自称天才、他の時空旅行者と出会う


「――へえ、もしかして君達も時空旅行者?」


 泉の傍に居た緑髪の男性は笑みを浮かべてそう問いかけた。

 その問いは本来、過去の人間がするはずのないもの。

 彼の言葉に驚いたジニアは謝罪の言葉を止め、ネモフィラはジニアの側頭部から拳を離す。


「えええええええええ!? 何で分かったの!?」


「バカか! こいつも時空旅行者だからに決まってんだろ!」


 冷静に彼を観察すればネモフィラは気付けたはずだ。

 服装は現代っぽいパーカーにカーゴパンツ。首には金のネックレス。手首には青と白のミサンガ。そして彼の足下に落ちているのは、ジニアが被っているのと同じ形のとんがり帽子。

 見れば分かる通り、大昔の人間では持っていないものばかりである。


「賑やかだね君達。僕はライ、お察しの通り時空旅行者さ」


「初めて会ったよ時空旅行者。すっごい偶然だね」


「まあ滅多に会わないだろうな。時空旅行者って数はあんまりいないし」


 旅行するのは時空。つまり過去から未来全ての時間。

 百年単位でしか跳べないルールはあるものの、同じ年代に来て同じ場所を旅行している者同士の邂逅は珍しい。もちろん互いに時空旅行者と認識しないですれ違うこともある。


「それにしても君達、なんでこんな古い時代に来たの? 興味があったとか?」


「聖神泉って場所に行きたいの。童話の『ジッツの冒険』で出て来たやつ、知ってる?」


「ああ『ジッツの冒険』ね。知ってる知ってる超有名作だし。僕超ファンなんだよね。あの話が好きすぎて、ジッツが実際に生きた時代と言われているこの時代に来たんだ。この泉も話に出て来る場所だから観察していたんだよ」


 ネモフィラは「超有名作?」と小声で呟き目を細めた。

 そんな彼女を気にせず『巨虹泉きょこうせん』と呼ばれる場所をライが語る。

 巨大な獣や鳥が飲み水とする泉は虹色に輝いており、生物の巨大化の原因と言われている。ジッツはこの泉の水を瓶に入れて持ち運び、力が漲る魔法の水として国の領主に売却した。定期的に持ち帰っては売るのでジッツに会える可能性が一番高い場所でもある。


「すっごい詳しいんだねライ! 聖神泉の場所とか分かる!?」


「いいや、今はジッツが歩んだ道を追っている最中だから、物語終盤に登場した聖神泉の場所は分からないんだよね。まあ冒険の足跡を辿っていけばいずれ到着するさ」


「主人公の冒険を追う、か。良いアイデア! ねえねえ私達もライと一緒に行かせてよ。聖神泉に辿り着くまででいいからさ。童話に詳しいライに案内してほしいの」


「おおそりゃいい考えだ。頼めるかライ」


 頼まれたライは数秒顎に手を当てて考える仕草をする。


「良いよ。偶然未来人仲間に会えたのに、すぐさよならじゃ悲しいしね」


 笑みを浮かべて引き受けてくれたことにジニアは喜ぶ。

 両手を挙げて喜ぶジニアを見て少し笑うネモフィラは、すぐに笑みを消して鋭い視線をライに送った。


(……本当に偶然か?)


 何かがネモフィラの頭に引っ掛かる。

 ライの発言におかしなところは何もないはずだ。

 童話『ジッツの冒険』が超有名作だったのは、ジニアが時空魔法陣を発動する前の平行世界だが、彼もジニアと同時期かそれより前に時空旅行していれば矛盾はない。出会いに関して、時空旅行者同士が出会うのはレアケースだが確率的にはありえる。素直に認めず、本当に偶然なのかと訝しんでしまうのは疑い深いからだ。


 しかし、そういった疑心こそこの旅に重要な物。

 一緒に旅をした仲間がオルンチアドの人間だったというケースもある。

 何も疑わずに騙されるより、疑ってから疑いを晴らす方が安心出来る。

 ジニアは無条件の信頼を、ネモフィラは疑心を持って彼と接すればいい。


「それじゃ行こうか。ジッツの旅路を追う僕達の旅へ」

「おおー」

「おう」


 こうして時空旅行者三人の旅が遥か昔の時代で始まった。



 * * *



 青紫の空。二つの太陽。

 この時代を強引に呼称するなら世界誕生年数マイナス六百八十年。

 ジニア、ネモフィラ、ライの三人はこの時代の世界を七ヶ月も旅していた。


 童話『ジッツの冒険』の主人公、ジッツの旅路をひたすら追う七ヶ月。

 ジニア達は今まで絵本でしか見たことのない様々な不思議を目にした。


 虹色の泉があり、巨大生物が彷徨く平原。

 大量のキノコが噴射する濃霧で誰にも認知されなかった山。

 宝石のような見た目の貝が多く流れ着く透明な海。

 一部が黒く染まった海上に浮かぶ幽霊船。

 人の心に安らぎを与える宝玉がある村。

 青紫の空から降る五味バラバラな雨。

 世界中を移動し回る巨鳥。

 砂漠の砂が花の形で固まった自然の芸術。


 正に絵本の世界に飛び込んだような感覚に陥る光景だった。


「お、村発見」


 砂漠を歩くジニアが指した前方には民家の集合地帯が存在している。


「よし、今日はあの村に滞在しようぜ」


「賛成だな。砂に足を取られて歩きづらいし疲れちゃったよ」


 村に着いたのはいいがこの時代に宿屋は存在しない。

 旅行をする人間も行商人も数が少なく、宿屋などやっても稼げないのだ。

 ジニア達が今までどうやって休んできたかというと、金や食料など対価を払って村人の家を借りたり、魔術で仮宿となる建物を作ったりしている。因みに土を操る魔術で作った建物は立派と呼べず、雨風すら凌げずに壊れることもあった。理想は村の空き家や他人の家の部屋を借りることである。


 砂漠の村に着いたジニア達は早速村人に話し掛けて、金を払って部屋を借りた。

 石を積んだだけの壁に木片の屋根と不安になる造りだが文句は言えない。

 観光でもしようかと歩いてみたがこの時代、観光スポットなんて物がある方が珍しい。砂漠の村は民家が建っているだけで見たい場所などどこにもなかった。


「――その話、本当ですか!?」


 村を歩いている途中、大声で驚く男が居たのでジニア達の目に留まる。

 驚く銀髪の青年に話し相手の村人が「本当だ」と頷く。


「だから朝、砂漠を彷徨くんじゃないぞ。踏み潰されたくなきゃあな」


「親切にご忠告ありがとうございます。大丈夫ですよ」


 村人が去って行くと銀髪の青年は小さくガッツポーズする。

 そんな彼からなんとなく目が離せず、凝視していたジニアとライはとあることに気付く。銀髪の青年の顔や服が『ジッツの冒険』の主人公に似ていたのだ。咄嗟にライがとんがり帽子の異空間から絵本を取り出して確認する。

 絵本の表紙を凝視してみれば、前方に立つ青年らしき人物が巨鳥に乗っていた。


「まさか」

「もしかして」

「「――ジッツ!?」」


 驚愕で目を見開いたジニアとライが思わず大声で叫ぶ。

 遅れて気付いたネモフィラも「マジ?」と驚いた。

 名前を叫ばれた銀髪の青年は三人に気付き、不思議そうな顔で近付く。


「あの、あなた達、今ひょっとして俺の名前呼びましたか?」


「呼んじゃったよ!」

「呼んじゃったね!」


「知り合いじゃないと思うんですけど、なぜ俺の名前を知っているんです?」


「「ファンだから! 大好きだから!」」


「俺の……ファン? 益々分からない。見知らぬ人に好かれることなんてやっていないんですけど」


 驚きで硬直していたネモフィラは現状がマズいと悟る。

 ジッツは童話の主人公になるくらい世界への影響力が大きい人物。

 下手に接触して彼に関わろうものなら、未来が大幅に変わってしまう可能性がある。ただでさえ過去に行けば行く程に世界が変わりやすくなるのだ。彼と関わり合うのはリスクが大きい。


「待てお前等、一旦落ち着け。悪かったなアンタ。いきなりこいつ等が興奮しちまって」


「俺は大丈夫ですよ。好きって言われて気分悪くなる人は居ないですからね」


「そうだよね僕もそう思うよー。いやいやさっきは興奮しちゃっってごめんごめん。実は君の話を他人ひとから聞いて好きになっちゃったんだよねー。宝石のように輝く貝、巨鳥の卵、金銀財宝。旅で手に入れた様々な貴重品を売る、奇跡の大商人! 将来は君のような商人になりたくて今は旅をしてんだぜ」


 ライは息をするように、とても自然なことのように嘘を吐く。

 ネモフィラは自然なライの嘘に多少驚いた。全く嘘の気配を感じさせず、事情を知らなければ真実だと思ってしまう。非常に頼もしく恐ろしい特技と言える。ライに嘘を吐かれたら誰にもそれが嘘と分からない。


「そうか、それは嬉しいです。……なら、少しの間だけ俺に同行しませんか? つい今しがた面白い情報を手に入れましてね。それの真偽を明日の早朝に確認しようと思うんです」


 ジニアとライが「是非!」と即答してしまった。

 ネモフィラは「おい!」と二人の腕を引っ張ってジッツと距離を取る。


「バカお前等すぐ取り消せ。未来が大きく変わっちまうぞ」


 怒り気味のネモフィラをライが「まあまあ」となだめる。


「ちょこっと童話の一場面に立ち会うだけだって。童話の展開を崩さなければ未来もあまり変わらないだろ」


「……それは……そうかもしれない。だが要らねえリスクを背負うくらいなら」


「せっかく過去に来て憧れの人物と会えたんだ。少しくらい同じ時間を過ごしてもいいじゃんか」


 ライが「ほれ」とネモフィラの顎を掴んでジニアの顔に目を向けさせる。

 ジニアは涙目になっていて、瞳は揺れていた。

 声には出さないが一生のお願いをしているように見えた。

 何だかんだ、今まで一緒に居た彼女には甘い部分があるネモフィラは、ため息を吐いて彼女から目を逸らす。


「……今回だけだぞ」


「やったああああ! ありがとうネモフィラ!」


「ふっふっふ、こりゃネモちゃんの弱点見つけちゃったかな」


「ネモちゃん言うな」


 少し目を鋭くしたネモフィラがライの腹を小突く。

 その後、三人はジッツへの同行を約束して彼と一旦別れた。

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