自称天才、哀れむ
マッドスネークは巨大な岩盤に潰されて死んだ。
森の五割程は竜巻で荒れたり、百メートルはある大地の壁が立つことでボロボロ。消滅したと言っても過言ではない。あまりに酷い惨状にダスティア組の三人は何も言えない。
「……一件落着!」
「じゃねえだろバカ! どんだけ自然破壊してんだお前!」
怒りの表情でネモフィラがジニアのこめかみに両拳をグリグリ当てる。
悲鳴を上げながらジニアは止めるよう叫ぶが止まらない。
「確かに酷いが……あのマッドスネークは手強かった。被害が出るのは仕方ない」
「いやいやそれにしてもやりすぎだろ。本部から怒られるぞ絶対」
「でありますね」
ムホンのやりすぎという言葉にセワシがうんうんと同意した。
「一先ずだ。ムホン、ネモフィラ、君達は結果を村長に報告してほしい」
ネモフィラはジニアへのお仕置きを止める。
解放されたジニアは涙目になりながら、黄色のとんがり帽子の位置を直す。
「オレもか? まあ構わねえけど」
「スパイダーはどうするんだ?」
「私達はマッドスネークの抜け殻を探しに行く。ジニア達も欲しいだろうし、残しておいてはオルンチアドとやらの手に渡るだろう。我々で回収すべきだ」
「なるほど理解した。村への報告は任せてくれ」
「全員で探した方がいいんじゃねえか?」
ほんの僅かに、ネモフィラはスパイダーに奇妙さを感じた。
確かにマッドスネークの抜け殻は早急に手に入れなければならない。討伐報告をして村人を早く安心させるのも重要だ。何もおかしなことはない。村に戻って一日休んでからでもいいのではと思ったが、効率を重視するならスパイダーが正しい。ただ、彼が急ぎすぎているようにも感じてしまう。
「オルンチアドよりも早く入手したいのだよ。近くに居るかもしれんからな」
「……まあ、そうだな」
気にしすぎかとネモフィラは納得する。
スパイダーの案を受け入れた二人はノウミン村へと戻り、残る三人はマッドスネークの抜け殻を探すことにした。共に旅をしてきたネモフィラとの一時的な別れにジニアは若干寂しさを覚える。
「さあ、我々は抜け殻を探そう」
「どこにあるんだろうね抜け殻」
ノーヒントで森の中を探すのは厳しい。
そもそも、先程のジニアの魔術に巻き込まれてしまったかもしれない。もし巻き込まれていたら原型を留めておらず、不老薬作りに使えるかはグレーゾーンだろう。
「マッドスネークは抜け殻を子供の巣に使うと聞いたであります。発見した時、奴が向かっていた方角に巣がある可能性は高いであります。……破壊に巻き込まれていなければでありますが」
セワシが僅かなヒントを記憶から引っ張り出してくれたので三人は進む。
崩壊済みの森を歩き続けて数分。沈黙が続いたのでジニアは自分から話し掛ける。
「ねえスパイダーさんさ、村への報告、なんでネモフィラとムホンさんを選んだの?」
単純にジニアは気になったから聞いただけだ。
あくまでも会話の種として、どうでもいい話として問いを投げた。
「あの女性は勘が鋭く頭もいいが戦闘能力は低い。仮にオルンチアドとの戦いになった時、足手纏いになると判断したのだよ。ムホンは彼女の護衛役として同行させた。理解したかね」
「……ネモフィラ強いけどなあ」
さっきのこめかみグリグリを思い出したジニアは眉間にシワを寄せる。
「あ、あったであります!」
周囲を見渡しながら歩いていたセワシが抜け殻を見つける。
幸い魔術に巻き込まれた場所にはなく、破壊の痕が途切れた数十メートル先にあった。
ジニアは走り出し、あとの二人が彼女の後を追う。
白い鱗に覆われた皮は、顔の皮まで残っていて生きているかのようであった。マッドスネークが脱皮すると、抜け殻となる皮は硬質化して残る。まるで家のようになるそれへと、セワシが言ったように自分の子供を暮らさせる。
近付いた三人は抜け殻の頭部分で小さな生命体が動くことに気付いた。
抜け殻の中にはまだ全長十センチメートル程度しかない、マッドスネークの幼体が五匹も動き回っていた。彼等の近くには様々な野菜や果物が山のように置かれており、一匹がその食料へと齧り付く。
「マッドスネークの……赤ちゃん? ちょっと可愛いかも」
「五匹か。すぐに処分しよう」
「ええ殺しちゃうの!? 何もしていないんだし、殺すのは可哀想だよ」
ジニアの甘い考えにスパイダーが目を鋭くする。
「そうやって見逃した赤子が成長し、やがて親と同じように畑を荒らす。一匹残らず始末した方が人類の為になる。残念ながら、人間と共存出来ない生物は殺すしかないのだ。弱い方が死ぬ運命なのだよ。たとえ赤子だろうと、我々は正義の味方として殺さなければならない」
マッドスネークは赤子のために多くの作物を集めていた。
子を愛す親の行動だが人類にとっては不都合な行動。
子が成長して更なる子を産めば、再び同じことが起きる。
ジニアはスパイダーの正論に何も言い返せない。
何の罪も犯していないのに殺すのは非道と罵る人間も居るだろう。
しかし、未来で被害が出ればそんな人間も殺害に賛成する。
強いて言うならば存在そのものが罪。
最初から人間と争うように世界が創った生命体。
害なき赤子のうちに殺した方が人間側の不幸はなくなる。
「すまんな。人類のために死んでくれ」
抵抗する力も持たない子蛇達をスパイダーが斬った。
どんな風に生まれても、マッドスネークという種族に生まれた時点で人間と敵対する運命を背負う。いつまでも人間と妥協して共存出来ない現実にジニアは、先程自分で殺した個体含めてマッドスネークを哀れむ。
「抜け殻があったのはいいが……どうやって運ぶのかね」
「あの個体の大きさを考えれば抜け殻が大きいのも当然だったね。私が浮かせて村まで運ぶよ。ネモフィラの所まで行ければ、巨大な物も収納出来る特殊な鞄があるから」
「その前に一仕事しなければならないようであります」
弓を構えたセワシが後方へと振り向き、遅れてジニア達も警戒しながら半回転する。
三人の視界には奇妙な集団の姿が映った。
体を黒装束で、顔は仮面で隠した怪しすぎる五人組。
胸部で性別を分けると二人が女性、三人が男性のように見える。
そして一番重要な視覚情報は全員が杖を持っていること。
この時代の不審者が武器を選ぶなら剣や弓であり、わざわざ杖を使う物好きは居ない。魔術師、この時代で言うところの奇跡使いでも杖は使わない。魔術師が使う武器は現代だと特殊加工がされており、その加工を一番やりやすいのが杖だから殆どの魔術師が杖を使う。この時代で杖は足腰が不自由な人間が使う物と認識されている。
武器への特殊加工は魔道具を作る流れと同じものだ。
杖だろうが剣だろうが何だろうが、特殊加工すれば魔力を扱いやすくなる。
「……杖。ジニア、あれらは君と同じ存在かね? 報告によれば、カイメツ村で捕らえた連中も杖を持っていたらしいではないか。奴等、奇跡使いではないかね?」
「多分そうだよ。大丈夫、私なら勝てるし」
「なぜ言い切れる。奴等の中央にいる人間、恐ろしい力を感じるぞ」
「なぜって? 私が負けるわけないから」
「もう君には何も訊かん。戦闘態勢に入れ」
ジニアはとんがり帽子から鉄製杖を取り出し、スパイダーは剣を構えた。
警戒されているのは伝わるだろうに黒装束の集団は意も介さない。
歩いて接近していた黒装束の集団は、ジニア達と十メートル離れたところで立ち止まる。
「そこを退け原始人。抜け殻を運ぶ邪魔だ」
集団の一番右に立つ人間が口を開いた。
「君達は何者かね? どうやらマッドスネークの抜け殻を欲しているようだが」
「何者と訊かれて正体教えるほどウチら間抜けやないよ、スパイダーさん」
スパイダーの言葉に返したのは左から二番目に立つ女性。
名前を知られていたことにスパイダーは眉を上げ、セワシは驚く。
「あの人知り合いなの?」
「ふっ、顔も体も隠れた状態では判別出来んよ。だが一つはっきりしているのは奴等が敵ということだ。マッドスネークの抜け殻を入手したい理由など一つしかないだろう」
「……それは、いったい」
ジニアが額から汗を垂らして不安な顔をする。
「不老薬の材料として使うためだ」
「ええええ!? じゃあ敵じゃん!」
戦闘前なのでスパイダーは視線を移動させないが、一番早く気付くべきジニアの発言で呆れた目になる。本当なら『君は察すべき立場ではないかね』と目で訴えたい。戦闘勃発前の今でなければ口にも出していただろう。
「なるほどな、お前達も同類か。抜け殻譲れば命は助けてやるよ」
「いや平和的解決を――」
「笑止! 欲しいものが被った場合やるべきことは一つ、戦争だあああああああ!」
ジニアは話し合いだと思って口に出そうとしたが、スパイダーの大声で掻き消された。
不老薬の材料を求める者達同士の戦闘が雄叫びと共に始まった。
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