自称天才、マッドスネークを潰す


 ノウミン村北西に位置する森林地帯へやって来たジニア達五人。

 畑を荒らしたマッドスネークを討伐するため捜しながら五人が歩く。


「ここにマッドスネークが居るんだよね」


「そのはずだ。居場所を突き止めてくれた村人には感謝せねばな」


 スパイダーの言う通り、感謝を忘れてはならない。

 戦闘力のない村人だけで危険な生物の居所を調査するなど自殺行為。

 本来なら咎めていたが実際に標的を発見しているので何も言えなかった。

 それに、畑を荒らされた農民の気持ちを考えれば怒るに怒れない。憤怒する農民達は命の危険を無視してでも、マッドスネークの居所を突き止めたかったのだろう。


 例え自分達が戦うわけでなくてもダスティアを手伝いたかったのだ。

 憎き害獣を討つ手伝いを何でもいいからやりたかったのだ。

 気持ちが痛い程に分かるダスティアの面々は早く期待に応えたいと思う。


「ああそうだ、みんなこれを肌に貼ってくれないか?」


 ネモフィラが全員に差し出すのは薄い円状の小さな機械。

 本人以外は機械に思えず、紙やシールのように見えている。


「これは何でありますか? シールでありますか?」


「試作品の道具だ。肌に貼るだけで、強い衝撃を受けた瞬間〈防膜シ・フル・ボウマ〉が発動する。上手くいけば一度は攻撃を防げる」


「なんとそれは素晴らしい。もしや他の奇跡も使えるようになるのかね」


「研究中だ。〈防膜〉はな、仕組みが単純だから再現しやすかっただけさ」


 この時代より遥か先の現代ですらそんな物はない。

 厳密にいえば魔法を込めた魔道具はあるが、今まで魔力の壁を作る〈防膜〉の効果を持つ魔道具に開発成功した者はいない。しかしネモフィラは天才的頭脳を駆使して作り上げたのだ。魔道具内に込められた〈防膜〉はジニアのものなので頑丈さは保証出来る。

 素晴らしいと褒められて、魔術を使用しただけのジニアが嬉しそうに鼻下を擦る。


「あームホンムホン! ネモフィラ、つまりこれはどういう物なんだ? 俺は理解が及ばないんだが」


「要するに、百パーセントじゃないが致命傷を一度防げるお守りだな」


「おお凄いな! 奇跡使いというのは本当に凄い!」


 一人理解が遅れたムホンも喜んで首に貼った。

 彼は魔道具を貼った後、小ささと薄さから剥がれないか心配する。だが人肌に付着しやすい素材を使用しているので簡単には剥がれない。しっかりとネモフィラは不安要素をなるべく排除しているのだ。


「むっ」


 一行の先頭を歩くスパイダーが立ち止まる。

 セワシが「蜘蛛でありますか?」と聞くが彼は首を横に振り、上を見た。


「見つけた、マッドスネークだ」


 彼の言葉に全員が上を見る。

 確かにマッドスネークはいた。

 信じられないことに、森の木々を伝って空中を移動していた。

 巨大蛇が空中を移動する非常識な光景にジニアとネモフィラは無言で驚く。


「……ふ、太くて大きいであります」


「何てこった、過去最高記録じゃないか」


 ダスティア組三人はマッドスネークの白い体躯に驚愕していた。

 基本的にマッドスネークの全長は三メートルから五メートル。

 これまでに発見された大物でも八メートル弱。

 それなのに、今回発見したのは恐ろしいことに全長が四十メートル以上もある。

 大物を超える大物、超大物である。


「マズいな。空中に居られては剣が届かない」


「任せて。〈加重力イ・レシ・グラヴ・カジュウ〉」


 二級魔術〈加重力〉。効果は重力の増加。

 木と木を伝って空中を移動していたマッドスネークを五倍の重力が襲い、耐えきれずに地面へと落下してきた。四十メートル以上ある生物が五杯の重力で落下しただけあって、とんでもない衝撃と轟音が辺り一帯の空気を震わせた。


「良いぞジニア。怯むなよセワシ、ムホン、どれだけ大きくても蛇は蛇。我ら人間の力を思い知らせてやれ! 総員突撃! あの無駄にでかい生ゴミを処理するのだ!」


 ダスティア組の三人が気合いを入れてマッドスネークへと駆ける。

 ジニアは〈加重力〉を行使し続けているが、敵は思ったよりも力強くて重力波から逃れようとしている。徐々に、徐々に、体が動き、遂には重力波から完全に抜け出した。


 動き出すマッドスネークを二つの斬撃と一本の矢が襲う。

 傷を負って赤黒い血を流してはいるが全く効いた様子がない。


「体が大きい分だけタフだし強いぞ! とにかく畳み掛けろ!」


 援護として小型大砲を撃つネモフィラが叫ぶ。

 言われるがままにダスティア組が攻撃を続けて、マッドスネークに僅かな痛みを与える。


「よし、〈火炎流フ・フレ・フロウ・カ――」


「バカ止めろ森だぞここ! 火と電気以外で攻撃しろ!」


「なら〈飛氷礫フ・アイ・グラベ・コオリツ〉!」


 十個の巨大な氷塊が生み出され、マッドスネークに向かう。

 木々を躱しながら氷塊が直撃、突き刺さった痛みにマッドスネークは悲鳴を上げ、激しく暴れ出した。軟らかい体を鞭のように振るうことで周囲の木々を薙ぎ倒す。

 倒木を何とか躱したダスティア組だがムホンは尻尾を躱しきれなかった。


 ムホンに極太の尻尾が直撃した瞬間、空色の防御膜が彼を包む。

 衝撃は全て魔道具が吸収しており本人にはダメージゼロ。


 黒煙を出し始めた魔道具に救われた彼は「本当に凄いな」と言いながら剣で尻尾の肉を斬る。絶好の好機を逃さない彼は尻尾の肉を一部削ぎ落とし、斬りつけながら頭部へと駆ける。


 いかに巨大な体を持っていても脳を傷付ければ生物は死ぬ。

 生物の弱点を突くためにムホンとスパイダーは頭部へと向かい、残り三人は頭部以外への攻撃でダメージを与えていく。しかしされるがままになるマッドスネークではなく、ジニア達を殺そうと躍起になって滅茶苦茶に暴れる。


 ジニアとネモフィラは離れながら攻撃しているので敵の攻撃は届かない。

 早くも危機的状況に陥ったのはセワシだ。弓は魔術と比べて飛距離がないし、女性の筋肉では男性よりも矢を飛ばせない。彼女は一定距離を保ちながら矢を射続けていたが、素早い動きでマッドスネークが頭から突進してきた。


 突進の目的は攻撃と回避。スパイダーとムホンの剣から逃れるために、二人を除いて一番距離の近いセワシの方へと逃れ、ついでに邪魔な弓使いである彼女を食い千切ろうとしている。


 弓を射るのを中断した彼女は躱そうと横に跳ぶ。

 大きく口を開くマッドスネークが近付き、彼女の左足に噛みついた――瞬間に魔道具が発動。

 食い込もうとした牙を空色の防御膜が押し戻す。

 危うく左足を失うところだった彼女は無事マッドスネークから離れ、仕返しに矢を放って右目に刺さらせた。


「ねえネモフィラ、あの防御魔術が発動する魔道具、本当に一度しか発動しないの?」


「防御魔術の仕組みは単純だけど、一度発動したら魔術回路が焼き切れちまう。防御魔術を再現する限界点があの魔道具なんだ。お前が守るのは無理なのか?」


「動き回る速度が速いから無理。自分を守る時は周囲に展開すれば済む。ただし、素早く動く他人に防御魔術を展開させようとしたら、ズレた場所に展開しちゃうかもしれない。せめて止まってくれなきゃ防御魔術は使えないかな」


 マッドスネークの体の鞭をスパイダー達三人は辛うじて避け続ける。

 目障りに思ったのかマッドスネークはこれまでと違う行動に出た。

 尻尾の一部で体重を支えて直立したら口を下に向ける。


「はっ!? 毒霧だ! 毒霧が吐かれるぞ!」

「〈防膜シ・フル・ボウマ〉!」


 ネモフィラの叫びで全員が危険を知り、ジニアが防御魔術を使用した。

 残念なことに〈防膜〉は一度の使用で一枚のみしか出せない。しかし、マッドスネークの口からは紫の霧が漏れ出ていて、五回も〈防膜〉を使用する時間がない。そこでジニアは巨大防御膜を頭上に張ることで全員を覆った。

 吐き出された毒霧は空色の防御膜に遮られて真横へと逃げていく。


 マッドスネークは毒霧を吐き終わったがこれで助かったわけではない。

 防御膜を消した瞬間、防いだ毒霧がジニア達のいる地上へと降下してくる。

 そうなることを理解していたジニアは大規模な風魔術を使おうと最初から考えていた。


「〈巨大竜巻マ・シブ・トルネ・ディスア・ダイタツマ〉」


 ジニアが鉄製杖を掲げると風が吹く。

 最初は優しかった。次第に荒れていき、回転して竜巻を作り出す。

 小さい竜巻はあっという間に膨れ上がり巨大と呼べる程にまで成長する。

 毒霧は当然吹き飛び、倒木も吹き飛び、終いにはマッドスネークすら浮かせた。


 ジニア以外の人間はジニアの傍に駆け寄っていたことで何とか吹き飛ばなかった。

 大規模な魔術は使用者を巻き込まないよう使われる。さすがにジニアも自分への配慮は忘れない。もし忘れていたら今頃森の木々と共に空高くへぶっ飛んでいる。風の回転で脳味噌がシェイクされて死んだかもしれない。


「ふう……ジニア、次から大規模な奇跡を使う時は合図してくれ」

「え、何で?」

「危険だからに決まってんだろこのアホ! 危うくオレ達も空の彼方行きだったぞ!」


 残念ながら他者への配慮は忘れていた。

 攻撃に巻き込む可能性を考えない阿呆の頭をネモフィラが強く叩く。


「じゃあ今ならいいよね。〈大地命轟ア・アス・ライフ・ロアーズ・チメイゴウ〉!」


 大地が蠢いた。

 マッドスネークの真下の地面に大きな亀裂が走る。

 地面から直方体の巨大な岩盤が二つ起き上がり、四十メートル以上もある巨大蛇を挟んだ。最初こそサンドイッチのように優しく挟まれていたが、徐々に力が強くなり、最後はマッドスネークを潰してピタリと密着する。


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