自称天才、信じたくない現実に直面する
ノウミン村へジニア達が帰ると笑顔の村人達に迎えられた。
既にムホンとネモフィラから報告を聞き村の空気はお祭りムード。
活気がなかったのが嘘のように元気な村人の中には踊り出す者まで居る。
トマトジュースや食事をご馳走になったり、胴上げされたり、ジニア達は元気な村人に翻弄されながらも歓喜の空気を楽しむ。食事に関しては食料庫に保管していた物を全て使ったらしいので後が心配だが、村人達は気にする様子もなく喜び合っていた。
マッドスネーク討伐を祝う宴は夜遅くまで続いた。
夜空には満月がくっきりと見え、村人達が寝静まった時間。
汗でベタつく体を洗おうとジニア、ネモフィラ、セワシは風呂へと向かう。
ジニアが生きた時代のように自動で湯が沸く物ではないため、水を浴槽に入れてから熱する必要がある。加熱方法は単純で風呂小屋の外から火を付けるだけだ。しかし火の管理をする人間が最低一人は外に居なければならない。
村に一つしかない浴室も浴槽も意外と広く作られており十人は一緒に入れる。
どうせなら女性陣三名で入ろうという流れになり、火の管理役はムホンに任せた。
「ジニア、ネモフィラ、少し話がある」
風呂小屋の外でジニア達はムホンから呼び止められる。
「オレとこいつだけか。じゃあセワシ、先に風呂へ行っててくれ」
「あまり長話しないように気を付けるでありますよ。今夜は冷えるでありますから」
セワシが離れるのを三人は待つ。
彼女の姿が壁で見えなくなってから三人は顔を見合わせる。
「で、話って?」
「急かすな。今話す」
――ムホンから告げられた言葉は、ジニアには到底信じられないものだった。
あまりに荒唐無稽な話すぎて、質問することも忘れ最後まで聞いてしまった。
「……そんなの、信じられないよ」
「嘘は吐かない」
「そうか、そういうことか。お前の話を聞いて違和感の正体がはっきりした。信じるぜ」
疑わずに納得したネモフィラの態度にジニアは驚く。
ジニアの「信じるの?」という問いかけに彼女は「ああ」と頷く。
結局、ムホンの話は半信半疑のままジニアは彼女と共に風呂小屋内へと向かった。
風呂小屋の入口を開けてすぐは脱衣所になっており、さらに奥が浴室になっている。脱衣所に二人が入ると、タオルを体に巻いたセワシが待っていた。着痩せするタイプだったのか胸は少し大きい。標準よりもおそらく大きいだろう胸を目にしてジニアは「仲間だと思ったのに」と呟く。
「先に風呂入ってて良かったんだぜ?」
「いえ、女性仲間として三人で入ろうと思いまして。嫌でありますか?」
「嫌じゃねえさ。仲良く入ろうや」
ジニアとネモフィラも服を脱いで籠に入れてから三人で浴室に入る。
残念ながらこの時代にシャワーは作られていない……かといって最初に湯船に浸かるのはマナー違反とされている。まずは持参したタオルを湯で濡らし、体を拭いて清潔にする必要がある。
現代文明の便利さが恋しくジニアは「シャワー使いたかった」と残念そうに言う。
「お二人共、私が背中を拭くであります」
「おお助かるや。任せた」
「……優しくお願いね」
ジニアとネモフィラが背を向けた瞬間、セワシが動く。
彼女は閉じていた両脚を僅かに開き、
――短剣が無防備なネモフィラの首に刺さる瞬間、空色の膜が短剣を押し戻した。
用心深いネモフィラは〈
防御魔術が発動したことに全員が驚愕する。
「これは……!」
「〈
咄嗟にジニアが攻撃魔術を放ってセワシを吹き飛ばす。
魔力エネルギー弾が直撃したセワシは風呂小屋の壁を突き破っていく。
「……念のため付けたままにして正解だったな」
「信じられない……まさか、本当に」
セワシの凶行に驚きはしたが事前に話を聞いていた分だけ驚きは少ない。
風呂小屋に入る前、ムホンから話された内容が裏切り者についてだったのだ。
『セワシとスパイダーはオルンチアドという組織と繋がっている』
ネモフィラは納得したらしいがジニアには信じられない話だった。
しかし、実際に敵対行動を取られてしまえば信じるしかない。
何を思って殺そうとしてきたのかは分からないが少なくともセワシは敵である。
「急いで着替えて外に出よう」
「――凄い音がしたぞ大丈夫か!?」
壁の破壊音を聞きつけたムホンが壁の穴までやって来た。
必死な形相で駆けつけた彼を見てジニア達は一瞬硬直する。
「何入って来てんだお前は! 出てけや!」
ネモフィラが彼の顔を容赦なく殴ると、彼は「わ、悪かった」と言って出て行く。
急いで裸から私服に着替えたジニア達も風呂小屋から出て、吹き飛んだセワシのもとへ向かう。
壊れた壁から十五メートル付近にセワシは裸で倒れていた。
「来たか」
傍にはムホンが居たのでネモフィラが跳び蹴りする。
あっさりと躱した彼は「な、何をする!?」と抗議するが、ネモフィラは無言で裸のセワシを指す。表情を歪める彼は言いたいことに気付き裸の女から目を背けた。彼が見ていない間にジニアがタオルを持って来てセワシに被せる。
「で、どうしてセワシが敵だって気付いた?」
「俺は以前からスパイダーに違和感を持ち、ずっと監視していた。あいつを監視していると彼女をよく見かけてな、それから彼女も監視対象としていた。今回の任務中も協力者を得て監視を継続していたんだ」
ジニアとネモフィラの二人が「協力者?」と首を傾げた。
疑問符を頭に浮かべる二人にムホンは笑みを浮かべ、風呂小屋の方に「姿を現していいぞ!」と叫ぶ。彼の声をきっかけに風呂小屋から人影が現れ、月明かりではっきり見えるようになる。
「――話すのは久し振りだね、二人共」
黒いローブを着た赤髪の男、ヒガ・イシャが現れた。
まさかの知り合いに二人は驚き混じりでヒガの名を呼ぶ。
「協力者ってヒガのことなの!?」
「お前、仕事があるって……まさか仕事って」
「君達が出発する前にムホンさんから事情を話されてさ。オルンチアドの連中に会える可能性もあったし、君達が危険かもって言われたから監視の任を引き受けたんだよ。そして手掛かりを掴んだ。宴の時、スパイダーさんがセワシさんに、君達を始末するよう命令していたんだ」
意外な知り合いとの再会は喜ばしいが、新たに発覚した事実にジニアは落ち込む。
旅を通してスパイダーやセワシとは仲良くなれたと思っていた分、殺したいと思われたことはショックである。敵と分かった今、戦闘になれば気持ちは切り替えられるが悲しみは消えない。
「そっか……でも、オルンチアドと繋がっているとは限らないんじゃない? 森で組織の人に会ったけど仲間って雰囲気じゃなかったし、殺し合いをしたんだよ? 魔術を奇跡って呼ぶし、仕事だって頑張ってるし」
「ややこしい話だが組織は一枚岩じゃないだろ。スパイダーを排除したいか、もしくは不老薬の材料を先に手に入れたい人間が居てもおかしくない。信じたい気持ちは分かるけど、セワシの行動がヒガの話の信憑性を上げている」
正体を隠すなら魔術を奇跡と呼ぶのも納得がいく。
仮に魔術が使えるとしても使えないフリをするだろう。
オルンチアドの魔術師と思われる相手に対抗出来てもおかしくない。
疑おうと思えば怪しい点はいくつも出て来てしまう。
「……そうだね。じゃあこれからスパイダーさんをどうするの?」
「全員で捕らえよう。ジニアとネモフィラは正面からあいつを問い詰めたり、戦ってほしい。注意をお前達に向けているうちに俺やヒガが奇襲をかける。本当なら俺一人で決着をつけたいが、奇跡使いになったならスパイダーを止められるのはお前達しかいない」
「了解」
目には目を歯には歯を、魔術師には魔術師を。
まだオルンチアドの人間と決まったわけではないが、これから戦う敵を魔術師と仮定して作戦を立てる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます