自称天才、世界の未来を知る


 一応状況を理解したなと感じた女性は「さて」と呟く。


「理解したなら話は簡単だ。お前の存在が消えるような歴史改変が過去で起きた。何か心当たりはねえのか? お前の親が死ぬような事態のきっかけとかさ」


「心当たりって言われてもなあ……」


 ジニアが過去でやったことといえばヒートとマーチを恋仲にした程度。

 クスリシ村が襲われた事件や、ヒガがそれを知るのはジニアが関与しなくても起きる。


「はっ、マーチさんとヒートを結婚させたこと!」


「……可能性はあるがおそらく違う。お前の親となる人間が死んだんじゃねえかとオレは思っている。原因はおそらく、魔族化現象を引き起こす魔族の出現だろうぜ。お前の常識とオレの常識を比べて一番違うのがそこだしな」


「魔族化現象? それって……」


「魔族に殺された人間が魔族になっちまう現象のことさ」


 ジニアには魔族化現象に心当たりがある。

 名前に聞き覚えはなくとも過去で話を聞いた。

 クスリシ村の人間も魔族になってしまったのだ。

 情報屋も昔から存在すると言っていたし間違いない。


「この世界、お前からしたら変わった現代だから改変現代とでも言おうか。改変現代では魔族化現象を誰もが知っている。そもそも、この改変現代じゃ魔族化現象を引き起こす魔族しかいない。敵が増えていくせいで人類は追い詰められ、滅びの道を辿っている。お前の世界はこの世界に比べりゃ随分平和だったんだぜ」


 恐ろしい話を聞かされたジニアは戦慄する。

 現代では魔族化現象など一般人は知らず、おそらく秘密裏に処理出来る程度の数しかそれを行える魔族はいなかった。しかし改変現代ではそれを行える魔族しかいない。

 人間が一人殺されれば敵が一体増える地獄こそ改変現代だ。

 人類滅亡一直線なのも納得出来る。


「……そうだね。死んだ土地も増えていたし、人類の危機ってのは分かるよ」


「あれに関しちゃ人類の自業自得。……あー、話が長くなりそうだな。付いて来い、オレの部屋に案内してやる。話の続きはそこでしよう」


 歩き出した女性にジニアは付いて行く。

 途中で「そういえば名前は?」と訊けば「ネモフィラ」と女性は答える。

 豊満な胸さえなければ言動のせいで男と間違えそうだが、かなり可愛らしい名前をジニアは意外に思う。名前を教えてくれた代わりにジニアも自己紹介しておいた。


 ネモフィラが研究所と言う建物をしばらく歩き、小さな部屋に辿り着く。

 生活に必要最低限な家具しかない殺風景な部屋である。

 部屋内にはキッチンとベッドとテーブルしかない。

 他の物を置かないというよりは、部屋が狭すぎて置けないの方が正しいだろう。


「せまっ」

「文句言うな。寝たり食ったりするだけだから狭くてもいいんだよ」


 二人はベッドに座って話の続きをする。


「ジニア、お前はどうして土地が死ぬのか知っているか?」


「知らない。研究者の人が調べても分からなかったらしいし」


 大地はひび割れ、空気は乾き、風は吹かない。長く滞在する生命体は死ぬ。

 土地の死は大昔から存在して現在までに広がり続けている。

 数千年後には人類の住める土地がなくなり絶滅するというのが研究者の意見。

 教科書に載っていたのでジニアは憶えている。


「原因は単純、魔素まその枯渇だ。魔素は世界全ての源となるエネルギー。それが枯渇したら時間は掛かるが自然が消滅しちまう。土地の死の正体はそういうわけだ。……改変現代、つまりこの世界は後百年もせずに全ての土地が死ぬ。人間のせいでな」


「百年!? 五千年以上は大丈夫って偉い人が言っていたのに……!」


「魔族に対抗するため人間は新たな武器を開発した。魔術を参考に作った魔導兵器だ。優秀な魔術師五十人が発動した魔術と同等以上の威力を発揮する。魔術を扱えない者でも使えるから一般人も戦えるようになった。欠点としては……魔素を多く消費するところだな」


 ネモフィラはさらに詳しく語る。

 魔素は魔術を使っても消費するが微々たるもの。

 生命体の中にも魔素があり、魔術で消費するのは半分が自前のものだからだ。しかし魔導兵器自体には魔素が存在しないため消費するのは全て自然の魔素。さらに消費量は魔術の千倍以上である。


 魔族に対抗するため魔術より高威力の魔導兵器を人々が使い始めた結果、世界から急速に魔素が失われていく。兵器の使いすぎで魔素が枯渇すれば土地が死んでいく。


 そんな事態になるとは知らず人類は短期間で魔術での戦闘法を捨てた。

 魔術学校及び関連施設は魔導兵器を量産するための研究施設となった。


 土地の死を防ぐなら魔導兵器はもちろん、魔術も使用を禁じなければならない。

 世界の破滅を選んだのは便利な力に頼りすぎた人類なのである。


「……人間が悪いって言うけど、仕方なかったんじゃないの? 数を増した魔族と戦えているのは魔導兵器があるからでしょ? 魔術師だけじゃ戦えなかったんだもんね」


「確かに戦力が魔術師だけじゃ人類は押されていっただろうが、今の戦い方じゃ人類は早々自滅するだけだ。魔術で戦い続けていたら人類はもっと長く生きられた。……それを理解したら、後悔するだろ。オレのせいで人類の破滅が早まっちまうんだから」


 悔しそうな顔になったネモフィラは歯ぎしりする。


「オレのせいって……まさか」


「ああそうだよ。オレだ、オレが魔導兵器を作った張本人なんだよ!」


「……想像と違った」


 ジニアはネモフィラが魔導兵器なのかと思っていた。

 いくら魔導兵器を知らないからといってもジニア以外その発想に至らないだろう。


「十五歳頃に作り上げ、二十歳頃で恐ろしさに気付いた。世間に兵器の危険性を発表したら一部の人間は掌を返してオレを批難してな。殺しに来るのも珍しくない。さっきは悪かった、お前もオレを殺しに来たのかと思ってな」


 頭は下げないが謝罪してくれたのでジニアは「いいよ」と許す。

 危害といえば蹴られただけであり大きな傷もないし、ネモフィラなりの事情もあるからだ。何の事情もなく襲われたらさすがに許さない。


「兵器の恐ろしさに気付いてから、オレはずっと魔素を復活させる薬剤開発に取り組んでいる。成果はねえが諦めねえつもりだ。いつか必ず世界の未来を救ってみせる」


「なるほど……アレとか役に立たないかなあ」


 話を聞いてジニアが思い出すのはクスリシ村で見つけた秘蔵資料。

 人間が飲めば老いを打ち消し、大地に垂らせば緑を生やす。

 命を生む秘薬マクカゾワール。


 ネモフィラが「アレって?」と不思議そうにしているのでジニアは話す。

 口頭の説明もしたが一応資料も渡した。クスリシ村の倉庫から盗んだり貰ったりしたわけではなく、秘薬の効果や材料をメモに写させてもらったのだ。当然許可は得ている。


 資料に目を通すネモフィラの目は徐々に見開かれ、夢中で読んでいるのが分かる。


「お前これ、マジか!? お前の妄想じゃなくて!?」


「妄想じゃないよ! 秘薬の調合方法はクスリシ村の倉庫にちゃんとあった……あ、村の人以外に話しちゃダメなんだった。しまったあ! 高度な罠に掛かっちゃったあ!」


「お前が勝手に話したんだろうが。だがお前の口が軽いおかげで助かった。眉唾物だが希望だぜこれは。薬剤開発成功の兆しが見えない現状、これに頼るしかねえ。正に天からのプレゼントだ。ジニア、お前のおかげで世界が助かるかもしれないぜ」


 約束を破ってしまったジニアは頭を抱えるが、ネモフィラの言葉で「ならいいか」と開き直った。彼女が『お前のおかげ』と言ったから気分が良くなったのだ。


「ジニア、頼む。秘薬作りに協力してくれ。資料に目を通したが今の世界じゃ手に入らない材料だ。私は魔力を扱えないから時空魔方陣で過去に行けない。私を過去に連れて行ってくれ、お前だけが頼りなんだ」


「おっけー。私だけが頼りなら仕方ない、協力してあげるよ。ただしギブアンドテイク。私の存在を取り戻すためにネモフィラも協力してよね」


「もちろん協力してやるさ。希望を見せてくれた恩人だからな」


 ギブアンドテイクな協力関係となった二人は固く握手する。

 話がいい感じに纏まった時、ジニアの腹から怪獣の唸り声のような音が出た。


「……腹減ってたんだな」


「ち、違う。天才はお腹空かないし」


 ジニアは天才という言葉を万能だと思っている節がある。

 腹も空かないしトイレも行かないし死なないなど、天才云々の前に人間ですらない。


「しょうがねえ。協力者様に何か作ってやるか」


 そう言ってネモフィラが狭いキッチンで料理を始めた。

 慣れた動きで完成させたのは海鮮丼と魚の揚げ物。

 魔導兵器を若くして開発し、料理も上手い彼女は紛れもなく天才と呼ぶに相応しい。ジニアはそれを認め、世界で三番目くらいの天才だと彼女を評価した。

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