お返しは3倍返しらしいです

星雷はやと

お返しは3倍返しらしいです



「これは絶対に浮気している……」


スマホの通達画面を見た私は一人、自宅で拳を握る。疑惑が確信に変わった瞬間だ。


私には大学生の恋人が居る。彼とは同じ大学で同じ学科である為、ほぼ毎日一緒に過ごしている。好きな人と離れずに居られることは素直に嬉しい。

だが、彼氏であるエリックはとてもモテるのだ。イギリス人と日本人のハーフで、プラチナブロンドの髪にコバルトブルーの瞳。高身長でモデルのように整った容姿。物腰も柔らかく紳士的で、笑いのユーモラスも持っている惚れない方がおかしい。


そんな彼の行動が最近怪しくなった。


先ずは、いつも一緒に昼食を摂るのに何かと理由をつけては一緒に摂らなくなったこと。次に大学終わりに遊ばなくなったこと、週末のデートもなくなったこと。あげればキリがないのだが、要は避けられている。

更に言えば彼の髪からは甘い香りが漂い、黒いセーターには金色の長い髪が付着していた。彼は非常にモテる。鈍い私でも、この状況は理解出来た。

彼の裏切りを信じたくはないが、話し合いをするべきである。藁にも縋る気持ちで、彼に週末に会う約束のメッセージを送った。


【ごめん、週末は忙しくて会えない。火曜日はどうかな?】


私の気持ちを裏切るかのような返事に、とうとう私の堪忍袋の緒が切れた。


「火曜日が、お前の命日だ……」


裏切り者には報復しなくてはならない。我が家の教えである。小学生のころ黒き猛犬と呼ばれていた頃の血が騒ぎ、強く拳を握った。





 ピンポーン。


 待望の火曜日、自宅のアパートのチャイムが鳴った。私が自宅にエリックを誘ったのだ。勿論、裏切り者を容赦なく殴り飛ばすためである。


「歯食いしばれ……」

「ちょ!? ストップ!」


先手必勝である。玄関のドアを開けた先に居る、裏切り者へと殴りかかった。無駄に運動神経が良いエリックは、紙一重で避ける。そのことがより私を苛立たせ、舌打ちをした。私は昔から怒ると、口調と素行が悪くなるのだ。


「辞世の句を詠むなら、早くしなよ?」

「な、なんで……そんなに、怒っているの?」


 冷たい目で裏切り者を見れば、コバルトブルーの瞳を見開くエリック。己の立場が理解出来ていないようだ。


「自分の胸に手を当てて、聞いてみろ。この裏切り者!」


私は叫ぶと再度、腕を振り上げた。


「駄目だって! 真里菜、君の綺麗な手が傷ついちゃうよ!」

「……っ!」


 残念なことに、私の拳はエリックに止められてしまった。今は怪我など気にしている場合ではないのだ。心の傷を癒すためにも、一発殴りたい。


「一体どうしたの? 裏切り者ってどういう意味だい?」

「あ? お昼も大学終わりも、週末も私を避けて? 女性物のシャンプー香らせて? セーターに金髪の長い髪の毛を付けておいて? 『なんで?』その頭はお飾りか?」


 不思議そうに首を傾げるエリック。その首に回し蹴りを打ち込んでやりたい。とぼける裏切り者に、逃げ切れないよう分かりやすく全てを伝える。被害者である私が何故、こんな目に遭わなくていけないのだ。悲しさよりも呆れてくる。エリックの手を乱暴に振りほどいた。


「あっ!! も……もしかして……誤解している!?」

「誤解じゃないだろう? 事実だ」

「違う!! 違うから!! これだから!!」


 エリックは顔を青くすると慌てて、肩に掛けていた鞄から白い箱を取り出した。


「は? この箱がなに?」

「えっと……今日は何の日か分かる?」

「裏切り者の命日」


 質問に質問で返すなと言いたい。今日が何の日かなんて、それは裏切り者であるエリックの命日だろう。冷たい声で言い放つ。


「違うから、裏切ってないから! 今日はバレンタインデー!!」

「……はぁ? だから?」


 すっかり忘れていたが、今日はバレンタインデーだったようだ。本来ならば恋人であるエリックと過ごすことを予定していただろう。だがその相手が裏切り、そんなイベントも忘れてしまっていた。


「バレンタインデーだからだよ! これは真里菜へのプレゼント!」

「誤魔化そうとしているの?」

「違うよ!」


 全くもって意味が分からない。恋人である私を裏切っておいて、プレゼントを渡してくるとは神経を疑う。両手を握り、指を鳴らす。


「じゃあ、なんで昼休み一緒にご飯を食べなくなったのよ!?」

「うっ……その……これの練習で失敗したのを処理する為に食べていて……」


 いつまでも私の追求を躱そうとする態度に、私は怒鳴り声を上げる。すると観念したのかエリックが言い訳を始めた。これというのは、白い箱を示すようだがプレゼントが私宛とも決まったわけではない。何日も失敗してはそれを食べるということは、それの中身は食べ物のようだ。


「講義後や週末のデートがなくなったのは?」

「これの作り方を教えてくれた姉ちゃんの都合に合わせたら、その時間しか空いてなくて……」


 エリックのお姉さんは美人で優秀だ。社会人で海外出張も多い。確か最近、日本に帰ってきたと言っていた気がする。


「……シャンプーと髪の毛は?」

「間違って姉ちゃんのシャンプーを使っちゃって……。その後は、これを練習している甘い香りを隠すのに良いって姉ちゃんが……髪の毛は姉ちゃんのだよ」


 そういえば、エリックのお姉さんは長い金髪の持ち主である。そして、エリックは変な所でドジなところがあるのだ。


「僕は真里菜だけだよ。ほら、前に食べたいって言っていただろう?」


 照れくさそうに笑い、エリックは白い箱を開けた。そこにはチョコレートケーキが入っていた。ホワイトチョコレートのプレートには『ハッピーバレンタイン・真里菜』と書かれている。そこで漸く少し前に、私が手作りケーキを食べたいと発言したことを思い出した。


「……まじか……」


私は両手で顔を覆うと俯いた。エリックは私の望みをバレンタインデーに叶えるべく、練習をしてその失敗作をお昼ご飯として食べていた。更に大学終わりや休日をケーキ作りの練習に充てていた。それになのに、私は一人で勝手に暴走していた。己の失態により、身体が熱くなる。穴があったら入りたい。


「真里菜? 要らなかった?」

「……っ、食べさせてくれたら、考えてあげないこともない……」


 エリックの戸惑う声に顔を上げると、捨てられた子犬のように私の様子を伺っていた。私の今の状況を察して欲しいと思いつつも、素直になれない私は恥ずかしさを隠すように不貞腐れたように呟いた。


「仰せのままに、お姫様」


 彼は柔らかく優しい声で返事をすると鞄から、プラスチックのスプーンを取り出す。そしてチョコレートを掬うと、私に差し出した。


「……う、いただきます」


 此処が玄関だとか、スプーンをわざわざ持参したのかと言いたい事が沢山あった。だが色々とやらかした私は大人しく、差し出されたケーキを口に含んだ。


「ん! 美味しい……」

「……良かった」


 甘すぎず、苦すぎない優しい味が口の中に広がった。私好みの味だった。私の感想を聞くとエリックは安堵の笑みを浮かべた。


「えっと……色々と勘違いしてごめん……」

「いや、僕も誤解させるようなことしてごめん」


私はエリックに謝罪する。怒りに任せて散々な罵声を浴びせた自覚があるからだ。すると彼は首を左右に振り、困ったようなに笑った。


「その……ありがとう」


 今度からは何か思うことがあれば、話し合いをしようと心に決め。優しい彼にお礼を口にした。


「嗚呼、そういえば日本では『お返しは三倍返し』が普通なんだよね?」

「……え?」


 突然、彼が悪戯っ子のように笑った。一瞬、私は何を言われたのか理解出来なかった。


「ホワイトデー楽しみにしているよ」

「……っ?!」


 コバルトブルーの瞳に私が映る。抗議しようとしたが、新しく追加されたケーキにより塞がれた。一か月後のホワイトデーがとても大変なことにあるだろうと、他人事のように思いながらケーキの味に意識を向けた。

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お返しは3倍返しらしいです 星雷はやと @hosirai-hayato

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