方が直接ユレアへの物理攻撃を行うのもね」
「俺自身がね……やれんなら隙ついて脛にローキック戦法もありだがあいつフィジカルも人間離れしてるからな」
「いっそのこと胸ぐらでも掴んで引き千切ってブラジャーを露わにする作戦もありじゃないかしら?」
「いいとこの娘が何てこと提案してんだ」
「あら、箱入り娘だって時には下劣なことも考えるのよ?」
低カロリーのサンドイッチを頬張りながら中身おっさんなのかと勘違いする発想を恥ずかしげもなく披露するストレック。
お嬢様出身が何言ってんだと思うが羞恥心を煽って硬直させるのは正直な所、立派な手段の一つではある。
それ程までにユレアに隙はなく勝つことに拘るなら手段を選んではいられない。
まっ、余計に批判は募るしユレアのファンクラブからはブチ殺されるの確定だが。
「ここまで来るとあの迷信に賭けるのも手になってくるな」
「迷信?」
「エグゼクス、選ばれし者は世界を支配する力を手に入れると言われている絶対的な魔導書。近くの深淵にあるって噂だろ?」
「あのなぁ……仮にあったとしたも俺が選ばれる訳無いだろうが。世界を支配する力に見合ってるのなんてユレアくらいだろ」
「だからと言ってもし彼女が選ばれたらそれこそ詰みってやつじゃないか? 俺の筋肉だろうと萎縮しちまうぞ」
「同感、理不尽な強さを持つ人間がより理不尽な力を手に入れるとか神すらも怯えて跪くぜきっと」
面白半分にエグゼクスの名を口にしたマッズだがもしユレアが選ばれし者となればもう流石にどうにもならないな。
現代最強という二つ名でさえ見劣りするスペックを有しているのに更にバフが掛かるとかパワーバランス大崩壊だ。
「まっ……万が一で俺が選ばれるんだったらパンツに使わせてもらう。その為なら最強の力だろうと全部抱き締めてやるよッ!」
「何はどうあれ……その野望の本拠地をこの図書館にしないで頂きたいのですが」
ふと、聞き覚えのある声と共にベレー帽を被る一人の闖入者の姿が視界に映る。
艶のある翡翠色の髪をボブカットに切り揃えた眼鏡の小柄なアンニュイ美少女は不満気な表情と共に腕を組んで佇んでいた。
膨らみかけの慎ましい胸部だが寧ろそのスレンダーさが彼女の魅力を底上げしている。
「ようモニカ、今日も勉強か?」
「大声禁止の張り紙を無視して居座る騒がしい貴方達がいなければ勉強してましたよ。あと気安く名前で呼ばないでください」
モニカ・ロウ・カンヘル。
俺等と同じく第四階層の身である知識オタクな一年生の小柄な萌え袖図書委員。
学力や魔力適正、魔法技術のみなら第二階層レベルだが絶望的に体力がなく、第四階層に位置しているとのこと。
エクリュース内に定められた階級制度。
身体能力、武術、学力、魔力、技術などあらゆる観点を公平的に評価し、ランクを決める実力主義な学園を表す一番の象徴。
総合的な基準値や活躍により毎回月末に階層の昇降格が行われ、例え第一階層でも慢心していれば呆気なく第三階層まで降格するという事例も少なくない程に判定はシビア。
故に生徒会に位置する者は全項目においてトップクラスの能力を有し、昇降格の激しいバトルロワイヤルを常に勝ち続けている非のない完璧な存在しかいない。
「図書館という概念を知らないのであれば教えてあげましょう。ここは静寂こそが神聖である世界中の知識や教養、文化を兼ね備えている自己研鑽の場。貴方達の馬鹿騒ぎによって静謐な空間が破壊されるのは許し難いことなのです」
「あぁ……悪い、いやでも前よりかは静かにしているだろ? モニカちゃん」
「誰がモニカちゃんですかッ!? 次にちゃん付けで呼んだらズタズタのめった刺しにして追い出しますよッ!」
魔族すらも怯みそうな殺意に塗れた剣幕。
とてもじゃないが病弱体質とは思えない程に彼女はアグレッシブで感情豊か。
関係の長さで言えば最も新参だがこの真面目そうな雰囲気で中身が狂犬チックなのはギャップ萌え必須だ。
「モニカちゃん、図書館では静かに……だろ? 君も騒いでどうする、俺達も騒がしくしてしまったのは申し訳ない」
「ごめんねモニカちゃん、貴方の勉強の支障が出ない程には善処するから」
殴り掛かりそうな勢いだがマッズとストレックの冷静な指摘にモニカは自身の立場を理解し、歯軋りを鳴らしながら押し黙る。
ちなみに二人からちゃん付けされても特に何も言わない彼女だが俺に対してだけは異様に拒否反応を示すのは結構傷つく。
「全く……暇さえあればここに来て作戦だの立てて終いにはエグゼクスなんて下らない空想話で盛り上がるなんて」
「モニカは信じてないのか?」
「信じる訳ないでしょう、選ばれし者は誘われ最強の力を有するとか……そこらの小説家の方がリアリティある話を書けます。ユレア生徒会長を超える力だとか流石に馬鹿馬鹿しさを極めている。机上の空論です」
モニカは冷ややかな目線を送る。
知識人であるが故か、不透明な存在や定義に対してはよく拒否反応を示しており今回も変わらず彼女はエグゼクスの否定を行う。
「というかそれより! 貴方達を目当てにここへうるさい輩が来るのは許容出来ません、そろそろ作戦だのを立てるのに利用するのは止めて貰えないですかね?」
「食堂だと色々と絡まれんだよ。だから人気が無いここにいるってわけさ」
「チックソが……いくら利用人数が少ないからって好き勝手に」
モニカは本で口元を隠しながら鋭く見た目に見合わぬ舌打ちをする。
しかしこれ以上の罵声を諦めたのか一息つくと平行線な話題を彼女は切り替えた。
「もういいです、それより午後からは第三階層、第四階層の一年、二年を対象とした合同演習授業がありますね」
「えっ何それ?」
「いやだから一昨日に知らせが来たではありませんか。ユーレイス遺跡にて大規模な演習を行うと。実技関連の成績に大きく関わるので欠席遅刻は減点らしいです。貴方達は大丈夫なんですか? 呑気にこんなとこいて」
合同演習授業……あぁそういえばそんなのあったな、午後の授業二連続の実技演習。
いっけねぇな、ここ数日はユレアに申し込んだ非公式の模擬戦への作戦に頭がいっぱいいっぱいでつい忘れていた。
確か授業開始は一時半、今の時刻は……一時十五分。
「ん? おい、ここからユーレイス遺跡までって一体何分掛かる……?」
「時間にして二十分。このままだとギリギリ遅刻ですね。ご愁傷様で〜す」
「えっ? はっちょッ!?」
時間を全く気にしていなかった俺達はようやく絶望的な状況にいることを理解する。
しかし無情にも時が進む度に現時刻はあっという間に一時半を回ろうとしていた。
「不味い……急ぐぞッ!」
「ヤバい私も忘れてたッ!?」
マッズ達も焦燥感に満たされ始め、ゆっくり頬張っていた昼食を強引に口へ捩じ込む。
下剋上だの、ユレアのパンツ見るだの以前に授業日数足りずに留年なんて情けないにも程がある話だ。
これまでのバイト代の貯蓄で生活している上に実習でどうにか成績を稼いでる俺は尚更遅れてはいけない案件だ。
「バカお前!? 何で言わねぇんだよ! 気付いてたんなら言えよッ!」
「いや〜余りにも対ユレアに夢中な雰囲気でしたので中断させるのもアレかなと」
「お前ワザと言わなかったよなその顔は!? というかモニカ、お前も該当者なんだからヤバい立場だろ!」
「ご安心を。私はファイラ級の転移魔法を有しているので一分前でも問題はありません」
「なっ!? ちょそれ使わせろ!」
「はっ? いつも騒がしくしてるのですからこれくらいの報いは当然かと思うのですが〜まぁマッズ先輩とストレック先輩になら特別にしてもいいですけど」
「俺は!? 一応先輩だろッ!?」
「えぇ確かに先輩ではありますが力を貸す義務はありませんので……ハッ」
蔑むような目付きとバカにした微笑みで俺の滑稽な姿をモニカは憐れむ。
ユレアもそうだが……こいつも結構いい性格をしていると思う。
「だぁもう! 仕方ねぇ、一か八か我武者羅に全速で突っ切るしかないッ!」
一旦、色々考えるのは止めだ。
机へと雑に置いていた魔導書を掴むと俺は自身が持つ最大限の力で加速を行う。
こういう瀬戸際の事態は並の人間よりかは慣れてる、何事かと振り向く周りの視線を無視しながら俺は不格好に走り続けた。
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