自称天才、スパイを追い詰める


 スパイダーの正体を暴くため、ジニアとネモフィラは風呂小屋付近へと彼を呼び出した。

 ただ呼び出しただけなのに彼は剣を持っている。もっともジニアは杖、ネモフィラは収納鞄を持っているため、武装しているのは彼だけではない。魔族も害獣も居ない村で三人は戦う準備を怠っていない。


「ふむ、呼び出されたから来てみれば……穏やかではないな」


「穏やかなわけねえだろ。こっちはアンタの部下に殺されかけたんだぜ」


 ネモフィラの言葉でスパイダーの顔が強張る。


「……ほう、どちらかね」


「セワシの方だよ。お前が指示したんだろ? セワシが言っていたぜ」


「すまんが私は何も知らないのだよ。罪をなすりつけようとしたのではないかね」


 ジニアが「え、本当?」と信じ込みそうになったのでネモフィラが脇腹を突く。

 そんなわけねえだろとでも言うような攻撃でジニアは考え直す。


「すぐ尻尾出してくれりゃ楽だったんだが、しょうがねえな。否定しても無駄だって分からせるしかねえか。スパイダー、お前、致命的なミスを犯したのに気付いてねえのか? 正直、オレも気付いたのはさっきだった。お前の失言にさっき、気付いたんだよ」


「何の話かね」


「ダスティア第一支部での会話、覚えてるか?」


 ジニアも何の話かと思いながら過去の会話を思い出す。

 以前、ダスティアの支部での会話時間はそう長くない。

 スパイダーと話したのは冷静な現状分析について、第二支部も無関係ではいられないこと、そして不老薬の材料集めへの協力くらいなものだ。思い返してみてもジニアにはおかしな点が分からない。


「不老薬の材料を取りに行かないかとお前が提案した時、オレは何の材料か訊いた。お前は残る材料二つの内、知らないはずの材料まで名前を出しちまったのさ」


 あの時、スパイダーは言った。


聖神泉せいじんせんに心当たりはない。狙いはマッドスネーク』


 ジニア達しか知らないはずの聖神泉の情報を確かに掴んでいた。


「最初は違和感を持つ程度だったぜ。オルンチアドの下っ端共が吐いた情報で知ったのかと疑念を流しちまっていた。でも、あの下っ端共は材料全てを知っていたわけじゃねえ。辛うじてマッドスネークを使うと分かっていたがな、聖神泉の情報は何も知らなかったはずなんだよ。なぜオレとジニアしか知らねえはずの情報をお前が知っている? 答えたくねえならオレが言ってやる。――お前だろ、クスリシ村を襲ったのは」


 発言を疑いたくなってジニアは勢いよくネモフィラに視線を送る。

 解説されるまでもなく疑念は解消されていく。


 不老薬の材料を知っている理由はクスリシ村の資料を見たからだ。

 村人は情報を秘匿しているし余所の人間は存在すら知らない。絶対ではないが、過去に行ったジニア以外で資料を手に入れられるのは、この時代で村を襲撃した犯人の可能性が高い。


「……ふ、ふふ、はは……まさか、そこまで分かっているとはな。見事な推理だネモフィラ。一つ訂正するなら私は部下に命じただけだ。クスリシ村に不老薬の資料があったら入手せよ、もしあったなら村を魔族に襲わせろとな」


「村人を魔族に変えて、か?」


「その通り。不老薬、マクカゾワールの失敗作は人間を魔族に変える効果がある。それを利用したのだよ。だがせっかく手に入れた資料も盗まれてしまった。顔を隠し、名前すら偽っていた部下が、裏切り者が持ち出したのだ。おそらく森で会った黒装束の男だろうがな。マッドスネークの何を使うまでかは組織も分かっていなかった。奴は抜け殻を狙っていたし資料を見たのは確かだろう」


 今、クスリシ村襲撃事件の真相が明らかになった。

 全てを話したスパイダーの背後に駆けたヒガが剣を振り上げる。


 真実を聞くまでヒガはムホンと共に風呂小屋の裏で様子を窺っていた。ジニアがメインで戦う予定であり、彼等は奇襲を仕掛けるために隠れていたのだ。しかしクスリシ村出身であり心に傷を抱えるヒガは我慢出来ず、怒り一色の顔で飛び出したのである。


 殺気を感じ取ってスパイダーが背後のヒガに気付く。

 時既に遅く、振るわれた剣が肩に当たり――空色の防御膜が剣を押し戻す。


 奇襲が上手くいったと思いきや想定外の事態に全員が驚いた。

 スパイダーが魔術を使ったのではなく、マッドスネーク戦前にネモフィラが渡した魔道具が発動したのだ。彼はマッドスネークとの戦いでも、黒装束集団との戦いでも、一度の攻撃も喰らうことがなかった。まだ魔道具の効力が残っているのは全員にとって想定外の事実である。


 笑みを浮かべたスパイダーが逆にヒガを斬り返す。

 刃の太い剣がヒガの脇腹に当たり――同じ魔道具が発動した。

 スパイダーが風呂小屋近くへ来る前、ネモフィラがヒガとムホンに渡していたのだ。


「〈筋力増強マ・マツ・オーグ・ストロン・キンリヨク〉」

「「魔術……!」」

「「奇跡……!」」


 力を込め続けるスパイダーは一級魔術を発動させた。

 肉体に影響を与える高度な魔術〈筋力増強〉だが効力は単純、筋肉の強化。

 ただでさえ立派な筋肉がさらに大きくなり、彼の身体能力は格段にパワーアップする。強化のおかげもあり彼は防御膜の拡張を押し戻した。大型の獣でさえ防御膜に押されるというのに、彼は人間とは思えない恐ろしい力で防御膜ごとヒガを吹き飛ばす。


 風呂小屋まで飛んだヒガはそのまま突っ込み、小屋を倒壊させる。

 ヒガは小屋の倒壊に巻き込まれて木片に埋もれてしまう。

 崩れた小屋の傍にはムホンが立っており、隠れる場所を失ったので堂々と前に出た。


「……ムホン。話を、聞いていたのか?」


 悲しさを押し殺すムホンはスパイダーを睨む。


「兄さんはオルンチアドの仲間なのか?」


「その呼び方、久し振りだな。ムホンの予想通り、私はオルンチアドに所属している。敵対することになった場合のため、ダスティア第二支部支部長の立場を残したままな」


「なんでだ……ダスティアを、俺を……過去の自分さえ裏切ったのか! ヒーローになるんじゃなかったのか!? 母さんの墓の前で誓っただろ、俺達二人で誰でも助けられるヒーローになるって!」


「誓いは無論覚えている。裏切ってなどいない。今も私は、夢のために生きているのだよ」


 ヒーローになるという夢と今の行動は真逆に思えてしまう。

 オルンチアドは人間を殺したり、不老薬の失敗作で魔族に変えたりする悪の組織。クスリシ村やカイメツ村だけでなく、他にも被害を受けた場所は必ずある。そんな悪の代表格のような組織に所属して、実際にクスリシ村を滅ぼす指示をして、まだ夢のためと言えるのは異常すぎる。


「オルンチアドの目的は不老。ムホン、私はヒーローこそ不老になるべきだと思うのだよ。老いは生物の弱点だ。どんな人間であれ、必死に力を磨いてもいずれ錆びていく。私は強いまま永遠を生きるヒーローになりたいのだよ。安心したまえ、私は情報網を利用するためだけにオルンチアドへと所属した。悪の仲間などではない」


 どんな人間もいずれは筋力が衰え、骨は脆くなり、病への抵抗力が落ちて死ぬ。

 老いず若いままの状態でいられるなら殆どの人間がそうありたいと願うだろう。

 ジニアだってなれるなら不老になってみたいものだが、クスリシ村の惨状を生み出してまでなりたくない。誰かを犠牲にしたりしなければジニア達だって協力したかもしれない。


「クスリシ村の人達にやったこと、ヒーローの行動とは思えないけど?」


 村が壊滅したせいでヒガは復讐鬼になってしまった。

 己の欲望のために他人を不幸にするのは世の中よくあることだが、クスリシ村の一件は明らかにやりすぎている。誰かを助けるヒーローとは真逆、ヴィランの行いである。


「勘違いするなジニア。私はまだヒーローではない。この世界にはまだ、ヒーローが存在しない。私は人類の未来のため、永久を生きる強きヒーロー誕生への最短ルートを選んだまでのこと。さあムホン、兄と共に不老になろうではないか。夢を叶えるために」


 手を差し出すスパイダーへとムホンは歩いて行く。

 スパイダーの手を取る――フリをして剣で斬りかかった。

 無言の斬撃こそが返答。兄弟の絆の亀裂。

 軽い身のこなしで斬撃を躱したスパイダーはため息を吐く。


「後悔するぞ。私の邪魔をするのなら、実の弟だろうと躊躇わずに斬り捨てよう」


「今の兄さんは市民の敵だ。ヒーローを目指す者として、目を覚まさせてやる」


 兄弟は互いを睨みながら剣を構える。

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