自称天才、新たな旅立ち


 世界誕生年数、千年二十年。

 クーロンに連れられて転移したジニアとネモフィラは、とある村の傍にある崖上に立っていた。高い崖からは真下にあるのどかな雰囲気の村がよく見える。争い事などなさそうで、まさに平和な村だと三人は思う。


「〈放電リ・エレ・ホウデ〉」


 ――平和はすぐに破られた。

 短い詠唱の三級魔術が発動して、クーロンの指から青白い電撃が放たれる。

 糸のように細い電撃だがクーロンの魔力量なら人間を容易く殺せる。

 電撃は外で母親と歩いていた幼児の脳を正確に貫き、幼児は悲鳴を上げる間もなく倒れた。


「な、何やってんだお前!?」

「クーロン!? どういうつもり!?」


 あまりに唐突な攻撃だったのでジニアもネモフィラも止められなかった。

 まさか時空跳躍魔術を使った直後に幼児を殺すとは予想外である。


「今殺したのは過去の私。魔術に興味を持つ前の、過去の私」


 一瞬、彼の言っている意味を理解出来ず二人は硬直する。


「……ちょ、ちょっと待ってよ! さっき同じ時間に同じ人間は存在出来ないって言ったじゃん! あなた消えちゃうよ!?」


「いやそれ以前に、過去のお前を殺したら歴史が大きく変わる。時空魔法陣が、時空跳躍魔術が生まれなくなるぞ!」


 過去の、魔術を学んでいない時代のクーロンが死ねば、当然彼が成長してから開発された時空跳躍魔術は消える。今のまま歴史が確定してしまえば、もう二度と時空魔法陣を使えない。この状況をどうにか出来るのは時空跳躍魔術を操れる彼だけだが、過去の自分が生きる時間へ来たせいで彼は消滅する運命。それに自分でやったことなので、仮に時空跳躍魔術が間に合うとしても使わないだろう。

 詰みだ。世界一の天才が死ぬ歴史は変えられない。


「時空跳躍魔術が開発されなければ、時空魔法陣の使用者が過去に与えた影響は全て無かったことになる。不老薬を求める組織も作られず、実験のせいで急増した魔族は消える。安心しろ。私が死ぬ歴史が確定するのは、貴様等が時空魔法陣を使用してからだ。貴様等は元の時代に帰れる」


「まさか、これで責任を取ったってこと?」


「そう、時空跳躍魔術を生み出した責任を取った。不老になる、時空を移動する、実現出来れば便利だが人の域を超えた力だ。扱いきれない力は愚者を生み、甚大な被害をもたらす。人間は知恵を持つがゆえに愚かな選択をする時がある、というわけだな。もう何をしても未来は変えられない。今の私の選択が愚かなのかは貴様等の判断に任せよう」


 好き放題語ったクーロンは世界から消滅した。

 薄紅色の光に足先から呑まれて、肉片一つ残すことなく消えた。

 何をしても彼を蘇らせる術はなく、時空魔法陣はあと一度の使用で存在が消える。


「……どうしようもねえとはいえ、これで良かったのか疑問だな」


「私は、良かったと思う。時空跳躍魔術は凄い力だけど、悪用する人は多いと思うから。ライみたいに好き勝手する人を出さないためにも、消して正解だったんじゃないかな。……私は悪用しないしまだ使いたかったけどね」


「クーロンの考えにも一理あるってことか」


 もし過去や未来に行けたら、多くの人間は私利私欲のために行く。

 クーロンは時空跳躍魔術で人類の生活が豊かになると考えていたが、実際はそんなことなくライのような罪人を生んでしまった。他にも罪を犯した者はいるだろう。最初から時空の移動が存在しなければ、人々の妄想のままならば、誰も罪を犯さなかったかもしれない。


「全部終わったし帰ろう。私達の時代に」


 ジニアとネモフィラは時空魔法陣が設置されている建物に向かう。

 森にある苔だらけの箱形建造物に二人は入り、時空魔法陣の上に立つ。


「……これで最後か」

「うん」


 とんがり帽子の中からジニアは赤い水晶付きの杖を取り出す。

 時空魔法陣に魔力を流すために、半円状に並ぶ青文字部分に杖を突く。

 

「転移する度に酔うから嫌いだけどよ、二度と使えないと思うと寂しいな」


「私は一度も酔わなかったし好きだったな」


 ジニアが青文字部分に魔力を流すと時空魔法陣は白く輝き、二人の体が浮く。


「……総合的に見れば楽しい旅だったぜ」


「私も、ネモフィラと旅出来て良かったよ」


 徐々に二人の感覚は消えていき、眩い光に包まれる。

 最後になる時空魔法陣は静かに発動して二人を未来に送った。




 * * *



 ネモフィラが元の時代、千七百二十年に帰ってから三年経つ。

 クーロンが過去の自分を殺したせいで時空跳躍魔術の存在は消えた。

 今までに時空を超えた誰かによる歴史の改変はなかったことになり、以前の現代とはかなり歴史が違うものになっている。時空を超える力は人類の中で再び夢になる。


 オルンチアドの実験による魔族増加もないので、帰ってみれば魔導兵器の存在も消えていた。魔素の枯渇を加速させる原因である魔導兵器は、大量発生した魔族を討つために作られたので当然だろう。この時代でネモフィラは兵器開発の道を歩んでいない。


 帰還後にマクカゾワールを使う予定だったが、魔導兵器消失のおかげで魔素の枯渇は当分先だ。しかし魔素の枯渇でこの惑星が滅ぶ未来は変わらない。千年先か、万年先か、やがて滅びの終着点に向かってしまう。滅びが先送りになっただけと理解しているので、ネモフィラはマクカゾワールを大切に保管している。


「……あれから三年。まだ慣れねえな新生活」


 現代に帰ったネモフィラを待っていたのは苦難の連続。

 予想外なことに、新たな現代に彼女は存在していなかった。存在していれば帰還後に消滅していたが、どうやら本来の歴史に彼女はいないらしい。つまり、ジニアと同じ時空漂流者の仲間入りである。


 戸籍も頼れる人間も何もかもが無い状態から再び人生を始めた。

 ゼロからの人生を歩む時にネモフィラはジニアと別れ、違う道を歩んでいる。

 蓄積された豊富な知識を活かし、人間関係をゼロから構築し直し、色々な人間の力を借りて教職に就いた。教師になりたかったわけではないが、以前の世界で自分の住処だった研究所が学園になっていたからだ。また同じ所に住みたいなんて理由で、今では住み込みで働く教師である。


「ジニアは今頃どこに居るんだろ」


 現代に帰ってから別れ、連絡手段もないため所在や生死すら不明。

 共に旅をした友人を心配していると自室の扉がノックされる。

 二度のノック後に入って来たのは制服姿の男女だ。様々な知識を持つと噂されるネモフィラは頼りやすい教師として周知されており、授業や人生についての質問をしに生徒がよく部屋を訪れる。


「先生この魔術言語どういう意味か教えて」


「加速するって意味だ。授業で習ったろ、復習しておけよー」


 質問に来る生徒達に返答して退室を促す。

 一日に何度も同じことをしているので慣れたものだ。

 同じことを繰り返す毎日。若干退屈だと思いつつあるが今日は違うことが起きた。

 ノックもなしにいきなり扉が勢いよく開かれて、一人の女性が無許可で入って来る。


「誰だ……って、お前……まさか……ジニアか?」


 黄色のとんがり帽子を被り、白のシャツと紅のスカートを着用している彼女はまるで若き少女。足首まで伸びた髪は手入れしていないのかボロボロ。別れた時から服装と髪の長さしか変化していない彼女は笑う。


「おお本当に教師やってるんだ。似合ってると思うよスーツ」


「ありがとう……じゃなくてお前! 今まで何してやがったんだよ!?」


「その報告のために捜していたんだよ。どうしてもネモフィラに見せたい物があってね」


 ジニアがとんがり帽子から「これこれ」と出したのは一枚の紙。

 素人が見ても分からない魔術言語がぎっしり書かれている。

 魔術師育成の学園で働くネモフィラでさえ所々分からない部分があり、こんな組み合わせがあったのかと驚く部分もある。正に新発見の塊。これを紙に記した者は天才に違いない。


「すげえなこれ。たぶん魔術発動に必要な詠唱だろ? それも未発見の魔術の」


「実はこれ私が書いたんだよ。時空跳躍魔術発動に必要な魔術言語の組み合わせ」


「へえなるほど……何だって?」


 さらっと信じられない情報が二つもネモフィラの耳に入る。

 時空跳躍魔術はクーロンが開発した物であり、変化した現代では存在しない机上の空論。それの詠唱の魔術言語の組み合わせを考えたのがよりにもよって、知能指数が平均以下のジニアだとは信じられない。


「すまん混乱してるんだが、お前が書いたのか? 本当に?」


「ふっふっふ。何度も体感したし、詠唱も聞いたし、時空魔法陣もヒントになったしね。この天才な頭脳にかかれば作り上げるのに約三年程度。まだ実用出来るか試してないけどね」


「……クーロンが時空跳躍魔術を消すことにお前は賛成しただろ。あれは嘘だったのか?」


「嘘じゃない、本音だよ。時空跳躍魔術の性能は悪用されやすいから、無い方がいいんじゃないかっていうのはね。だからこの魔術を公表するつもりはない。私だけが使うつもりだよ」


「なるほどな。確かに、お前なら悪用しないだろうさ。だが本当に良いのか? 時空跳躍魔術を公表すればお前は自称じゃなく、世界中の人間から天才と認められるんだぜ」


 時空跳躍魔術を開発したクーロンは世界一の天才と呼ばれていた。

 誰もが夢見た過去や未来に行ける素晴らしい魔術を作ったのだから当然だ。

 彼と同じように公表すれば、ジニアも名実共に天才という評価になる。


「私は、私の近くに居る人に分かってもらえればそれでいいから。ネモフィラは私が天才って分かってるでしょ?」


「半信半疑ってところか。証明するために今使ってみるか?」


「いいよ、使ってあげるよ。まずはヒガにでも会いに行こうかな」


 ジニアが紙に書いてある魔術言語を口に出し始める。

 大きめの紙にぎっしり詰まった長文なので詠唱は非常に長い。


「〈超時空転移ス・ペス・メタス・タシスメ・アルティメ・チョウジクウ〉」


 約一分もの詠唱を最後まで言い切った途端、ジニアの体が浮かぶ。

 彼女の浮いた体からは感覚がなくなっていき、眩い光に包まれていく。

 発光が収まった時、既に彼女の姿はネモフィラの自室から消えていた。

 実際に目で見れば分かる。時空跳躍魔術は完璧に発動したのである。


「……本当はとっくに認めてたさ。バカだけど天才だよ、お前は」


 こうして唯一の時空跳躍魔術の使い手となったジニアは新たな旅に出た。

 もはや彼女以外には出来ない、時空旅行へと向かったのだ。

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