自称天才、現代へと帰る
「……秘薬。不老になれる薬!? 何これ!?」
「あなたが見たがっていた資料ですよ。決して外部に情報を漏らしてはいけない、クスリシ村に昔から伝わる禁忌の秘薬です」
資料に書いてある秘薬の名前はマクカゾワール。
この世界に満ちた魔素と呼ばれるエネルギーを利用し、特殊な材料を三つ鍋で煮込めば出来上がり。煮込んで溶かして液体となったそれこそがスペシャル魔素を生む。スペシャル魔素を摂取すれば生物は不老となり、大地に垂らせば緑が茂る。正に命を生む薬。
ジニアは「これだ」と呟く。
村が狙われる理由に相応しすぎるとんでもない資料だ。
仮に村を魔族に襲撃させた黒幕がいるとして、その目的が秘薬マクカゾワールだとすれば、黒幕の人間は高確率で不老になることが目的。薬目当てに村を滅ぼす人間が不老になってしまったら何をしでかすか分からない。碌でもない事態になることだけは確かである。
「満足しましたか?」
「……うん、資料見せてくれてありがとう。おかげで疑問が解消されたよ」
「その割には暗い表情ですね」
「まあ、ちょっと、想像以上の物があったからさ」
村の襲撃を隠して事情を説明するのは難しいためジニアは誤魔化す。
見たい物は見たし、過去のクスリシ村でやれることは終わった。
村から出る旨をマーチとヒートに伝え、入口まで同行してもらった。
「行っちゃうのかいジニア。この村に住めばいつでも会えるのに」
「止しなよヒートさん。僕も同じ気持ちだけど、彼女にはやらなきゃならないことがあるみたいだ。顔を見れば分かる。残念だけど一旦お別れだよ。……でもジニアさん、病気のこともあるのでたまには顔を出してくださいね」
ジニアは覚悟を決めた表情になっている。
これから百年後とはいえ、目前の二人も村も滅ぼされるのが確定してしまっている。それを考えると心は暗くなり、自然な笑みは浮かべられない。それでも彼女は暗い心を押し殺して無理に笑みを浮かべた。
「うん、たまに会いに来るよ。二人とも元気でね。……魔族には気を付けてね」
忠告しても無駄だとは薄々分かっている。
襲撃は百年後。二人は老人になり、逃げる体力もなくなっている。
ただそれでも万が一、億が一の可能性を信じたくて助言を零してしまった。
ジニアはクスリシ村から去り、時空魔法陣のある建物へと向かう。
今回の一件を調べて思ったがジニア一人では荷が重い。無論天才であることに誇りを持ち自分なら何でも出来ると思い込んでいるが、今回の一件は魔族やら秘薬やらで非常に厄介。色々と疑問もあるので一人で動き続けるのは効率が悪いと考えたのだ。誰かを頼る決断は正しいので今だけは天才に恥じない思考だった。
助けを求める相手は決まっている。
時空犯罪を取り締まる組織、時空警察。
時空魔法陣を悪用する輩を捕縛、または抹殺するエリート魔術師集団だ。
彼等の力を借りられれば全ての真実を知ることが出来る。
そう思ってジニアは時空魔法陣の青文字部分に魔力を流し、未来へ跳ぶ。
「…………ふぇ?」
現代の時間軸へ到達したジニアは間の抜けた声を出す。
理解が及ばなかった。自称天才の頭脳を持ってしても思考停止は免れない。
――辿り着いた現代には見渡す限りの荒野が広がっていた。
* * *
ジニアが住んでいた現代世界は全体の三割が緑溢れる土地であった。
残りは砂漠地帯や海、そして緑も水も枯れている死んだ土地。
それが今はどうだろうか。過去から帰ってきたジニアが目にしたのは一面に広がる荒れ果てた大地。緑など欠片程も存在しない死んだ土地。時空魔方陣がある〈時越えの塔〉近辺だけかもしれないが、明らかに旅立った時から景色が変化している。
「……何、これ。どうなってんの?」
理解が及ばない。まるで大災害でも起きたかのような景色。
ジニアは水分もなくひび割れた大地を歩くが周囲に人間どころか生物もいない。
「現代で何が起きたの? まさかヒートとマーチさんを恋人にしたせいで世界が滅びた? い、いやさすがにそれはないでしょ。あの二人は普通の人間だし、世界に影響を与えるような人物じゃないはず」
時空旅行中、教科書に載っている偉人などへの接触は禁止されている。
現代までの文明発展に関わった人物の時間を僅かでも奪えば、歴史が大きく変わってしまう恐れがあるのだ。ジニアもそれくらい理解しているので偉人に接触しないよう気を付けた。今まで過去で出会った人間に当然偉人はいない。
「あ、ママ……ママは大丈夫かな? 帰ろう。帰らなくちゃ」
家族が心配になったジニアは目的地を故郷に決めた。
飛行魔術で空を飛び、故郷であるコーキョウ村に向かう。
空を飛ぶ間も近辺を見渡すのは止めないが、どこも〈時越えの塔〉周辺と同じ死んだ土地。しかし、世界がここまで変化する前から死んだ土地自体は存在していた。
水も緑も枯れ、生物は住めなくなる土地の死は原因不明。
何人もの研究者が原因を解明しようとしたが誰も真相に辿り着けていない。
「あ、緑、建物、村がある! 良かったあ!」
暫く飛行しているとジニアの視界に一つの村が入ってくる。
遭難した砂漠でオアシスを見つけたかのように喜び、村に降り立つ。
土地の死は村周辺で途切れていたが死は伝染する。
もう周辺まで死が迫っているということはこの村の寿命も残り僅かだ。
あと数ヶ月もすれば死が土地を浸食して村を呑み込む。
植物も建造物も、何もかもが腐敗して消え去ってしまう。
「あの、すみませーん! 誰かいませんかあ!」
名も知らぬ村でジニアは人間を捜す。
外には誰もいないので叫ぶが誰一人現れず、静寂が村を支配している。
夜中でもないのに誰も外にいない時点でおかしいと思うべきだった。
「……考えられるのは二つ。土地の死が近いから避難したのか、それともサプライズパーティーの準備中か。……サプライズパーティーなら邪魔しちゃ悪いな」
なぜかサプライズパーティーと決めつけたジニアは再び飛行魔術で空を飛ぶ。
村を発見出来たのは幸運だった。飛行魔術の〈
名も知らぬ村から飛び立って数時間。
そろそろ休みたいと思い始めた頃、ジニアの視界にまた村が映る。
草原の中に存在する村は記憶にある故郷と重なる。
村を囲う分厚い木製の柵に見覚えはないが、その他の民家や牧場は故郷と瓜二つ。
懐かしい気持ちを抱くジニアは笑みを浮かべてその村、コーキョウ村に降り立つ。
「帰って来た。なつかしー」
記憶にある風景と殆ど変わらない故郷をジニアは歩く。
目指すは自宅。十二歳まで過ごした実家。
昔と変わらず北東に建っている実家を発見したジニアは、家から一人の女性が出て来るのを見て笑みが深まる。
記憶よりも老けたが面影のある懐かしき母の姿だ。
無事だった母に安堵してジニアは彼女に駆け寄った。
「ママー、たっだいまあ!」
自分と同じ
「――えっと、どこの子かしら? 何か勘違いしていない?」
次に驚くのはジニアの番だった。
久し振りに再会したとはいえ、まさか一瞬で答えを出せないとは思わなかった。
家を出てから八年経つがジニアは母の顔を忘れたことなどない。
母も娘の顔を忘れず、ずっと帰省を待ってくれていると思えばこれである。
「やだなあー、まさか忘れたわけじゃないでしょ。天才な娘だもん」
娘だと告げたのに母の態度は変わらず他人を見る目。
……しかもどこかバカを見るような目なのでジニアはショックを受ける。
実家暮らしの時はそんな目を向けられたことは一度もなかった。
実は人違いでしたというパターンが頭をよぎり、一応確認を取ってみる。
「あのー、ハッハスさんですよね?」
「ええそうよ。私を知っているの?」
「娘さんの名前はジニアですよね?」
「……娘? 私には子供なんていないわ。結婚もしていないし」
「……ふぇえあ?」
ジニアは混乱した。
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