自称天才、聖なる泉に辿り着く


 世界誕生年数マイナス六百七十九年。

 ジニア、ネモフィラ、ライの三人が出会って旅を始めてから一年以上が経った。

 長い長い旅路は三人の絆を強め、今では家族のように親しくなっている。


 しかし、旅も終わりが近い。

 現在ジニア達の視界に映るのは岩山に囲まれた野原、そして巨大な樹木。

 童話『ジッツの冒険』に描かれる聖神泉せいじんせんのページは、現在と同じ景色の絵が描かれていて、泉は巨大樹の傍にある。旅の途中で何度もそのページを確認したので間違いない。


「……あそこに、聖神泉があるんだね」


「間違いない。オレ達の目的は今日果たされるぜ」


 楽しくも辛く険しく、悲しいこともある長い旅路だった。

 全ては消耗された魔素を世界に復活させるため。

 魔素を生み出す薬、マクカゾワールを作り出すため。

 ジニアとネモフィラは世界を救うために全てを乗り越えてきた。

 目標達成が間近なのを実感すると感慨深い気持ちになる。


「ライの旅はまだ続くから、今日でお別れか。寂しくなるな」


「えええ、ライ行っちゃうの!? 私達と一緒に未来へ帰ろうよ!」


「帰らないよ。ま、悲観的になるなよネモちゃんジニアちゃん。またいつか会えるさ」


 ライの目的は本人曰くジッツの旅路を追うこと。

 聖神泉は物語終盤に訪れる場所だが旅はまだ続く。


「そういえば、結局あの青紫の空や二つの太陽は何だったんだ。三百二十年に存在しないってことは、それより前に空の色も太陽の数も戻ったってことだよな」


 この時代で一番不思議に思っていたことをネモフィラが呟く。

 異世界に来たとさえ思わされた不思議な空と太陽について、この時代に生きる者達は誰一人詳細を知らなかった。ネモフィラが青い空と一つの太陽を常識だと思うように、この時代の者達にとっては空と太陽の異常も常識なのだ。日々の暮らしで精一杯な者達が成り立ちやらの知識を持っているわけがない。


「実はあれ、ジッツが変えるんだ。毒素をばら撒く敵だったり、太陽の邪神なんかを倒してな」


「現実離れしたストーリーだなおい。それが現実かよ」


「凄いねジッツさんは」


 凄いの一言では済ませられない偉業だろうとネモフィラは思う。

 具体的に何をしたのか分からないが、色々とやってくれたらしい英雄に彼女は感謝しておく。


「――待て」


 やたらとスケールの大きな話をしながら歩いていると、ふいに声を掛けられた。

 膝辺りまで伸びた黒い長髪の男が二十メートル程上空に浮かんでいる。

 男性的に整った顔の彼は白いローブを着ており、風で黒髪とローブが揺らめいている。


「ライ、ようやく見つけたぞ」


 ライの知り合いらしいのでジニアとネモフィラは彼を見ると、愕然とした表情になっていた。


「なんでアンタがこの時代に居る……クーロン!」


「「クーロン!?」」


 彼が口に出した名前はジニア達は驚く。

 現代の人間なら誰でも知っている名前だ。

 クーロンとは時空魔法陣、その元となった時空跳躍魔術を編み出した紛うことなき天才。ジニアのように戦闘しか出来ない残念な天才ではなく、正真正銘世界一の天才やら英雄やらと呼ばれる人物だ。そんな歴史の教科書に載るような人間がなぜ、偶然か必然か、生前より遥か過去の時代に存在しているのかは分からない。


「あれが……世界一の、天才」


「……なんでそんな奴が今ここに現れた? ライ、お前とクーロンは知り合いっぽいし何か知ってんじゃねえのか? 関係性は何だ。目的は何だ。あいつは本当に、時空魔術を作ったクーロンなのか?」


 余程焦っているのかライはネモフィラの問いに答えず、クーロンに集中している。

 彼にとってクーロンの登場は不都合な展開らしく珍しく冷や汗を掻いていた。


「出掛けたと聞いたから行方を追ってみれば、聖神泉を手に入れるところだったとはな」


「なんで聖神泉が目的だと言える? 僕はただ、楽しく過去の世界を旅していただけだぜ」


「惚けるな。不老を目的とする我らオルンチアドのメンバーである貴様が、不老薬の材料を前にして手に入れないわけがない。最近、不老薬、マクカゾワールの材料について新たな事実が判明した。最後の材料、聖神泉の存在だ。今はまだ私しか知らないはずだが、貴様は何らかの手段で私より早く知ったのだな」


 二人の会話の中で信じられない言葉がいくつも飛ぶ。

 ライがオルンチアドのメンバーだと、不老が目的だと、マクカゾワールを作るのだと、クーロンは確かに言った。聞き間違いと疑う余地なくはっきりとジニア達にも聞こえた。

 衝撃の事実にジニア達は頭が混乱する。


「……え? ライが……オルン、チアド?」


「急展開かよどうなってんだよ。なあおい!」


「ああうんごめんね僕はオルンチアドの一員なんだよ。三百二十年でマッドスネークや組織構成員との戦いを見て、使えそうだったから同行しただけ。残念だけど今は君達に構う暇がない。どっか行っててくれ」


「……そんな、嘘でしょライ。私達を騙してなんかないよね!?」


 必死に呼びかけるジニアに対して「うるさ」と呟いたライは彼女を殴り飛ばす。

 突然の暴力に彼女は対応出来ず、ネモフィラも不意を突かれて蹴り飛ばされた。


「新たな部下ではないようだな」


「部下は死んじゃったし、人員補充出来たら良かったけどねえ」


 野原に倒れたネモフィラの脳内で情報が整理されていく。

 今までのライの発言は単体で見ればおかしくないが、オルンチアドの構成員と判明した今考えると正体に近付ける。構成員だとバレたからか、先程から会話で情報を隠さず口にしていた。


 時空魔法陣を使用していること。一級以上の魔術を使えると言っていたこと。部下は死んだこと。これらの情報と一致する者で、聖神泉の存在を知るオルンチアド構成員といえば一人の人物が思い浮かぶ。


 ネモフィラが理解したライの正体は完全に悪そのもの。

 今まで共に旅をして疑惑を消しかけていたネモフィラは、自分の考えが外れるように願いながら叫ぶ。


「……お前、そうか。スパイダーの部下としてクスリシ村を襲撃し、その後スパイダーからマクカゾワールの資料を盗んだのは……マッドスネークの抜け殻を求めて、ジニアと森で戦った魔術師ってのはお前だな!?」


「おっとさっすがネモちゃんあったま良い。正解正解。因みに、実際にジニアちゃんと戦ったからこそ君達の同行を許可したんだよ。上手く利用すれば不老薬を作る手間が省けたり、ボスのクーロンを始末出来るかもと思ってさ。でも残念だよ。全員纏めて僕が始末しなきゃならないなんてね」


 ライには友情がなく、あったのは打算のみ。

 敵と知らず馴れ合っていたジニアとネモフィラは悔しく思う。

 膨れ上がる怒りで歯を食いしばり、震える拳を握り、敵の打倒を考えた瞬間。

 自分以外を出し抜くためにライが聖神泉へと走り出す。


「〈万能空気操バ・アン・エアロ・コントロ・アルティメ・バンノウクウ〉!」


 ――クーロンを中心として半径百メートルの酸素が消失した。

 魔術を発動したのは当然ライ。まず一番邪魔な強者から片付けようという魂胆だ。

 クーロンは口を押さえて苦しみ、範囲内に入っているジニアとネモフィラも喉を押さえる。


 どんなに強い魔術師でも〈万能空気操〉の前では無力だ。

 呼吸を封じられれば魔術の詠唱は不可能。

 魔術の使えない魔術師などただの凡人。

 呼吸不可能な空間から脱出出来るわけがないので先にあるのは死のみ。


「ふいー、広範囲への使用は疲れるな。そこで息絶え、死後の世界から見ているといい。僕が永遠の命を手にし、人間の神となって人を、世界を支配する瞬間をねえ!」


 走りながらライは〈飛行フ・イラ・フライ〉を発動させて、猛スピードで目的地へ近付く。

 なんとか〈万能空気操〉の範囲内から出ようとジニア達は歩くが、苦しい無呼吸状態での移動はとても遅い。ライが聖神泉に辿り着くまでに十秒もないので、もはや彼の抜け駆けを阻止するのは不可能に近い。


「くっうあ、くぁ、しぃ」

「……あ、えぁ」


 苦しみながらネモフィラは収納鞄から一枚の紙を取り出し、ジニアに見せた。

 彼女が手に持つ紙には円状に魔術言語が書かれている。何を伝えたいのかはジニアにも理解出来た。


 紙に書かれているのは魔法陣。時空魔法陣の使用方法から分かる通り、魔法陣の使用には詠唱が必要ない。魔力を流すだけでそこに書かれた魔術が扱える。呼吸が〈万能空気操〉によって封じられていても使用に問題がない。


 ジニアはネモフィラを信じて魔法陣に魔力を流す。

 紙に記された魔術が発動して、紙から凄まじい風が吹いて二人を吹き飛ばす。

 聖神泉の方角へと飛んだ二人は見事〈万能空気操〉の範囲内から抜け出せた。

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