自称天才、援護する
二人の心を表すような冷たい夜風が吹き、止んだ瞬間に兄弟が動き出す。
このまま戦えば身体能力強化の魔術を使用しているスパイダーが有利だ。
魔術の有無は戦力に大きく関わる。
しかし、差を埋めるためにジニアが〈
剣で打ち合う直前、ムホンの全身の筋肉が成長して大きくなる。
二人の剣がぶつかり合い、重く鈍い音と衝撃が周囲に広がった。
「さすがだなジニア。分かっていたことだが、一級でも難しい奇跡を使えるとは」
「ここまでお膳立てされたんだ。絶対に兄さんを捕らえる!」
何度も何度も二人は斬り合う。
実力は拮抗していた。素の身体能力や技量はスパイダーが上回るとしても、〈筋力増強〉の強化率に関してはムホンが上回る。一級魔術すら扱えるスパイダーは魔術師としてかなりの技量を持つが、学校で正しく学び才を開花させたジニアよりは下。魔力量に関しては雲泥の差がある。
「素晴らしい力だ、やはり奇跡は素晴らしい。私は不老を求めてオルンチアドに所属したが予想外の収穫があった。それが奇跡、ヒーローが使うような特別な力。〈
――スパイダーの動きが格段に速くなった。
瞬時にムホンの剣を払い、腹への刺突を繰り出す。
魔道具の効果で〈防膜〉が発動したものの、尋常ではない威力で先程のヒガのように吹き飛んだ。彼とは違い足の筋力で体が吹き飛ぶのを止めたので、精々数メートル程度の飛距離で済んだ。
「〈
スパイダーはムホンへの追撃を仕掛ける……と思いきや、ジニアへ向けて紫電を放つ。
完全に油断していたジニアだが同じ魔術でなんとか相殺してみせる。
「電撃の魔術……」
「察したかね? いや、君では察せないか。黒装束の集団を殺したのは私だということを」
「じゃああの人達は、リーダーっぽい人に殺されたんじゃなくて、スパイダーさんに殺されたのか!」
本当に察せていなかったジニアは驚愕した。
森で出会った黒装束の集団の内、スパイダーが戦った四人は捕虜として捕まえたが、謎の電撃に撃ち抜かれて全員死亡している。ジニアは自分と戦った男が隙を突いて殺したのかと思ったが違っていた。報告した本人が殺していたのである。報告者が嘘を吐いた時、見破る術などジニアにはない。
「ジニア! 俺にも兄さんと同じ奇跡を!」
「はっ、そうだ。〈
同じ魔術をかければムホンもスパイダーと同等以上の動きが出来る。
動く速度が増加した兄弟は再び剣を構え、同時に接近して斬撃を放つ。
先程までと比べ物にならない速度で兄弟は剣戟を繰り広げ、互いに攻撃を防ぎきれず体に小さな傷を負う。傷は最初スパイダーに多かったが、時間が経つにつれてムホンの方が多く傷付いていく。
魔術の効果によりスピードと筋力はムホンに分がある。しかし相変わらずスパイダーの方が技量は上で、自分より身体能力が高い相手との戦い方が時間経過と共に上手くなっている。
「マズいな、ムホンが押されている。攻撃の援護は出来ないのかジニア」
「動きが速すぎて狙えないよ。誤射しちゃうかもしれない」
「速いから無理……なんとか、遅く出来れば」
ネモフィラは思考の全てを現状打破の方法へと回す。
今までに見たもの、経験したこと、自分の記憶全てからヒントを探る。
ムホンが大きな傷を受けたのと同時、ネモフィラが対抗策を思い付いた。
「やる価値はあるか。オレだけ何も出来ねえのは嫌だしな」
「何するつもりなの?」
ネモフィラは地面に両膝を付き、土に指で文字を書き始める。
「対象を遅くする魔術を作る」
簡単に口に出しているが当然簡単ではない。
あまりに予想外な言葉にジニアは雷に打たれたような衝撃を受けた。
「で、出来るのそんなこと?」
「理論上可能なはずだ。驚いているけど、ヒントをくれたのはお前なんだぜ」
魔術の構築に必要なのは魔術言語と呼ばれる特殊な言語。
魔力を持つ生物が力を込め、定まった魔術言語を発音することで魔術が発動する。魔方陣の場合は魔術言語を定まった間隔で、文字の羅列が繋がるように円状に書けば完成する。
新たな魔術の開発には膨大な時間と知識、チャレンジ精神が必要不可欠。
適当な魔術言語を組み合わせただけでは何も起きないため、何らかの事象が起こるまで試し続けなければならない。基本的に新魔術開発には数十年単位の時間が掛かるとされている。
ムホンがまだ戦える内に新魔術を開発するなど不可能と誰もが思うだろう。
いかに誰でも使える兵器を作り上げた天才といえども無謀な挑戦。
しかし、ネモフィラの可能性と知識を信じるジニアは彼女を否定しない。
「作ったらすぐ教えて」
鉄製杖を構えたジニアは高速戦闘する二人を見つめる。
いつ完成してもいいように、発動対象となるスパイダーから目を離さない。
「なるべく急ぐ」
当然だがネモフィラには考えがあって新魔術開発に取り組んでいる。
普段は長い年月が掛かるがそれはゼロから作る場合。
今回は対象を加速させる〈高速呪法〉をもとに作るので、通常よりも短い時間で作れる。なんせ既に基本部分は完成しており、後は加速を減速に改造するだけだ。それでも時間が足りなすぎるので必死に指を動かして、言語の組み合わせを計算していく。
(ジニアから聞いた黒装束集団との戦い。あいつは敵の竜巻を、逆向きの竜巻を生み出すことで相殺したと自慢していた。それを応用すれば向きだけじゃなく、効果を逆にすることも可能なはずだ)
他人から見れば訳の分からない数式や言語が次々地面に書かれる。
極度の緊張状態に陥り、血管が収縮して血圧が上昇。極限状態とすら言えるネモフィラの鼻からは血が垂れ始めるが彼女は気にしない。否、気にする余裕がない。
今ここで新魔術を開発出来なければ全員殺されるかもしれないのだ。
正に命懸け。誰も死なせないために彼女は過去最高に頭脳をフル活用している。
――そしてついに、彼女の指が止まった。
行き詰まったからではない。完成したのだ。
超難問を解き終わったように嬉しくて彼女は笑う。
「理論上はこれで発動するはずだ。魔術言語は〈
「〈低速呪法〉!」
対象を遅くする魔術を教えてもらったジニアは即座に使用。
予めスパイダーから目を離さずにいたおかげでスムーズに発動出来た。
「うっ、体が重い……!」
発動対象であるスパイダーの動きが一気に鈍る。
それは危うくムホンの肩が斬られそうな時。
スパイダーの速度が元に戻った、否、本来以下の速度まで減速した。
ピンチが唐突に逆転したチャンス。何の前触れもなく発生した隙をムホンは見逃さず、 スパイダーの両手の腱と両足首を斬りつける。腱を斬られた彼の手には力が入らず、剣が落ちるのと同時にダメージを理解して驚愕で目を見開く。
「もうこれで兄さんは剣を持てない。終わりだ」
自分の身に何が起こったか理解したスパイダーは両膝を地面に突く。
「……終わり、か。本当に終わりだな。夢も、剣士の人生も」
加速を打ち消すどころか通常より減速させるなら、何度〈高速呪法〉を使っても無駄なこと。減速の魔術でどんどん遅くさせられるだけで、戦いを続けても一生不利な状態が続く。
勝ち目もない戦いで死ぬまで足掻くことを彼は嫌う。
見苦しく戦い通すくらいなら、潔く負けを認めた方が格好いいと思っている。
「殺せムホン。私はもう、生きていく希望がない」
「嫌に決まっているだろ。……どうしてこうなった。本当に、どうして、こうなったんだよ」
「どうしてだと? お前が私の夢を奪ったからだろう。私はヒーローになりたかった。不老になり、永遠に人類を守護する、完全無欠な強きヒーローになるはずだったのだ!」
「うーん、私はスパイダーさんみたいな人に助けられたくないなあ」
ジニアの一言にスパイダーが力なく視線を送った。
「クスリシ村の件もあるし、悪いことしてヒーローになった人に助けられたくない。過去を悔いて活動するんなら助けられてもいいけどさ。スパイダーさんの生き方かっこ悪いもんね」
「かっこ悪い……?」
スパイダーの瞳が揺れ、過去の記憶が掘り起こされる。
まだダスティアにも所属していない頃。母が死んでから少し経った頃。
将来の自分を想像しながら兄弟は母の墓前で語り合っていた。
『ねえ兄さん、将来、どんなヒーローになろうか』
『当然、常に正しく格好いいヒーローだろ』
過去の自分が想像した将来像と今を比べてスパイダーは気付く。
「……随分と、違ってしまったな」
初心を忘れ、ヒーローという夢だけに固執した結果が現在の自分。
いつから手段を選ばない思想に捻じ曲がったのかは分からない。
ダスティアに所属して、第二支部を任される立場になっても、魔族や害獣などの手から人々を守れない時がある。今のままではダメだと嘆き、更なる力を求めたことだけは覚えている。
絶対的な力、衰えない体、特殊な技術。
人間を超えた存在こそヒーローに相応しいと思い、いつしか真っ当な王道から足を踏み外した。守らなければと思っていた対象にまで牙を剥き、理想の自分を形作るために自らの夢を穢した。
今までの自分が最低だったと自覚してスパイダーは涙を零す。
「弟よ、私を裁け。罰は……いくらでも受けよう」
「じゃあまず、彼が目を覚ましたら謝ることから始めよう」
ムホンが『彼』と指したのはヒガのことだ。
「……ああ……誠心、誠意」
「また誰かを助けるために働けばいいさ。それが罪の償いになるだろうから」
静かに頷いたスパイダーはムホンに縄で縛られる。
こうして兄弟の戦いは幕を閉じ、ジニアとネモフィラも安堵した。
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