自称天才、港町へ行く
「そうだ、そもそも魔族避けの火はどうしたのよ。松明とかランプとか、魔族を追い払うために村で用意されているはずでしょ」
魔族は火を怖がる習性があるため村や町には必ず存在する道具、魔族避け。木の棒に火を付ける単純な方法でも効果があるので、人が住む土地には常備されているはずだ。それがあれば村人も被害少なく、ジニア達が来るまで持ち堪えられただろう。
「……うちの村にも火を付ける道具があったはずだよ。みんな、使わなかったのか?」
「いや、俺は見たぞ。村周辺には村を囲うようにランプが設置されていた。魔族避けはしっかりやっていたし、普通魔族は村に来られないはずだぞ。……誰かが壊さない限りはな」
イアの発言でジニアが閃いた。
「分かった! 魔族避けとなる物を誰かが壊したのね!」
閃いたというか、イアの推測を真実として話しただけだ。
具体的なことは何一つ分かっていないし、推測を確信に変える根拠もない。
「誰が? いつ? なぜ?」
「それは分かんない」
「何も分かってねえじゃねえか。ただ、俺は分かったかもしれねえ」
ジニアとヒガの視線がイアに向けられる。
「俺の他に、村で五人くらい余所者っぽい男女がいた。男は半袖短パン、女はタンクトップにミニスカートって若々しい服装だったぞ。いやー、肌の露出が多くて綺麗だったなあ。顔は見えなかったが超美人に違いねえ」
「何の話をしているんですか」
重要な情報かと思いきや話がどんどん逸れていく。
男女の服装はともかく、露出の多さや綺麗なんて証言はどうでもいい。
「……つまり、その余所者が怪しいってことですよね」
「おおそうだ。姿が見えねえから死んだのかもしれねえが、まだ生きているなら話を聞いた方がいいよな。確かあいつら、北西に行くとか言っていたぜ」
「北西ってだけじゃ場所の特定は難しいですね。生死も居場所も不明じゃ捜せないと思います」
村を襲っていた魔族の数から考えると生存者は少ない。イアが生きていただけでも奇跡的であり、他の生存者がいるとは考えづらい惨状だ。希望を持って捜そうにも方角だけでは捜索の難易度が絶望的。わざわざ捜して得る情報が労力に見合う物とも思えない。
「私その人達の居場所、分かったよ」
「え、どこ!?」
「北西」
「……やっぱり、捜すのは不可能じゃないかな」
ヒガは捜索しない方向で話を進めていく。
「生存者よりも、新種の魔族についての情報を探した方がいいと思う。本当に人間を魔族に変えてしまう魔族がいるのなら放っておけない。次の被害者を出さないためにも新種の魔族を討伐しないと」
未だ、ヒガは信じられずにいる。
殺した魔族が実は人間だったなど、今までに殺した魔族も元人間の可能性があったなど信じたくない。真実と思わないことで彼は自分の心を守っているのだ。
「ふーむ、情報か。情報屋を利用してみたらどうだ? 俺の知り合いにジョウホ・ウウルって爺さんがいてな。フナデの港町にいるあの爺さん以上に情報通な爺さんはいねえぜ」
「フナデ町……漁業が盛んな場所でしたね。分かりました、ジョウホさんを訪ねてみます」
「俺も俺なりに動いてみる。偶然居合わせただけだが、知っちまったら放っておけないからな。お前みたいな被害者を増やさないために一肌脱ぐぜ。商売ついでに各地で忠告してみよう」
そう言ってイアは村から去って行く。
彼に出来ることは限られているが、それでもジニア達は去る背中を頼もしく感じた。
「私達も行く?」
「……ねえ、ジニアの奇跡の力でみんなを生き返らせることは出来ないかな」
暗い顔で俯くヒガが静かに問う。
「無理。死人を生き返らせる奇跡なんて誰も起こせない」
死者の復活は長年研究されてきたテーマの一つだが未だ進展していない。一部の研究者以外は実現不可能と言う程であり、何人もの研究者が夢を抱えたまま死んでいった。
他にも金を無限に生み出す、異世界に行く、神と会う、身体を改造するなど様々な魔術の研究者が同様の流れを辿っている。夢溢れる魔術を研究して魔術開発を成功させたのは、時空跳躍魔術を開発したクーロンのみだ。
「だよね。あんまり期待はしていなかったよ」
落ち込んだままヒガは歩き出すが、ジニアは立ち止まったまま村の中央を見つめる。
「……〈
死者復活が出来ないならせめてとジニアは魔術を発動する。
直方体の土の塊を村の中央に何個も生み出す。彼女がそうして作ったのは簡易的な墓だ。本来故人の名を刻むところには、村人の名前が二人以外不明なので【おはか】と彫っておいた。
「安らかに眠ってよね」
マーチ・イシャとヒート・メボレ含めた村人全員にジニアが告げる。
二人と過ごした時間は短く、顔も名も知らない人間ばかりの村に情はない。しかし、あまりに悲惨な最期を迎えた村人達には静かな眠りについてほしいと思った。
* * *
煌めく青い海がよく見える町、フナデ町。
クスリシ村を出て十日後にジニアとヒガは目的地へと辿り着いた。
町人に情報屋の名を聞けば居場所はすぐ判明した。情報屋のジョウホ・ウウルは町人からの相談も引き受けており、フナデ町では町長よりも有名で人気な老人。住居は隠れておらず堂々と町の中央に建っている。三角錐の青い家なので分かりやすい。
二人は情報屋の家に行き、扉に付いているドアノッカーでヒガが扉を叩く。
「何してんの? 装飾品で扉叩いたら傷んじゃわない?」
「ドアノッカーを知らないの? 今じゃ殆どの家に付けられているんだけど。これで叩いて家主に来客を知らせるんだよ」
ジニアは「ほへー」と興味深そうに呟く。
知らなかったのは現代にドアノッカー付き扉が少ないからだ。
現代だと来客を知らせるのに使われるのは魔力を応用した魔道具。その魔道具に三秒以上触れると特定の音が鳴り、来客を知らせることが出来る便利な代物。時が流れると人類の使う物は大抵が魔道具となっている。
「ちょっと私にもやらせて」
「え、いや、もう叩いたから大丈夫」
未知の物とは好奇心をくすぐる物。
好奇心のままにジニアはドアノッカーで扉をガンガン叩き始めた。
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン。
「いやいやいやいや叩きすぎ叩きすぎ! 悪戯でもそこまで叩かないよ!」
「――うるさいわボケえええええええ!」
急に扉が開いて顎髭の長い老人が出て来た。
目を見開いている老人は、ドアノッカーを掴んでいるジニアを見た途端に叩いた。
「いったーい! 私の天才的な細胞が死んだらどうしてくれるのさー」
「知るかボケええ! 貴様のような礼儀知らずに優秀な細胞など一つもないわあ!」
「ジニア、君が悪いし謝らないと」
「ごめんなさい」
「許さん……うっ、いだだだだ。腰が……」
鬼のような形相ではなくなった老人が腰を押さえて膝を付く。
最初は元気に見えたが町人によると彼の年齢は九十。この時代の平均寿命をかなりオーバーしているため、いつ寿命で死んでもおかしくない。痛がる老人を見てジニアは純粋に彼が死ぬのではと心配する。
「大変ね、治してあげる。〈
赤い水晶が先端に付いた杖をジニアは老人の腰に当て、回復魔術を唱える。
老人の腰は薄緑の優しい光に包まれる。回復魔術を受けてから痛みを訴える彼の表情は次第に消え、平常時の表情に戻った。最下級の回復魔術でも骨折まで治せるジニアにとって腰痛程度数秒で治せるのだ。
「……む、これは、痛みが引きおった。それに体が軽い。小娘、何をした?」
「ふっ、私の名は天才奇跡つか――」
「そうか奇跡か! 腰痛を治してくれた礼じゃ、さっきの悪戯はお咎めなしにしてやろう。さらに、何か用があるなら今回はタダで話を聞いてやろうじゃないか。中に入るといい」
「……私の名は天才奇跡使いジニア。とりあえずあがらせてもらうわ」
名乗りを邪魔されて若干不機嫌なジニアはヒガと共に老人宅へ入った。
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