自称天才、秘薬の材料を探す


 食事を終えてからネモフィラは旅立つ準備を始めた。

 一日で終わるというのでジニアは彼女の部屋に泊まることにする。

 部屋で彼女が準備をしている時、ジニアは改変現代の常識を詳しく教えてもらった。


 魔術学校や関連施設が解体されたのは聞いたが、元々の目的だった時空警察も同じ末路を辿っている。時空魔法陣の悪用を防ぐのは大事だが魔族討伐の方が大事ということで、時空警察も政府も今やただの兵士のようなもの。もはやどこの国も形を保てず、世界中の人間が一つの集団になりかけている。


 改変現代でジニアを助けてくれるのはネモフィラくらいなものだろう。

 色々な常識と世界情勢を聞いたジニアは協力者捜しを打ち切ることにした。


 ネモフィラの次はジニアが語る番となる。

 過去でやったこと。クスリシ村の運命。謎の組織が魔族を利用している可能性。

 情報共有のためにジニアは全てを語り時間が過ぎていく。



 ――時間は経ち、翌日の朝。

 研究所の外でジニアはネモフィラが出て来るのを待つ。


「待たせた。ほれ、これ返す」


 外へ出て来た彼女が渡してきたのはジニアの黄色いとんがり帽子。

 実は昨日、彼女が貸してくれと頼むので渋々渡したのである。


 魔術師にとってとんがり帽子はトレードマークのようなもの。中には貴重品も入っているし、見た目もお気に入りなので易々と渡したりはしない。彼女がどうしてもと頼むので仕方なく貸しただけだ。

 返された黄色いとんがり帽子を被るジニアは疑問を持つ。


「私の帽子で何がしたかったの? あんな必死に貸してくれるよう頼み込んでさ」


「これを作るのに参考にさせてもらったんだよ」


 ネモフィラは「これこれ」と黒い鞄を見せつける。

 外見は普通の鞄だ。キャッシュケースのような形だが、中を開いても何も入っていない。旅の身支度をしてきたはずなのに彼女は鞄一つしか持っていない。

 ジニアが不思議そうな顔をしていると、鞄の中から紙幣が一枚飛び出て来た。


「うお、何これ!? まさかお金が無限に出せる鞄!?」


「そんな物がこの世にあったら経済が崩壊すんぞ。これは収納鞄。お前が持つとんがり帽子と似て異空間と繋がっている。見た目以上に道具を入れられるってわけだ。……魔道具は貴重だからお前が持っていて助かった。誰かが魔道具も魔素を大量消費するって騒いだせいで、今じゃ持っている人間なんて見かけねえ」


 魔道具は大丈夫なのかと思ったジニアにネモフィラが説明する。

 魔道具は物体に魔術の効果を宿している。消費されるのはほとんど製作者の魔素であり、作る際の一回のみ。理論的に作りすぎで魔素が消えて土地が死ぬのはありえるが、個人が一生作り続けても周囲の魔素にほぼ影響がない。


「ほへー。あれ、ネモフィラは魔術使えないんじゃないの?」


「魔導兵器の作り方に似たオレ流の作り方で再現出来た。便利そうだから欲しかったんだ、そのとんがり帽子。正確には道具が大量に入る入れ物が欲しかったんだがな」


 初対面でネモフィラがとんがり帽子に興奮していた理由がジニアも分かった。

 改変現代では貴重品であり、しかも彼女が欲しがっていた効果を持つ魔道具。

 求め続けていた物を見たら研究者として興奮せずにはいられないだろう。


「ま、これで準備万端だ。いつでも出発出来るぜ。まずは何をしに行く?」


「……何しよっか」


 時空警察の手を借りるつもりだったジニアは何も考えていない。

 あまりに考えなしなのでネモフィラは「おいおい」と呆れる。


「じゃあ秘薬の材料を集めよう。お前の言っていたクスリシ村襲撃の黒幕が本当にいるなら、そいつらも秘薬を求めている可能性が高い。もしかしたら材料集めの最中に会えるかもしれない」


「確かにその通りだ! よし、じゃあ過去に戻ろう!」


 目的を秘薬マクカゾワールの材料集めとして、ジニアは再び過去へと向かう。

 ネモフィラは初めての時空魔法陣になるので楽しそうにしていた。……実際に過去へ跳ぶ前までは。


 時空を移動する際に感じる体が浮き上がる感覚に彼女は酔ったのだ。

 盛大に嘔吐した彼女を見て、ジニアはその酔いを『時空酔い』と名付けた。



 * * *



 世界誕生年数、三百二十年。

 ジニアはネモフィラを連れてクスリシ村が襲撃された時代に戻って来た。


 理由は秘薬の材料集め。改変現代では手に入らない材料なのでわざわざ過去まで来ている。なぜ三百二十年に来たかといえば、クスリシ村襲撃の黒幕に会える可能性が高いからである。


 普通に考えれば襲撃が起きた年代に黒幕がいる。

 手掛かりといえば秘薬を欲している可能性があるのと、情報屋が告げていた若い服装の集団。それらに合致する人間を発見したら要警戒だ。


「さーて、ちゃっちゃと材料集めて秘薬作っちゃおうよ」


「簡単に集まる材料なわけねえだろ。必要なのは三つ。カタストロフそう、マッドスネークの抜け殻、聖神泉せいじんせんの水」


「聖神泉って……童話に出てくるやつ?」


「ああ知ってたか。マイナーな作品だがな、童話〈ジッツの冒険〉」


 ジッツの冒険はジニアも一度読んだことがある。

 貧しい村の少年、ジッツ・ザイスルーが金を求めて旅立つ冒険譚。

 洞窟の最奥に眠る財宝。魔術師の村で生み出された秘宝。貴重で美味な巨鳥の卵。そういった金になる物を集めて村を豊かにするストーリーだ。その中で主人公ジッツが訪れたのが聖神泉と呼ばれる場所。一口飲めば一歳若返るという不思議な泉だ。


「超有名作品だもん、知ってる知ってる。子供なら誰もが読むし」


「そういうところも旧現代と改変現代の違いかね。どうでもいい違いだけど」


 旧現代と改変現代の差異はこういった小さな物まで存在する。

 世界の危機や人類絶滅に繋がらないなら気にしなくてもいいだろう。


「話を戻すが、材料の中で最初に集めるならカタストロフ草だな。改変現代じゃ絶滅してるがこの時代、三百二十年ならまだ売られているはずだ。金さえあれば手に入る。ジニア、金はいくら持っている?」


「ゼロ」


「冗談はよせ。本当のことを話せ」


「本当にゼロ」


 現代と過去では通貨の単位が違う。

 現代はホリ。三百二十年はまだドリ。


 残念だがジニアが持つのはホリでありドリではない。

 過去、無銭飲食のせいで働かされたこともあるが、あれは代金分しか働いていないので収入はゼロ。つまりジニアは今までゼロドリ生活をしていたわけだ。

 真実を知ったネモフィラは顔を逸らして頭を抱える。


「……マジかよ。通貨が違うなら当然っちゃ当然だが」


「名案を思い付いた。働いて金を稼ぐってのはどう?」


「そりゃ普通の案だし面倒だ。……よし、とりあえず町へ向かうぞ。クサウリって町ならカタストロフ草も売られているはずだ。地図を出せ」


「持ってないよ」


「……仕方ない。現代の地図を頼りにして進むか」


 時代が経ち地形や町の名前も変わっている箇所はあるが、何も見ないよりはマシだ。時間経過による地形変化が少なければ早めに着くだろう。

 一先ずクサウリを目指して二人は歩き出す。

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