自称天才、ノウミン村に着く
土の国ハニヤスにある村の一つ、ノウミン村。
農業が盛んなこの村では作物が主な収入源になっており、畑の広さは国一番と言われている。畑で育つ作物は非常に美味で王族の料理にも使われる程だ。美味しい作物を育てるため村人は日々精進しており、村の殆どの人間が農家として生活している。そんな説明をスパイダー達から聞いたジニアとネモフィラはノウミン村に到着した。
きっと活気ある農民の村なのだと想像していた二人は目を丸くする。
畑仕事をしているのは数人で、他の人間は地面に座り込んでいたり寝ている者ばかり。畑は広いが農業が盛んな村の光景とは思えない。全体的に活気がなく重い空気が流れている。
「村の人達元気ないね」
「もしかしてマッドスネークのせいか? よく見たら荒らされた畑があるし」
ネモフィラの問いかけにスパイダーが頷く。
「うむ。畑が広い分だけ害獣もよく出る。普段は猪やハクビシンなどだが、稀に出るマッドスネークが厄介でな。村人だけでは対処出来ないから、ダスティアに害獣駆除依頼が来るのだよ」
「猪ならここに来るまでに結構見たな」
「美味しかったよねえ猪肉。飽きかけてるけど」
よく見かけた猪はジニア達に捕食されて数を減らしている。
害獣駆除のつもりはなかったが意図せずそうなってしまった。
「一先ず依頼を出した村長のもとへ向かおう」
スパイダーを先頭にジニア達はノウミン村を歩く。
聞いていた通り本当に畑は広く、広大すぎて終わりが見えない。
村の中に店はなく民家しかない。
殆どの人が農家であり仕事はそれで十分。
店がなくても他の町に衣服などを買いに行けばいいし、食料は自分達の育てた作物で足りる。たまに出没する猪などの獣を捕獲したり、鶏を育てることで肉や卵など他の物も食べられる。
ただ、現在村自慢の広大な畑は荒らされすぎていた。
何かに食い荒らされた作物。
地面を掘られたのか穴だらけの土地。
村人が活気を無くしてしまう理由が畑を見れば分かる。
「今回は過去一番に酷い荒らされ方だな」
ムホンの呟きにセワシが「確かに」と頷く。
「作物の殆どが食べられてしまったようであります。村人達が元気をなくす理由も分かるであります」
「さっさとマッドスネークを討伐して村人を働かせないとな。次にノウミン村の作物が食べられる時期が遠のいてしまう。イネを育てなければ米もパンも食べられない。米もパンもない生活なんて御免だ」
現在は各地の店に置いてある分が残っているが無くなるのも時間の問題。
ハニヤスでは主食が米やパンなので、その元となるイネを育てられない現状は国民にとって一大事と言える。当然ノウミン村で作られるものが全てではないが、ハニヤスに出回っている小麦は七割がノウミン村製。農業が出来ない状態が続けば食糧難になりかねない。
「何でイネってのが必要なの? 米とかパンは木に
とんでもないジニアの質問に本人以外が固まる。
「……な、ナイスジョークでありますね」
ジニアは「ジョーク? 何が?」と首を傾げる。
不思議そうな彼女の顔を見て、本気で言ったのだと全員が理解した。
「お前なあ、パンが木にぶら下がっているとかシュールすぎんだろ。見たことねえだろそんなん」
「米が木に生るのは想像出来るが、さすがにパンは想像付かないな」
食パンでもロールパンでもクロワッサンでも、木に生っていたら非現実的な光景だ。ファンタジーだ。この勘違い、常識の無さにはネモフィラだけでなくスパイダー達も呆れる。
勘違いは正した方がいいのでセワシが米とパンの製造過程を話す。
全てを聞いて二割くらい理解したジニアは「なるほどねー」と感心した。
「まあまだ子供だから勘違いも仕方なかろう」
真顔のスパイダーの発言にジニアは頬を軽く膨らませる。
「もう今年で二十歳だよ! 子供扱いは止めてよね!」
「……な、ナイスジョークでありますね」
「信じらんねえかもしれねえが年齢に関しては真実だぞ」
そうこう話している内に村長が住む民家に辿り着く。
村長という立場の人間でも住んでいるのは質素な木製一軒家。
作物が売れているので村は豊かだが、広大すぎる畑の維持費で多くの金が吹き飛ぶ。
村長だからといって豪勢な家に住めるわけではない。
「すまない、ダスティア第二支部から来たスパイダーという者だが!」
木製ドアノッカーを叩きながらスパイダーが大声を出す。
来客に気付いた老人が扉を開け、ジニア達を笑顔で迎えた。
「ようこそノウミン村へいらっしゃいました、ダスティアの方々。私は村長のノウカと申します。大したおもてなしは出来ませぬが歓迎しますぞ。ささ、どうぞお入りください」
ジニアだけ「お邪魔しまーす」と挨拶した後に全員が家に入る。
居間に通されたジニア達に一杯の赤い飲料と
赤い飲料を見たジニアとネモフィラは「……何これ」と思わず呟く。
「見損なったよ村長さん。客に血を飲ませようとするなんて」
「いえいえ血ではありませぬ。それは新鮮なトマトの絞り汁です」
ネモフィラが「あーなるほど」と納得する。
「トマトジュースってこと?」
「ジュース……が何かは分かりませぬが、トマトに含まれた水分なのでご安心ください。トマトの味が染みているので大変美味ですよ」
「うーん、私トマトってあんまり好きじゃないんだよね」
そう言いつつジニアは一口飲んで目を見開き、自然と頬が緩む。
変わった表情からして明らかに美味しかったのが伝わるのでネモフィラも飲む。
「旨いだろう。ノウミン村に来たダスティアの兵士は全員ご馳走になるのだよ」
「うお、本当だ。適度な酸味と甘味があって旨いな」
「ムホン! それを飲みたいがために遠くから買いに来る人間もいるとか」
「私も定期的に購入しているであります。健康的であります」
全員がトマトの絞り汁を飲み干し、胡瓜をバリボリと齧る。
胡瓜に関しては誰も旨いと言わずに無言で食べた。完食してからジニアは「味噌が欲しかった」と呟いたが、それに共感して「分かる」と反応したのはネモフィラのみだった。残念ながらこの時代に味噌は作られていない。作ろうと思えば作れるがジニア達が作る時間はないし、製造方法を教えるのも歴史改変を招くのでやってはいけない。
「ご馳走様。さてノウカ村長、我々が来た目的は承知しているな」
スパイダーの言葉にノウカが「ええ」と頷く。
「マッドスネークの討伐でございますね。村人一同ダスティアの方に感謝しております。肝心のマッドスネークですが、どうやら北西の森林地帯に生息しているようです」
「生息地帯の割り出しまでやってくれたのか、助かった」
「いえいえ、実際に討伐してくださる皆様の苦労に比べれば大したことございませぬ。村人が同行しても足手纏いになるだけですし、朗報をお待ちしております」
「任せておくがいい。頼もしい助っ人もいることだしな」
ジニア達はすぐにノウミン村を出発することになった。
村の被害が小規模なら一日休息を取っても良いが、現状の被害は畑全域に及ぶ。
一刻も早くマッドスネークを討伐しなければ農民達の気力も底に落ち、命に関わるかもしれない。早く農業を再開しないとまともな生活も危ういので、ジニア達にゆっくり休む暇はない。
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