自称天才、脂肪を欲しがる


 幸いなことにクサウリまでは一週間程で辿り着いた。

 当然、楽な道のりではない。魔族との戦闘、改変現代では存在しない川や山、旅慣れしていないネモフィラなど問題は多々あったが解決している。

 

 想定外の川や山は飛行魔術で飛び越えて解決。

 ネモフィラの旅慣れについては数日経てば慣れていた。

 魔族相手にはジニアが魔術で、ネモフィラが収納鞄で攻撃して戦いを乗り越えた。

 そういうわけで苦難の道を乗り越えてクサウリに辿り着いたのである。


「ほほーう、ここがクサウリか」


 魔族襲撃に備える外壁に囲われた町……というよりは市場。

 民家は外壁寄りの場所に並んでいた。入口から真っ直ぐ進むと左右に店が並び、様々な店に寄りながら進むことが出来る。直線的に進めば出口に繋がっている。

 買い物をしに来た余所者には理想的な店の配置だ。


「よしジニア、少し待ってろ。どこにも行くなよ」


「どこ行くの?」


「金稼ぎ」


 ネモフィラは笑みを浮かべて店の方へと歩いて行った。

 数分もすると戻って来たのでジニアが成果を尋ねると、ネモフィラは笑いながら紙幣の束を五指で挟んで見せびらかす。彼女は旅の荷物の中から綺麗な石や装飾品を売り払い、大量の紙幣を入手したのである。


「おー大量じゃん」


「旅は長くなりそうだからな、金は必要だ。宝石とか装飾品とか金になりそうな物はまだ入っている。また金銭的ピンチになったら売りゃいいさ」


「助かるよ。そんじゃ、カタストロフ草を買いに行こう」


 ネモフィラによれば、カタストロフ草は草専門店に置いてある。

 薬草だけに留まらず貴重な草も扱う店だ。改変現代でも存在しているがカタストロフ草は絶滅したため売られていない。最初にクサウリを目指したのは、過去にその店で売られていたと知っていたからだ。


「お、あったあった草専門店」

「おじさーん。カタストロフ草を一枚くださーい」


 様々な草が並べられている店に寄り、店主の男に話し掛ける。

 男は髪が薄い後頭部を掻きながらバツが悪そうな顔をする。


「あー、カタストロフ草か。……悪いんだがさっき来た客に全部売っちまったんだ。売り切れだよ」


「うええええ!? ここまで来たのに……」


「なら他に売っている店を知らないか? オレ達どうしてもカタストロフ草が欲しいんだよ」


「んー、残念だけど取り扱っているのは俺の店くらいなもんだ。国外なら売っている店があるかもしれないが


「げっ国外かよ。面倒だが仕方ねえ、行くぞジニア」


 クサウリまで来るのに一週間も掛けたというのに、国外となると気が遠くなる程に時間が掛かるだろう。正確な地図さえない状態で国外へ向かうのは無謀と言える。

 派手に迷って金も食料も底を尽き、餓死する可能性が高い。それでも他にカタストロフ草を手に入れられる場所がないのなら、どんなに危険で遠い場所でも行くしかない。


「あ、待ちなよ青髪の姉ちゃん。どうしても欲しいならまず原産地に行くといい。カイメツっていう村の民がいつも卸してくれているから、彼等に在庫があるか訊いてみなよ」


「なるほど原産地か。地図に印を付けてくれ」


 ネモフィラが地図を見せると、草専門店の店主は正確な地図ではないと指摘して最新の地図を売ってくれた。さすがに商売人なのでタダというわけにはいかなかった。

 手に入った過去の地図に、店主がカイメツ村部分に丸印を付ける。

 ジニア達は礼を言って新たなる目的地、カイメツ村へと向かう。



 * * * 



 タッカイ山。標高千メートル地点。

 ジニアとネモフィラは現在、登山に勤しんでいた。

 激しく息を切らすネモフィラは恨めしい視線をジニアに向ける。


「はあっ、はあっ、おい、ズルいぞ……」


「へっへーん。飛べない人間はただの人間。天才は無駄な体力を使わないのだ」


 登山家には怒られるだろうがジニアは飛行魔術で飛んでいる。

 行こうと思えば一気に山頂まで行けるが、体力のない同行者に速度を合わせていた。


 なぜ二人が登山しているかというと、カイメツ村がタッカイ山の中腹に存在するからだ。タッカイ山は標高四千メートルの高い山なので、二人はあと千メートル登らなければならない。


「……オレも……運べ」


「嫌だ。疲れるもん」


「そうか分かった。運ばないならお前今日自分で飯作れ」


「運ばせていただきまーす」


 一度だけ、ジニアは自分で料理したことがある。

 普段の生活での食事は外食か市販の弁当。ヒガと旅をしていた時は料理を全て彼がやってくれた。ネモフィラと旅をして初めてジニア自身が料理に手を出したのだが、お世辞にも美味しいとは言えない失敗作が出来上がった。本人は普通に作ったつもりであり、隠し味に蛙の目玉や蜥蜴の尻尾などを入れたのが原因とは気付いていない。


 ジニアと違いネモフィラは料理上手で何を作っても美味しい。

 彼女曰く料理は実験と同じだからという理由らしい。素材の組み合わせで変化する味を知り、適切な調味料の選択と量を知れば、美味しい料理は誰でも作れるというのが彼女の持論である。ジニアだって無駄な隠し味を投入しなければ美味しい料理を作れる。


 ネモフィラの料理を食べたいジニアは彼女を背負って運ぶ。

 人間一人背負って飛ぶのは本来厳しいが、飛ぶ出力は込める魔力次第なのでジニアにとっては大した苦にならない。無駄に魔力量が多いのが数少ない長所である。


 運んでいる最中、ジニアは背中に当たる柔らかいものに対して不快な感情を抱く。

 自分のより遥かに大きくて柔らかい、プリンのようにプルプルしているもの。


「ネモフィラはさあ、胸に脂肪が付きまくってるから重いんだよ。何食べたらこんなに大きくなっちゃうわけ? 天才である私は全然成長しないのにそっちの方がズルいじゃん」


「余計な脂肪だ、付けたくて付けてるんじゃねえよ」


「え、じゃあ頂戴」


「おおやるやる……いや、やれるわけねえだろ」


 雑談をしているうちにタッカイ山中腹、標高二千メートル地点に辿り着く。

 空気は薄く、気温も低い。薄着のジニアと白衣のネモフィラは寒さで震える。


 カイメツ村は休憩所のように中腹に存在していた。平地は広くないので村は小さく、民家などの建物は十件程度しかない。村人も活気も少ない寂しい村だ。

 一先ず最初に宿屋を探す二人だがどこを探しても宿屋の看板が見当たらない。


「到着したのはいいが宿がねえんじゃな。こんな寒い場所で野宿なんざ正気の沙汰じゃねえしどうしたもんか」


「私に考えがある。野宿するのはどうかな」


「今それに否定的な意見を言ったばっかりだ。……とはいえ、泊まる場所がないなら本当に野宿になっちまう。もし野宿なんかしたら凍死しちまいそうなんだがなあ」


 温度が一桁でも凍死する可能性があるというのに、カイメツ村の温度はマイナス五度以下。慣れたとはいえこんな寒い土地で野宿したら凍死する可能性が高い。

 宿屋がないまさかの事態に困り果てた二人は震えながら考える。


「――あのお、そこのお二人さーん」


 考え込んでいた二人に黒い癖毛で糸目の女性が話し掛けてきた。

 もこもことした厚手のコートや手袋など温かそうな服装をしている。


「ん? 何か用か?」

「……髪が羊の毛みたい」


「もしかしてお泊まりの場所を探しているんじゃないですかあ?」


 状況をピタリと当てられた二人は頷く。


「やっぱり。では私の家に泊まっていってくださーい。カイメツ村に宿屋はありませんけど、村人が家を貸すようにしているんですよお。民宿ってやつですねえ。代わりに食料やお金をいただきますが」


 思わず「いいの!?」と叫ぶジニアに対して「いいんですよー」と女性はのんびり答える。


「ありがたい。泊めてくれると助かる」


「いえいえ、人助けは大事ですからねえ。村の方針なんですよお」


 ありがたい申し出を受け入れて二人は女性の家に向かう。

 村の東側に位置する家に入った二人は暖炉を見つけ、颯爽と暖炉の前を陣取る。ゆらゆら動く炎に手を近付けて「あったまるー」と満足そうに呟く。


 薄着では寒いだろうと気遣われ、黒い癖毛の女性から二人は着替えも貰った。貸して貰うのではなく本当に貰った。もこもこした温かそうな服に着替えた二人は改めて礼を言う。


「申し遅れましたあ、私の名前はトーメルと言います。お二人は何をしにこんな高い山を登ってきたのですかあ?」


 礼儀として二人は自己紹介してから話す。


「カタストロフ草が欲しくて来たんです。トーメルさんは持ってないですか?」


「それはわざわざご苦労様ですう。カタストロフ草は山の頂上に生えています。まだあるといいですけどお、危ないと思いますよお」


 また登山しなければならないと知ったネモフィラと、また彼女を背負わなければいけないと理解したジニアが「げっ」と顔を歪めた。カイメツ村が中腹ということは山頂までも同じ距離だが、同じ苦しみを味わうと分かれば登る気が失せる。


「細い道も多いですし、最近は変な魔族が居座ってしまいましたしねえ」


「変な魔族?」


「ええ、喋るんですよお。気味が悪いですよねえ」


「それって……」


 ジニアとネモフィラは顔を見合わせる。

 トーメルが語った変な魔族に心当たりがあった。

 まだ過去では知れ渡っていない知能持ち、魔族化現象を引き起こす魔族だ。


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