自称天才、幻の水場に行く


 二つの太陽が昇り始めた早朝。

 普段なら寝ている時間にジニア達は銀髪の青年ジッツと共に、砂漠の村から出て砂上を歩いていた。

 眠気が残っているネモフィラは「ねみー」と言い何度も欠伸している。


「ジッツさん、今日の目的、もう一度確認しておきたいな」


 ライの言葉にジッツは「そうだね」と返す。

 今日、朝早くに出掛けた目的は『幻の水場』と呼ばれる場所の探索だ。

 砂漠の村の人間の話によれば、ここらの砂漠では移動するオアシスがあるらしい。朝から夜の間に目撃証言があっても、なぜか次の日には消えて別の場所に移動していた。朝の早い時間から村人は探索しようとしたが、巨大な怪物がその時間に歩いているのを見て止めている。


「ありがとうございます。……やっぱり、アレのことか」


「ライ、アレって?」


「ジニアちゃんってファンと言う割には童話の内容覚えていないね」


 黒いとんがり帽子からライが一冊の絵本を取り出して、ページを素早く捲る。

 絵本の半分以上のページを捲った彼は目的のページを広げて止まった。

 彼が「ほらここ」と指で示す場所をジニアも見る。


 絵本は『ジッツの冒険』だ。その二十五ページには砂漠の絵が描かれていた。

 内容としてはジッツが『幻の水場』を求めて砂漠を歩いているものだった。


「そっか、今の行動も童話の話に入っているんだね。続きは?」


「教えなーい」


 ライが絵本を閉じてしまったのでジニアは「ケチ」と頬を膨らます。


「何も知らない方が未来を楽しめるんだよ。ま、知っているからこその楽しみ方もあるけどね」


 ウインクする彼は絵本を黒のとんがり帽子にしまう。

 ジニアは童話の内容を必死に思い出そうとするが、読んだのが子供の頃なのであまり思い出せない。何が起こるのか、実際に見てみれば思い出すのかもしれない。ジニアが側頭部を両手で押さえて、うーんと唸っていると地面が揺れ動き始めた。


「うおっ、何だ!?」

「何だ何だあ!?」


 突然の地震にジッツが驚く。それ以上にネモフィラが驚く。

 普段は冷静なネモフィラだが寝ぼけていたせいで混乱が酷い。


 地震が続く中、ジニア達の遥か前方の砂地が盛り上がった。

 噴水のように、地中の水が凍結してから膨張して土壌を持ち上げる凍上とうじょう現象のように、いやそれら以上に大きく高く地面が上昇していく。


「何あれ!? 地面が盛り上がって……!」


「いいや地面じゃないさ。よく見なよみんな、生物だぜあれは」


 絵本を見て知っていたライだけが一人冷静さを保っていた。

 高さ二十メートル以上に上昇した砂が流れ落ちていく。

 砂が落ちて真っ先に露わになるのは半球状の甲羅。

 ライの言った通り生物だ。砂が殆ど落ちたそれは巨大な亀だった。


「亀、巨大な亀!? 砂の中で眠っていたのか! 怪物というのはこいつか!」


「砂漠にも亀は居るが、こんなに大きな種類の亀がいるのかよ……。やっぱりこの時代は変だぜ」


 地震が完全に収まった時には巨大亀が歩き出す。

 ジニア達は呆然とそれを眺めることしか出来なかった。


「早朝の怪物。毎日移動するオアシス。もしかすると……」


 ジッツが顎に手を当てて数秒考え込むと、遠ざかる巨大亀を見据える。


「あの亀を追いましょう! 絶対に見失ったらいけません!」


 ジッツが走り出したのでジニア達も続く。

 巨大亀の歩く速度は体格のわりに速くない。巨大な生物の動きはゆっくりに見えても速いのが定番だが、所詮亀だからか人間が全力で走ったのとあまり変わらない。亀にしては速い程度だ。


 ジニア達は息を切らせて全力疾走する。

 全力の全力、普段以上の全力で足を動かして亀に追いつく。


「くっ、体力の限界だ。これ以上……は、走れない……! せっかく、追い、ついて、いるのに」


「はあっ、はあっ、しょうが、ないね。〈飛行フ・イラ・フライ〉」


 ジニアがジッツの背に抱きつき、〈飛行〉で亀へとさらに近付いていく。

 いきなり飛んだことに、いや人間が空を飛ぶ事実にジッツは驚いて悲鳴を上げる。

 驚いたのはネモフィラもだ。極力人前で魔術の使用は避けると決めていたのに、まさか過去の人間を空へ飛ばすとは思いもしなかった。未来への影響を考えると頭が痛くなる。


「あ、ちょ、おい!? おいおいおいおい何やってんだよあのバカああ!」


「はっはっはっは! ま、いいんじゃないかな。どうせジッツはこの後で亀の背中に上るんだ。魔術を使って運んでも遅いか早いかの違いだよ。未来に大した影響は与えないって」


 楽観的な考えのライにネモフィラは呆れる。


「魔術を見せること自体が良くないんだっての。はあぁ、ライ、オレを運べ。とんがり帽子持ってるってことは魔術師なんだろ。魔術師なら〈飛行〉くらい使えるだろ」


「三級どころか一級以上の魔術も使えるって。まあ任せなよネモちゃん」


「ネモちゃん言うな」


 ライがネモフィラに後ろから抱きつくと反射的に彼女から殴られた。

 後ろからは気持ち悪いから止めろと言われたライは、仕方なく正面から笑顔で抱きつく。本当は抵抗したいネモフィラだが我慢して受け入れた。


「〈飛行〉……おお、ジニアちゃん速いな。もう亀の上に居るや」


 浮かび上がったライとネモフィラはジニア達を追う。

 亀の上まであっという間に移動して、甲羅の上に降り立つ。

 下からは見えなかった甲羅の全体を視認した一同はライ以外が驚く。


 亀の甲羅は半球状だが中央はなぜか平らになっている。驚いたのはそんなどうでもいいことにではなく、甲羅の中央に小島が存在していたことにだ。甲羅の上に砂の小島があり、砂漠の植物が生え、透き通った泉まで存在している。あまりに生物としてありえない光景を目にしてライ以外は数秒言葉を失った。


「砂漠を毎日移動する幻のオアシス。これが真実ってわけだね」


「信じられない、凄い、素晴らしい! まさか亀の背中にオアシスがあるなんて! 毎朝砂漠を移動するこの亀の背にあり、移動後に亀が地中に潜るからオアシスが移動したように見える」


 興奮しているジッツは「しかも!」と叫び、泉へと歩み寄っていく。


「見逃さないぞ俺は! 微かに立ち上る湯気、これはただの水じゃない、お湯だ。つまり温泉になっている! 水温も最適! 理屈は分からないが亀の背中で温泉が湧いている!」


 ジッツの発言にジニアとネモフィラが「「温泉!?」」と驚愕した。

 生物の背中に小島があるのも驚きだが、温泉が湧いているとは訳が分からない。

 しばらく興奮して泉を調べていたジッツは動きを止め、ジニア達へと振り返る。


「……でも、一番不思議なのはあなた達です。空を飛べる人間なんて聞いたことがない。あなた達はいったい何者なんですか?」


 問われたジニア達は言葉を返せない。

 未来人や魔術師と言うのは簡単だが、言ってしまえば色々とマズいことになるのはジニアでも分かる。さっきの咄嗟の行動が迂闊なものだと理解している。嘘を混ぜて説明したいところだが丁度良い説明を誰も思い付かない。


「……いや、失礼。答えたくないのなら構いません。あなた達のおかげでここまで来ることが出来た。お礼を言わせてください。俺を亀の上まで運んでくれてありがとうございました」


「礼はいいよ。せっかくだし温泉でも入ろうか。亀の上の温泉なんて滅多に入れないしさ」


 ライの発言で一同の意識は温泉へと向く。

 すぐにジッツが服を脱ぎ出し……全裸になった。

 これから温泉に入るなら当然だが女性陣の目の前だ。


 初めて異性の裸を見たジニアは顔を真っ赤に染め、口をパクパクと開けている。変態や露出狂と叫びたくても衝撃が大きすぎて何も言えない。異性の裸を見慣れていないネモフィラも動揺して声を出せない。


 ジッツが異性の目を気にせず脱衣したのには理由がある。

 この時代、湯船に浸かる時に男女の区別をしない。風呂は全て混浴だった時代。恋人でもない異性と入るのさえ当然なので、彼は一向に服を脱がないジニア達を不思議に思っている。


「どうしたんですか? 服、脱がないんですか?」


「……あ……い……お……お先に、どうぞ」


「悪いなジッツ。オレとジニアは後で湯に浸かるよ。恥ずかしがりだから」


「恥ずかしい? まあ仕方ないですね。じゃあライさんだけでも一緒に入りましょうよ」


 軽く「ああ」と返事したライもあっという間に裸となり、ジッツと共に湯へ入る。

 憧れの人物だけでなく仲間の裸も見たジニアの脳は限界だ。目をグルグルと回していた彼女を気遣ってネモフィラが離れた場所に運ぶ。


 それから時は流れ、男女交代でジニア達も温泉に入った。

 およそ三十分で亀は徒歩を止めて砂中に潜る。女性二人は景色が下がっていくのを見て潜行に気付き、服を着て身支度を調えた。異性と一緒に温泉へと入ることも、砂漠を歩く人間に見られるのも恥ずかしいので大慌てである。


 亀が完全に砂中へと潜った後、名残惜しいがジニア達はジッツと別れた。

 挨拶をするだけのあっさりとした別れでも、今日の出来事は全員一生忘れないだろう。

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