自称天才、正しく現状把握する


 ハッハスは母の名前。目前の女性はハッハスだと肯定している。

 ジニアは娘の名前だが目前の女性は独り身だと言う。

 これらの事実を纏めるとハッハスにとってはジニアが他人であり、ジニアにとってはハッハスが母親であるということ。

 考えたら余計に頭が混乱した。


「どうしたの君。頭でも打っておかしくなっちゃったの?」


「……い、いえ、な、何でもないです。すみません。勘違いでした」


 混乱したままジニアはハッハスから離れる。

 村を歩きながら「どゆこと?」と首を傾げる。


「うーん、ママに嫌われた自覚はないんだけど、存在を抹消されるほど嫌われていた? しょうがない、どうしてこうなったのか考えるのは後回しにしよう。今は時空警察に協力を要請しないと」


 明らかにおかしい現実を考えるのは後に回す。

 不老の薬を求めてクスリシ村を滅ぼした何者かへの対処が先だ。

 時空警察に色々調べてもらっている間、ゆっくり母親と話せばいい。

 色々状況を整理する時間を得るためにも時空警察の協力は絶対必要だ。


 政府直属の組織、時空警察に一般人は易々と接触出来ない。

 話が出来るのはそれなりの立場を持つ人間のみ。

 ジニアが知る中では魔術学校の校長しかいない。


 時空警察の協力を得るには魔術学校校長に相談するのが最善手と思い、ジニアは魔術学校へと向かう。学校には〈飛行フ・イラ・フライ〉で飛べばすぐ到着するし、八年も通っていた場所なので行き慣れている。

 一時間もかからずにジニアは魔術学校上空へ辿り着いた。


「お、あったあった。懐かしいな魔術学校も」


 巨大な円盤のような形をしているがれっきとした学校だ。

 敷地には広い町がある。町の中に学校があるのではなく、学校の敷地に町がある。八年もの間、ジニアはそこで寮生活を送っていた。様々な店が存在しているので生活には一切困らない。


 町から少し離れた場所にある巨大円盤状の学校前にジニアは降り立つ。

 学校入口へ歩こうとした瞬間、背中に棒のようなものが当たる。


「――動くな」


 底冷えするようで、女性らしさのある低い声で命令される。

 ジニアは振り返りたい気持ちを抑え、緊張から唾を飲み込む。


「魔術を使えるなら子供とて容赦しない。答えろ、何の目的でここに来た」


(まずい、天才的な私の頭脳だから分かる。今、私は、絶体絶命のピンチ!)


 バカでも分かることを心の中で叫び、冷静に思考を回す。

 背中に当てられているのは武器、しかもお手軽に人間を殺せるような威力を持つ物。そうでなければ脅威にならないので犯人の思い通りにジニアを動かせない。


 犯人の目的によっては返答次第で殺される。

 嘘を吐いて後でバレても面倒なのでジニアは素直に答えた。


「魔術学校の校長を通して時空警察に依頼しに来たの。ほ、本当よ」


「……そんな分かりやすい嘘を吐かれたのは初めてだな。アホらしい」


「嘘じゃな――」


 真実を話したのにジニアは尻を蹴られて地を転がる。

 蹴りよりも転がったダメージで「いだっ!?」と悲鳴を零す。


「お前みたいなガキが一人で乗り込んでくるわけねえ。誰に言われてここへ来た? 素直に答えればお前だけは見逃してやる。さっさと言え」


「はあ? いるのよねーこういう話が通じないバカってさ。私を見た目で侮って痛い思いをした人は過去に何人もいるんだよ。戦う気なら戦ってあげようか。天才の実力を見せてあげる」


 ジニアは黄色いとんがり帽子から杖を取り出して構える。

 それを見た女性は目を見開き冷静さを失う。


「何? お、おい、まさかその帽子……よく見せろ!」


 興奮した様子で距離を詰めてきた女性にジニアは「うわっ!?」と驚き、咄嗟に杖を横に振るう。


「ごはっ!?」

「あ」


 振るった杖が偶然にも女性の顎に直撃して、脳が揺れた彼女は地面に倒れた。

 完全に偶然であったためジニアは呆然としていたが、数秒経ち状況を呑み込む。


「け、計算通り。見たか天才の力」


 本当に偶然だが脅してきた女性を気絶させて無力化出来た。

 気絶しているうちに拘束しておきたいが、残念なことに縄や手錠がないため出来ない。やむを得ずジニアは女性を放置して、まずは魔術学校の中へと入ることにした。


 魔術学校入口の扉を開けたジニアは――愕然とする。

 ジニアが通っていた時、校内は入口に靴を入れるロッカーがあり、廊下には美しい絵画が飾られていた。しかし現在、ロッカーも絵画もなく代わりに観葉植物が置かれている。


「……え、なんで……魔術学校じゃない? 見た目は同じなのに」


「当たり前だろう。オレの研究所なんだから」


 背後から聞き覚えのある声が聞こえたのでジニアは振り向き「うひゃっ」と悲鳴を上げた。

 傍に立っていたのは先程気絶した青い短髪の女性。

 人相が悪く、人でも殺したのではと思わせる気迫を持つ。

 手には先程も所持していた樫の杖を持っている。


「復活はやっ!」


「安心しろ。もう戦う気はない」


 そう言われても歴戦の戦士かと思わせる雰囲気のせいで安心出来ない。

 ジニアは警戒を崩さず、一先ずは相手の出方を窺う。


「お前のさっきの言葉は嘘かと思ったが、誰も見ていない場所で驚く演技はしねえだろ。お前は本気でこの場所を魔術学校だと思い訪れた。ついでに言えば、お前は過去の人間だ。違うか?」


「え、普通に現代人だけど。得意気に何言ってんの? バカなの?」


「は? 現代人、だと? それは本当か?」


 予想外な解答で女性は目を丸くする。


「嘘吐くわけないでしょ。天才は嘘なんて吐かないからね」


「……どうやら互いに知識の差異があるらしい。お前の常識を教えろ」


 女性に敵意がないと理解したジニアは言われた通り常識を教える。

 朝に起床、夜に就寝。起きたら顔を洗い、朝食を食べて……とそこまで話した時点で女性が呆れながら「歴史についてだ」と言う。当たり前すぎることは訊かれていないと察したジニアは魔術や魔族について話す。


「考えを整理した。お前は、時空漂流者だ。間違いない」


 ピンと来ていない様子のジニアに女性が説明した。

 時空魔方陣を使って過去に行った時、実はもう同じ現代に帰れない。


 時空旅行者が過去へ跳ぶと時空が歪み、世界が分岐して、現代Aとは別の現代Bが生まれる。この時点で旅行者は現代Aの世界から隔離され、現代Bにしか行けなくなる。


 生まれた時なら現代AとBに差はない。

 しかし過去で誰かと話をしたり、料理を食べたりしただけで何かの差が出る。

 そこで問題となるのが、実は時空旅行中は旅行者が世界の流れから隔離されていること。過去を変えれば当然未来は変わるが旅行者には全く影響がない。つまり、世界から自分の存在が消えても命は消えず、自分の存在が消えた現代Bに帰れてしまう。


 こうして生まれるのが時空漂流者。

 かつての世界では存在していても今は存在が消えた人間。


 真剣に語っているが、時空漂流者という言葉は一般的なものではない。そもそも人々からは存在すら怪しまれている。

 なぜなら、自分が時空漂流者と証明する手段がないからだ。

 多くの人々はその存在を記憶障害として片付けるが、語る女性は存在を確信している。


「……ふーむ、つまり、どゆこと?」


「もうお前のことを知る人間は誰もいない。過去が変わり、お前が生まれる歴史が消えちまったんだよ。この世界じゃお前は存在しない人間ってことさ」


「まったまたご冗談を~、私生きてるじゃん」


「話聞いてたか? 歴史が変わる前のお前は死なねえんだよ。分かりやすく言うならお前はこの世界の人間じゃない。異世界人だ」


「……理解出来た…………かも?」


 教科書に載っていないことに関してはジニアの理解度が低い。

 自分が存在しない世界だといきなり言われても『そうなんだ』と納得は出来ない。だが、ジニアには現代に帰ってから母親に忘れられる不可解な事実に直面した。その事実を踏まえればギリギリ納得出来る。


 とりあえずジニアはこの世界が別世界だということで思考を終わらせた。

 難しいことはそのうち理解しよう、と呑気に考えている。


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