可愛い彼女の作り方

星雷はやと

可愛い彼女の作り方


「可愛いは作れると思う」


 高層ビルの最上階、重厚感のある調度品が並ぶ社長室。マホガニー材の美しい木目調に両肘を着き、両手を顔の前に組む男は世迷言を発した。

北欧の血を感じさせる整った容姿に白い肌、輝く金色の髪とスフェーンを嵌め込んだような瞳。物憂げな表情さえも絵になるが、私は彼の性格を知っている。その故に心が動かされることはない。強いて言えば、今日も面倒事が始まったぐらいだ。

これさえなければ山ほどある縁談話も、直ぐに決まるというのに残念な男である。


「はぁ……それよりも、こちらの書類にサインをお願いします」


 彼の奇行には慣れている。こういう時は関わり合いならないのが一番だ。私は追加の書類の束を彼の前に置くと、その場を後にしようとした。


「可愛いは作れると思う」

「……そうですか」


 今日の彼は特に我儘のようだ。再度同じ言葉を口にした為、私はこの話が終わるまで、帰ることが出来ないことを悟る。

無視して帰ることも出来るが、彼の両親である会長夫妻から彼のことを頼まれている。奇行のある残念な男に、守銭奴で可愛げの無い私。腐れ縁で幼稚園児から一緒の私は、子守役としては適任なのだろう。

彼の奇行が会社や世間に知られると、私は約束を反故にしたとして咎められる。大企業を敵に回し、就職難のご時勢に放り出されたくない。

今の秘書としての仕事も、彼の紹介で勤められているようなものだ。損得勘定により、甘んじて彼の奇行に付き合うことを決めた。


「そう、可愛いは作れる」


私が話を聞くと分かると、自信満々に頷いた。何をしても様になるのが、癪に触る男だ。これは話が長くなる予感がする。私としては早期解決が望ましい。この後にも仕事は沢山あるのだ。


「作ったらいいじゃないないですか」


『可愛らしい彼女を』までは口にしなかった。言うだけ野望というものだ。恋愛に興味がなく、奇行を繰り返してきた彼が恋人を作ろうとしている。それだけでも奇跡的である。

このことについては、会長夫妻も大満足だろう。明日は槍が降るかもしれないが、私の職が約束されるための犠牲ならば致し方ない。


「……良いのかい?」

「ええ。社長が良いのでしたら、良いと私は思います」


 スフェーンのような瞳を見開くと、彼は私を見上げたまま固まった。彼の珍しい行動に、存外彼も人の子であることを思い出させる。私に了承を得る必要はない。奇行を除けば、高身長高収入の超好物件なのだ。自信を持つと良いと、私は頷いた。


「そうか! ありがとう、嬉しいよ!」

「いえ、私はなにも……」


革張りの高級な椅子から勢い良く立ち上がると、私の横に立ち満面の笑みを浮かべた。奇行が目立つが、彼の心は酷く純粋だ。まるで少年のまま、大人になったような人である。せめて『可愛らしい彼女』が、彼の純粋な部分を愛してくれる人であれと願った。腐れ縁の情けである。


「可愛い」

「……は……え?」


彼の無駄に形の良い唇が動いた。凛とした声が鼓膜を揺らしたが、何故私にその言葉が向けられているのか分からない。私が可愛げないことは、腐れ縁の彼が一番知っている筈だ。私は思わず首を傾げた。


「幼稚園の入園式で一目惚れだった。僕が変な言動をするのは、君の気を引きたいからだよ? 優しい君は困っている人を見ると、直ぐに助けに行ってしまうからね」


「……社長?」


 妙な圧を放ちながら、一方的に話をする彼に困惑する。確かに奇行には慣れているが、少しだけ寂しそうな雰囲気は彼らしくない。


「だから繋ぎとめておく為に……学校も全部同じで、クラスも専攻も同じにした。就職先だって君が遠くに行ってしまうのが嫌で、他の会社に圧力をかけた」

「なんで……私を?」


単なる腐れ縁かと思っていたが、実は会長夫妻やその他大勢が関与してのことだったようだ。こうなると両親も協力者側だろう。今思えば進学や就職に関しても、一切の心配も文句も言われた覚えがない。

お金も人脈も駆使して、私を傍に置くほど気に入る要素があったのだろうか?


「そんなの、君のことが好きだからさ」

「……っ!?」


 無邪気な笑みを浮かべる彼が、一目惚れだって言っただろう?と蕩けるように甘い声で囁く。目の前にいるのは、奇行による残念な男だ。それは分かっているが、顔にじわじわと熱が集まるのを感じる。


「ほら、とっても可愛くなった」

「……っ! いつもは、可愛くなくて悪かったわね! て、照れているわけじゃないから! これはあれよ、朝から実は40度の熱があって、それがぶり返しただけよ! 勘違いしないでよね!!」


彼は私の反応に気を良くしたのか、笑みを深めると無骨な手で私の頬を撫でた。何が何だか分からない。この場から逃げ出すことにした私は、上司と部下の立場も忘れ馬鹿な台詞を叫ぶと部屋から飛び出した。


その後。退社しようとすると、社員が大勢居る会社のロビーに彼が現れること。赤い薔薇の大きな花束を片手に、彼の瞳と同じ宝石の指輪を渡して来ること。その所為で、私は再び顔を真っ赤に染めることになるなど知る由もなかった。



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可愛い彼女の作り方 星雷はやと @hosirai-hayato

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