自称天才、真の天才の真意を聞く


「「く、クーロンが二人いいいいい!?」」


 ジニアとネモフィラの悲鳴に近い叫びが野原に響き渡った。


「……まさか、あれは、未来の私か?」


 驚く二人と違い、クーロンだけは状況を理解しかけていた。

 どこからどう見ても自分にしか見えないなら、今近付いて来る相手も自分と同一の存在。時空跳躍魔術を使用して過去に来た自分ということになる。わざわざ過去に来てライを殺害したのは、何かしらの不都合が未来で起きたからだ。自分にとって不都合な何かがライによって引き起こされるからだろう、とクーロンは推測する。


「さて、同じ私ならば状況は理解しているなクーロン。時間がないので説明に入ろう」


 未来クーロンはジニア達に受け答えもさせずに話を続ける。


「私が過去に介入しなければライが不老薬を完成させ、私でさえ勝てない魔族に変貌していた。私は下に居る二人の協力を得て時空跳躍魔術を発動し、今ここに居る。……よく聞け。私が求めていた不老薬は、人間を魔族に作り変える薬だった。あの薬を求めるのは止めた方がいい」


 話していた未来クーロンの足先が薄紅色に光り出す。

 光は上半身の方へと進み、彼の肉体が分解されて世界に溶け込んでいく。


「もう時間がないな。あの二人には感謝しておけ。言いたかったことはこれで全部だ」


 遂に薄紅色の光は頭部まで達して、そのまま頭頂部へと進む。

 頭の頂まで分解された彼の姿はもはやどこにもない。

 彼が現れてから消えるまでおよそ三十秒と短い時間だった。


「……不老薬がそんな物だったとは」


 自分のことは自分が一番信頼出来る。

 未来クーロンの話をクーロンは受け入れた。

 色々と考えることはあるが、状況に置いてけぼりだろう下の二人に説明しようとクーロンは降下する。


「おい、いったいどうなってんだよ。説明してくれるんだろうな」


 降りてきたクーロンにネモフィラは詰め寄る。

 一番騒ぎそうなジニアは状況を理解しているのか「ふっ」と鼻で笑う。


「ネモフィラには分からないか」


「お前なら分かるってのか?」


「真実は一つ。クーロンは双子だった」


「んなわけあるかよ」


 やはり理解していなかったジニアは「ええー」と不満な声を漏らす。

 二人の緊張が程々に解けてきたところでクーロンは話を切り出した。


「説明しよう。まず――」


 今は何も理解出来ていない二人にクーロンは説明する。

 先程消えたのは未来のクーロンだということ。

 本当ならライが不老薬を完成させて、飲んだら強大な魔族になること。

 不老薬は人間を魔族に作り変える薬ということ。


「――これで説明は終了だ。質問はあるか?」


 長いようで短い説明が終わり、ネモフィラが質問のために手を軽く挙げる。


「じゃあ、オレが。さっきの未来から来たアンタはどこへ消えたんだ?」


「同じ時間に同じ生命は存在出来ない。世界を創った何者かがそう決めた。後から来た方が消滅するようにルールを定めたのだ。もうどの時代を捜しても、あの消えてしまった私は存在しない」


「なるほど……もしかして、時空魔法陣が百年単位に設定されているのは」


「使用者の消滅を防ぐためには必要だからな」


 ジニアとネモフィラはその設定に納得した。

 判明した当初は、なぜ百年単位なのかと疑問に思ったものだ。

 好きな時間に行けた方が夢やロマンがあるし、過去や未来で出来ることの幅が広がる。一年単位にするだけでも大違いだ。百年単位の設定では過去だろうと未来だろうと自分自身に会えない。平均寿命が約八十歳なので、百年前でも後でも基本的に死んでいる。


 過去や未来に行けるとしたら自分に会いたいと願う者は多い。

 失敗した過去に行って自分に助言したいとか、ギャンブルで大勝ちしたいとか、未来の自分がどんな人生を歩んでいるのか知りたいとか、そんなことを真っ先に思うはずである。しかし自分に会った末路が消滅と知れば、百年単位の跳躍には納得せざるを得ない。


「ジニアは何か質問あるか?」


「私がしたい質問は二つ。どうして不老薬を求めたのか。どうしてオルンチアドなんて組織を作ったのか」


「……少し、話が長くなるな」


 クーロンはジニアに自分の過去を語る。

 天才と呼ばれた彼も人の子。幼少期は村で近所の子供達と遊び、魔術のまの字にも触れずに過ごす。少年期に入って魔術を学び出すと才能の片鱗を見せた。魔術の習得は常人の十倍も早く、たった二年で一級魔術までも使えるようになる。神から魔術師になれと言われた気さえした。


 現存する全魔術を習得した彼は、机上の空論とされる魔術の研究に手を出す。

 人類が研究しても実現していない魔術は様々だが、彼が一番興味を持ったのは過去や未来へ行く時空跳躍魔術。人類一の天才と持て囃された彼は周囲の期待通り、たった十年で時空跳躍魔術の理論を完成させる。


 試しに未来にでも行こうとした日、彼の人生は変わった。

 未来に行ったからではない。その逆、未来の自分が時空跳躍して来たのだ。


「ちょっ、ちょっと待って! み、未来から来たってことは……」


「想像の通り、一分も経たずに消滅した」


「消滅を覚悟してまで何かを伝えたかったってことか」


 未来から来たクーロンはシワが多く年老いた容姿だった。

 混乱するクーロンに老人クーロンは時空跳躍魔術について解説して、その時に現代のクーロンは自分の魔術が完成したと知る。同じ生命が存在出来ないデメリットは仕方ないとして、これからの世界が大きく変化するのは間違いない。浮かれていた彼だが、未来クーロンが伝えたいのは時空跳躍魔術のことではなかった。


 未来クーロンが本当に伝えたかったのは生命の欠点、老化。

 どんな生命も老いには抗えず身体機能が低下する。

 シワが増え、皮膚がたるみ、骨もスカスカで折れやすくなる。

 人間は長生きな分だけ特に体が劣化していく。


 未来の彼は自分が老いて醜い姿になっていくのに耐えられないため、若い自分に今すぐ不老の研究をしろと告げた。それだけ勝手に告げて未来の彼は世界から消滅した。


「私は、未来の老いた私を見て、老化の話を聞いて怖くなったのだ。同じ自分とは思えない容姿を醜く思い、何もしなければ自分もああなると老いを恐れた。だから私は不老を求めている。手段も選んでいられない程に切望している」


「……それだけの理由で」


「過去や未来で不老になる方法を探している時にライと出会った。不老薬のことは彼から聞き、求めている内に同じ目的を持つ者が集まり、いつしか組織になっていた。それこそがオルンチアド。不老を目指す組織」


「その組織のせいで多くの人が死んで、村や町が滅んだんだよ!? お爺ちゃんになりたくないなんてバカみたいな理由で! あなたは世界一の天才なんかじゃない、世界一の大馬鹿だよ!」


 言い方は緩いがジニアの言う通り、クーロンは批難されることをしている。

 老いを克服したら人間はワンランク上の存在になるだろう。人生観は大きく変わり、生態系すら変わるかもしれない。実現出来るなら凄いし賞賛されるだろう。しかし熱く求めるあまり被害を考えなかった結果、どんな天才もバカと罵られる。


「……貴様は正しい。求めた薬は使い物にならんと分かった今、私がやってきたこと全てが否定された気分だ。私が愚かだった。……貴様等はこれからどうするつもりだ? 不老薬の真実を知った今、貴様等はどう動く?」


「私達の目的は不老じゃなくて、魔素の枯渇を防ぐこと。マクカゾワールを作ればこの惑星に魔素を補充出来る。私達のやるべきことは何も変わらない。マクカゾワールを作って、私達の時代に帰るんだよ」


 クーロンの横を通り過ぎたジニアとネモフィラは聖神泉に向かう。

 二人は透き通った泉を見てすぐに不老薬の調合を始める。

 大鍋にカタストロフ草、マッドスネークの抜け殻、聖神泉の水を入れて煮詰めると、素材が消えて黒煙のような物に変化した。煙のようなのに鍋を出ることはなく鍋底で這いずり回っていた。


「……なんか、気味悪い物が出来ちまった。これが本当にマクカゾワールなのか?」


「そうなんだよきっと。良かったじゃん、これで世界が滅びなくて済むよ」


「ほう、魔族に変化する薬だけあって悍ましいな」


 最後に感想を零したのは、いつの間にか二人の後ろにいたクーロンである。

 まさかそんな近くに居るとは思わなかった二人は驚き、素早く彼に顔を向ける。


「……あげないよ?」


「もう不老薬は求めていない。貴様等はそれを悪用しないと信じるし、破棄させるつもりもない。これから私は、とある時代に行ってやらねばならないことがある。強制はしないが貴様等に付き合ってもらいたい」


 ジニアとネモフィラは困惑を顔に出し、首を傾けた。


「どうするジニア」


「どうするって……付き合おうかな。何するのか気になるし」


 クーロンは一応危険人物、犯罪者だ。動向には注意しなければならない。

 話してみれば知的かつ冷静で危険な雰囲気は全くないのだが、一度決めた目標にはどんなことをしても突き進む危うさを持つ。正しいことならともかく、間違った方向にも突き進むので厄介な性格である。


「お前が決めたならオレも付き合うぜ。さあクーロン、連れていけよ」


 ネモフィラはそう言いながら大鍋を収納鞄にしまう。


「では私の手を取れ。時空跳躍魔術を発動させる」


 ジニアとネモフィラは差し出されたクーロンの手を掴む。

 一分程の詠唱の後、三人の体は浮き上がり眩い光に包まれた。

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