自称天才、さらなる過去へと向かう


 ノウミン村での一件から二日後。

 あれから激闘で疲労した体を休めるために一日の休息を取り、やっと今日ノウミン村をった。


 オルンチアドの一員として捕まったスパイダーとセワシは、ムホンの手によってダスティア第二支部へと連行されていった。出発前、二人はしっかり頭を下げてヒガに謝罪したものの、受け入れられるはずもなく返事はグーパンチ。ついでにジニアとネモフィラも殴ったので二人の頬は赤く腫れていた。


 この国、ハニヤスにはもう用がないジニア達はカグツチへと帰る。

 帰り道の途中、元気のないヒガを気にかけてジニアが声を掛ける。


「どうしたのヒガ、元気ないよ。虫に刺された? 朝食で嫌いな物でも出た?」


「そんなしょうもないことじゃないさ。ただ……終わったんだなって思って」


 ネモフィラの「復讐のことか?」という問いにヒガは頷く。


「故郷を滅ぼした黒幕は捕らえた。殺したいくらい憎いけど、ムホンさんのことを考えて殴るだけに抑えた。満足はしてないけど後は第二支部に任せる。これで、僕の復讐は終わったんだよ」


 スパイダーとセワシはダスティア第二支部で罪人として裁かれる。

 更生の余地アリとして死刑にはさせないとムホンは言っていた。謎多きオルンチアドという組織について、スパイダーは知ること全てを情報提供するらしいのですぐには裁かれない。しばらくは捕虜として扱われ、裁きの時は有用な情報を話し終えた後だ。


「復讐が人生全てじゃないよ。ダスティアで真面目に仕事したり、恋愛したり……仕事したり色々あるじゃん人生。まだまだこれから、終わりじゃなくて寧ろ始まりじゃん」


「……そうだね。確かに始まりかもしれない。何も気負うことなくこれからを生きていける。……ジニア達はこれから何をするの? 不老薬の材料探しの続き?」


「当然。残り一つまで集められたんだもん。私達の目的ももうすぐ果たされる」


「こんのアホジニア、何甘いこと言ってんだ。最後が一番の難関だろうが」


 ネモフィラの言う通り、不老薬の材料集めで一番苦労するのは残った一つ。

 童話『ジッツの冒険』に出てくる聖神泉せいじんせん

 今のところは実在するかも怪しい伝説の泉。

 これまでは場所の手掛かりがあったから入手も早かったが、何の手掛かりもない聖神泉は探すのに一番時間が掛かるはずだ。


「……むぅ、確かに」


「はは、人生長いしいつか見つかるよ。僕も情報あったら教えるからさ」


 頭を悩ませるジニアはうーんうーんと唸る。

 難しい顔をして考え事をしていた彼女は空を見上げる。


「閃いた。そうだよ『ジッツの冒険』なんだ、『ジッツの冒険』なんだよ」


「どうした急に」


「童話に書かれていたなら聖地巡礼すればいいんだよ! つまり、童話の話が実際に起きた時代にまで遡って、童話の通りに道を進めばいつか聖神泉に辿り着く! 私ってば天才か!? そういえば天才だったや」


「……やっぱりそれが一番可能性高いか」


「えー、何その実は私も考えていたんだよね的な発言」


「実際考えていたけど実行していいものか不安だったんだ。遠い過去に行けば行く程、何かした時に未来が大きく変わっちまう。下手なことすりゃオレ達の時代が滅んでもおかしくねえ」


 時空旅行の注意事項、タイムパラドックス。

 過去に介入した結果で未来が変わってしまうこと。

 タイムパラドックスのせいでジニアは存在が消えてしまい、時空漂流者となってしまった。これに関しては本人のせいではないが、逆に言えば誰かも知らない人間のせいで存在が消える可能性がある。時空旅行自体が実にリスキーな行為なのである。


「でも、行くんでしょ」


「ああ行くさ。細心の注意を払う必要があるけどな」


 ジニア達が未来人だと知らないヒガは「本気で言ってる?」と疑惑の目を向けた。


「ごめんねヒガ、そうと決まったらのんびりしてられない。寂しいだろうけど一人で帰って!」


 笑みを浮かべたジニアはネモフィラの腰を持ち、飛行魔術の〈飛行フ・イラ・フライ〉で飛び立つ。

 森からネモフィラの悲鳴と共に遠ざかるジニア達はあっという間に見えなくなる。


「……未来から来た、か。本当にそうなのかも……って、バカらしい話か」


 ジニア達が進んだ方向を見つめながらヒガは笑う。

 少しの寂しさと、大きな感謝を込めて、彼は「ありがとうジニア」と呟いた。




 * * * 



 童話『ジッツの冒険』は実話として語り継がれている。

 改変現代では知名度が落ちているが、ジニアが時空魔方陣を使用する前の現代では超有名作品。子供の時に誰もが読んだことがあるとまで言われる人気の童話だ。


 話は貧しい村の少年、ジッツ・ザイスルーが金を求めて旅立つ冒険譚。

 洞窟の最奥に眠る財宝。魔術師の村で生み出された秘宝。貴重で美味な巨鳥の卵。そういった金になる物を集めて村を豊かにするストーリーだ。その中で主人公ジッツが訪れたのが聖神泉と呼ばれる場所。一口飲めば一歳若返るという不思議な泉であり、ジニア達が求める秘薬の材料でもある。


「……なあ、本当にこの時代なのか?」


 困惑の表情でネモフィラがジニアに問いかける。

 問いに対してジニアは自信なさ気に「そのはず」と答える。

 二人の前には広大な平原を駆け回る巨大獣。

 上空には青紫の空、二つの太陽。

 異世界に来たと言われた方が納得のいく景色を前に二人は動けずにいた。


 二人は『ジッツの冒険』の舞台であると言われる時代へとやって来ていた。

 今まで世界誕生年数が三百二十年の時代を旅してきたわけだが、ここはさらに千年前。世界誕生年数という時代を示す言葉すらない大昔。古い時代すぎて時空魔法陣が存在しないかと思いきや、時空魔術開発者であるクーロンはこんな大昔にまで時空魔法陣を用意したらしい。


「いや、いやいや、オレは『ジッツの冒険』に詳しくねえけどさ……この時代はちげえだろ。巨大な獣は絶滅した生物だろうが、空の色と太陽の数は説明つかない。時空魔方陣の誤作動で異世界に飛ばされただろオレ達」


「うーん、読んだの十年以上前だからうろ覚えだけど、過去の世界はこんなだったんじゃない? 時間が経てば空の色も変わるし太陽の数も減るよきっと。時空魔法陣は正常に作動したと思う」


「一つ言うぞ。空の色はともかく、太陽の数は時間経過で減らねえよ。つか二個あんのがおかしいよ」


「一先ず人を捜そうよ。聖神泉の情報収集しなきゃ」


「……オレ、お前の脳味噌が羨ましいな」


 見渡す限りの平原を歩いても景色は変わらない。

 途中で恐竜のような大型獣に追いかけられた二人は、ジニアがネモフィラを持って空を飛ぶことで回避。大型獣に狙われても面倒なので飛行を継続して人捜しをしようとするが、今度は巨大な鳥に狙われて追い回される。結局怪物相手の鬼ごっこはなくならず、巨大生物達を撃退しながらの探索になってしまった。


 暫く飛行しているとジニア達はようやく人間を見つける。

 ジニア達は驚く。やっと人間が見つかったことにではない。人間の近くにある泉の色に驚いた。


「おいあれ……」

「すっごーい、超綺麗だねあの泉」


 平原に存在した直径一キロメートルはある泉の色は――虹色。

 キラキラと光り輝く七色の泉はこの世の物とは思えない。

 泉の傍に居る人間と話をするためにもジニアは空から降りていく。


「あのー、すみませええん!」

「あ、おい待てお前。空から話し掛けるな……!」


 過去というか同じ世界かすら怪しい場所で、魔術の存在も認知しているか分からない人間に、空から降下しながら話し掛けるなど不用意すぎる。仮に世界誕生年数三百二十年のように奇跡としてすら認知されていなければ、飛行するジニア達がどんな扱いを受けるか分からない。


 改変現代と比べて異質すぎる世界のせいでネモフィラは思考力が落ちていた。

 動揺していなければ人間を発見した時点でジニアに忠告出来ていたはずだ。

 過去を悔いても現実は変わらない。

 時既に遅く、泉の傍に立つ男性が二人を認識している。

 ジニアは「驚いた?」と問いかけて、ネモフィラと共に地面へと着地した。


「私はジニア、左に居る青髪の人はネモフィラ。聖神泉せいじんせんを探して旅をしているんだ。あなたは何か知らないかな。『ジッツの冒険』っていう童話に出てくるんだけど」


「おいバカお前バカほんっとバカ! 話がいきなりすぎるし、童話の出来事が起きた時代なんだからまだ童話になってねえよ! いやいやすみませんねそこの人、こいつは頭がおかしいんで気にしないでくださいね!」


 ネモフィラはジニアの側頭部に両拳を突き立て、グリグリと力を入れる。

 悲鳴を上げながら涙目になったジニアは自分の迂闊な言動について謝る。


「――へえ、もしかして君達も時空旅行者?」


 泉の傍に居た緑髪の男性は笑みを浮かべてそう問いかけた。

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