自称天才、本気で戦う
幼少の頃、ムホンは絵本のヒーローに憧れた。
困っている人間のもとに颯爽と現れ、事件や悩みを解決してくれる存在。
現実にもそういう存在が居て困っている時に助けてくれると考えていた。
今考えれば愚かな考えだと分かる。
正義のヒーローが実在するなら世の中はもっと平和である。
魔族も凶暴な動物もおらず、僅かな喧嘩程度しか争いがない世界になっている。
――母親が魔族に殺されることもきっとない。
ムホンは五歳の頃、実兄であるスパイダーとよく外で遊んでいた。
蜘蛛を怖がる兄だが意外と好奇心旺盛で外出も多い。そんな二歳年上の兄にムホンも付いて行き、蜘蛛を前にして動けなくなる兄を揶揄いながらも冒険していた。冒険といっても子供なので近所の森に行っていただけである。
『なあムホン、ヒーローはさ、蜘蛛が怖い子供を助けには来ないのかな』
『きっと兄さん以上に困っている人が世界には居るんだよ』
裕福な暮らしではなくとも楽しい日々を過ごしていた。
しかし、平和な生活を突如破壊する存在は気配もなく接近するものである。
夕暮れの時間帯、いつもの冒険から帰った兄弟を待っていたのは非日常だった。
家に入って目にした光景は、粘り気の強い液状生命体が母親を飲み込む姿。
料理中だったのか抵抗しようとしたのか、包丁を握っている彼女は必死に脱出しようとする。限界が近いなか彼女は棒立ちするムホンとスパイダーに気付き、口を動かす。
声は聞こえないので兄弟には彼女が何と伝えたかったのか実際は知らない。
ただ『心配しないで、逃げて』と兄弟は口の動きから読み取った。
最後に笑った彼女はそれから僅かな時間で笑みが消え、足先から溶けて液状生命体に吸収されてしまった。
兄弟に関しては村人の一人が駆けつけて助けてくれたが、生存の代価として家は焼失した。魔族に火が有効なのは知れ渡っているため、村人が家ごと放火したのである。全員が冷静なら外に出してから火で追い払い、家は無傷のまま終わったかもしれない。
しかし村人は冷静になれなかった。
魔族の話は知っていても、実物を目にするのが初めてだったからだ。
よく分からない生命体を目にすれば誰でも動揺してしまう。
事件から数日後、母親の墓前で兄弟は涙を流す。
母親の好物だった魚と
『なあムホン、ヒーローはさ、母さんが死ぬのも助けてくれなかったな』
『……そうだね』
『村のみんなは魔族ごと家を燃やしちゃったし、父さんは帰って来ないな』
『……そうだね』
『だからさ、俺がなってみせる。もう誰にもこんな嫌な目に遭ってほしくないから……俺が……絵本のヒーローみたいに……みんなを助けるんだ』
『俺もなりたい……! 二人でなろうよ、みんな助けられるヒーローに……!』
それから兄弟は体を鍛え、強くなる努力を重ね、ダスティアに就職した。
今でも幼い頃の誓いは忘れていない。
ヒーローになりたい想いは薄れていない。
遠き過去をふと思い出していたムホンの心がざわつく。
「……今日は、嫌な予感がするな」
唐突に不安が膨れるが、ノウミン村への報告のために歩きは止めない。
行動には不安を出さなくても表情までコントロール出来ず、ネモフィラに「どうした?」と訊かれてしまう。
即座に「何でもない」と返したムホンの心はいつまでも違和感が残っていた。
* * *
空中でいくつものエネルギー弾がぶつかり合う。
ジニアの桃色の弾と、黒装束集団のリーダーらしき男の赤黒い弾。
魔力で作られた膨大な数のエネルギー弾は殆どが衝突して爆発。僅かな数だけ弾幕を抜けて二人に向かうが、二人は〈防膜〉で当たりそうなエネルギー弾を防ぐ。
時空魔方陣で過去に来てからジニアは本気で戦ったことがなかった。
しかし今相対している敵は、少しでも気を抜けば殺されると感じるくらいに強い。
過去に来てから、否、今まで戦った者の中で圧倒的に強い。
顔も名前も分からない男だが自分の次に強いと認めている。
「んん? どうやら、下での戦いが終わったらしいねえ」
気を抜けないということは、ジニアはその男以外に意識を裂けないということ。
戦いが始まってから少しして彼と共に上空へ移動したので、彼以外の四人をスパイダーとセワシに任せる形になってしまった。凄腕の剣士と弓兵だが魔術師四人を相手にするのは無謀そのもの。戦いが終わったという彼の発言で慌てて真下を見下ろす。
真下の光景を目にしてジニアは一瞬目を疑った。
四人もいた魔術師は地に倒れ、スパイダーとセワシが縄で縛ろうとしていた。
一瞬信じられなかったとはいえ勝利は喜ばしい。
「……あーらら、四人掛かりでも勝てないとはね。強いなスパイダーは」
「あなたも知っているんだね、スパイダーさんのこと」
「まあねえ有名人だし、強い強いって噂になってたから。ま、俺の方が強いけど」
「……だろうね。あなたはとっても強いよ。私の次にだけどね」
「くくくっ、確かに君は強いけど、今なら俺が勝っちゃうよ。〈
今、男が唱えた魔術にジニアは唖然とする。
巨大な竜巻を発生させる大魔術。
マッドスネーク戦でジニアも使用した一級魔術だ。
威力は強いし強敵との戦いで使いたい気持ちは分かるが現状で使うのは悪手。
真下にはジニアの仲間も彼の仲間も居る。使用者は巻き込まれないが仲間は身を守る術を持たないので、大規模な魔術を使えば仲間を殺すことになってしまう。
一度発動させた魔術を止めることは出来ない。
このままではジニアと男以外が死ぬ。
「〈巨大竜巻〉!」
咄嗟にジニアは男が使用したのと同じ魔術を使用する。
被害が二倍になるだけに思えるが実は通常と違う部分があった。
魔術は例えるなら数式。使われる数字と答えが同じ時、符号や数字の順番を変えても同じ答えに出来る。今ジニアが
スパイダー達の周囲に二種類の風が吹き始める。
右回りの風と左回りの風。
二つは徐々に強くなり、大きな竜巻となるが風力は外に逃げていく。
竜巻内にいたスパイダー達は何の被害もなく無傷で居られた。
理由を分かっていないスパイダー達は困惑している。
「……おいおい今の、まさか魔術を発動させるための魔力の流れを変えたのか。普通なら同じ向きの風で出来上がる竜巻を、逆向きの風に変えて発動させたっていうのか」
「どういうつもり!? 自分の仲間ごと私達を殺すつもり!?」
「余計な情報が出る前に口封じしなきゃいかんでしょ。こういうことだよ勝てるってのは。君には守るものがあるけど俺にはないもんね! 潰れろ〈
「また……! ああもう〈大地命轟〉!」
地面から直方体の巨大な岩盤が二つ起き上がる……ことはない。
大地はしばらく揺れていたがそれ以外の変化は何もなかった。
「今度は完璧な相殺か!? 狙っても普通出来ないだろ!」
「天才に不可能はないもんね。降参したら?」
全く同じ力場かつ、正反対の向きに力を流さなければ相殺は不可能。
今回ばかりは本物の天才でも奇跡が起きなければ無理なくらいの神業だ。
「……すげえすげえ、感心したよ。一級魔術を難なく使いこなす魔力制御、魔力量、全体的なレベルが高い。……でもいくら一級魔術を使えても俺には勝てないよお。ねえ君、超級魔術って知ってるかなあ」
魔術発動の難易度を示す階級は一番下が三級、そこから二級、一級となる。
学校で勉強した時も教科書には一級までしか載っておらず、超級なんてものは聞いたことがない。男が出鱈目なことを言っている雰囲気でもないためジニアは戸惑う。
「あいつに教えを乞うて正解だった。〈
「かはっ!? ふぁ!?」
――ジニアの呼吸が封じられた。
ジニアを中心として半径五十メートルの空気が一瞬で消失した。
酸素も二酸化炭素も水素も何もかもなければ、呼吸しようとしたところで何も吸えない。
目を見開き、喉を押さえ、ジニアは飛行魔術を維持出来ずに落下していく。
声が出せなければ魔術も使えない。
為す術なく落下して〈万能空気操〉の効果範囲外に出た瞬間、ジニアの目は輝く。
息が出来ることに気付いた途端に急いで酸素を吸い込み、渾身の魔力を込めて一つの魔術を発動する。
「〈
発動させたのは一級魔術〈紫電奔流〉。紫の電気を出現させる魔術。
落下中なら〈
予想外の攻撃、そもそも意識を保っていたことに驚く男は避けるのが遅れる。
辛うじて直撃は避けたが仮面の左半分が破壊されたため、彼は手で顔を隠す。
「……反撃してくるとは、想像以上の精神力。今回は退くか」
ジニアは〈飛行〉を使い戦闘を継続するつもりだったが、逆に仮面男は仲間を置いて去ってしまった。
いきなり逃げたことに目を丸くするジニアは彼の去った方角を見つめる。
「逃げちゃった……そうか、私の力を恐れたのか」
見当違いな結論を出したジニアは笑みを浮かべて真下に下りていく。
ただ、敵を退けた喜びからの笑みはすぐに消えることになる。
「な、何これ、どうなってるの!?」
地面に足を付けたジニアが目にしたのは衝撃の光景。
五体満足なスパイダーとセワシ、そして頭部が黒焦げになった四人の死体。
先程まで生きていたはずの敵が少し目を離した間に死んでいた。
「……突如として電撃がこいつらを襲い、殺した。私にもよく分からん」
「そんな……」
何が起きたのかジニアには分からない。
逃げた仮面男がやったのか、それともまだ誰かが潜んでいたのか。
一先ず理解出来るのは四人の男女を殺した犯人は魔術師であることくらいだ。
「貴重な情報源だったが死んだのは仕方ない。我々はノウミン村へ戻るとしよう」
ジニア達は死んだ四人を埋葬して土の墓を作った後、マッドスネークの抜け殻を運びながらノウミン村への帰路についた。
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