自称天才、奇跡使いになる
人間だと思っていた相手が魔族でジニアは驚き、尻餅をつく。
青肌一つ目の魔族が右腕を振り上げた。その瞬間、ヒガの目つきが鋭くなり剣で魔族を斬りつける。連続で二度も斬ることで魔族の上半身は裂け、大きな傷口から紫の血液が噴出される。魔族は後ろに倒れて痙攣した後で絶命した。
「お、おおお、結構やるじゃん」
「褒めてくれてありがとう。怪我はない?」
ジニアは「ないよ」と答えて立ち上がる。
見積もっていた強さよりもヒガが強くてジニアは驚愕した。
曾祖父が医者だったからあまり期待していなかったのだが、戦闘を見た後は評価が一転。達人の如き剣技は眺めているだけでも、剣技が分からなくても素晴らしいと分かる。
「どうやら仲間がいるみたいだ。ジニア、火の傍まで下がってくれないかな」
ヒガの言う通り魔族と思わしき影がもう一つ。
今度は人型ではなく、大量の赤い瞳を持つ巨大蜘蛛。
人型でなければ人間と思うこともなく、視界に入って早々戦闘準備が出来る。
「心配いらないわ。助けてくれたお礼に、次は私の実力を見せてあげる」
「え、いいよ。僕が討伐するから」
「いいから見てなさい! 私、戦いは嫌いだし、実力は軽々しく見せるものじゃないけど特別よ! 喰らえ魔族、〈
ジニアが持つ杖の先端から桃色のエネルギー弾が発射された。
彼女が使用した〈魔弾〉は使用者の魔力を球体にして放つ攻撃魔術。
平均的な威力は大男が全力で殴る程度しかないが、魔術学校において総魔力量歴代二位の彼女が使うと性能が化ける。人間よりも頑丈である魔族の体を彼女の〈魔弾〉は――爆散させた。
「どうよ見たか! はっはっはっは……はっ!?」
一つの問題にジニアは気付く。
魔族はもういないので問題ない。問題なのは魔術が広まっていない時代で魔術を堂々と、見せつけるように使用したことだ。見せたのは一人なので未来に影響があるとは思えないが、危機的状況でもないのに見せるべきではなかった。
(やっばー、この時代に魔術が存在してるか分かんないのに使っちゃったよ)
「……凄い。奇跡だ。……ジニア、奇跡使いだったんだ」
「え、き、奇跡? 何それ?」
勝手に納得するヒガにジニアは困惑する。
「知らないの? 火を出したり風を起こしたり、空を飛んだりすることだよ。神から授けられた力とか言う人もいる。奇跡を使える人間なんて世界中捜しても滅多にいないんだよ。実際に見たのは初めてだ、凄い力だね」
「……よし。私は奇跡使いってことにしよう。今日から私は天才奇跡使いジニアね」
現代から千四百年前、魔術は奇跡として名を広めていた。
素養があれば誰でも使えるとはいえ、仕組みが解明されなければ奇跡としか言いようがない。魔力を込めながら特殊な言語を発することで発動するが、偶然その方法に辿り着く人間など殆どいない。少ないが辿り着けた人間を人々は奇跡使いと呼んでいる。
奇跡使いなんて存在がいると分かったのはジニアにとって好都合。
奇跡と言い張れば魔術を使えるので不便を強いられずに済む。
一つ不安が消えたジニアはヒガと共に食事を取り、ぐっすりと眠った。
*
時が経ち、クスリシ村へ向かうジニアとヒガの旅も三日目。
目的地まではもうすぐだというヒガの言葉を信じてジニアも森を歩く。
「あ、見えた。あそこがクスリシ村…………え?」
森の中に木がない空間があり、そこに小さな村が確かにあった。
民家は崩れ、燃えている場所もある。災害でも起きたような村には様々な形をした魔族が彷徨いている。この世の地獄とも言える光景にジニアもヒガも混乱する。
恐ろしい光景だが二人は知っていた。
ジニアは現代の教科書で、ヒガはこの時代の資料で、魔族に襲われた村や町を見ているのだ。実際に目で見るのは初めてだが、この世界で珍しくもない光景だと分かっている。
「何よこの魔族の数……これじゃ、生き残りなんているわけない。……ヒガ、何ぼさっとしてんの! あなたの大切な故郷でしょ。せめてこれ以上壊されないよう魔族共を倒すのよ!」
「……あ、ああ。そ、そうだね。魔族を……殺さないと」
放心していたヒガをジニアが言葉で正気に戻す。
今までなかった憎悪を抱きながら彼が駆け出し、剣で魔族を斬り殺した。
一人で戦わせられないのでジニアも〈
順調に魔族の数を減らす途中、悲鳴が聞こえた。
野太い男の悲鳴を耳にした二人は声の方向へと向かう。
「生き残りがいたみたいね。絶対助けるわよ!」
「魔族、殺してやる……! 魔族殺す魔族殺す魔族殺す殺す殺す殺す!」
「怖い!」
村の北東に走ると、まだ生きている男を見つけた。
禍々しい黒い体毛を持つ猿のような魔族に襲わていたので、ヒガが剣を投擲して猿型魔族に刺す。間一髪で命拾いした男は動揺していたが、味方と理解して安堵の表情を浮かべる。
「怪我はしてない? もう怖くないわよ」
ジニアが優しく笑って声を掛けたが男は震えている。
「い、いや、怖いって」
「大丈夫だってば。他の魔族もすぐ討伐するから」
「魔族じゃねえ……お前の、後ろ」
男が指をさしたのでジニアは振り向き、思わず「うわ」と引いた声を出す。
ジニアの後方では、もう既に絶命した魔族に向かってヒガが斬撃を浴びせていた。
憎しみに囚われた彼はもはや魔族しか見えていない。
最初の好青年らしき雰囲気は微塵も残っていなかった。
「気にしないで。あれはただのクレイジー野郎」
「余計気になるし怖いだろ!」
「とにかく味方だから大丈夫。あと、これから魔族狩りするから私の傍から離れないでね」
ジニアはすっかり豹変したヒガと魔族の残党を狩る。
怒りと憎しみで心を燃やして戦う彼は傷がなくとも痛ましい姿だった。
村に残っていた全ての魔族を討伐したジニアは燃える民家の消火に取り組み、ヒガは他の生き残りがいないか捜索する。火に関しては水を出す魔術で無事消火出来たが、他の生存者捜索は結果として誰も見つけられなかった。
廃村と変わらない有様の村で二人は生存者と立ちながら話す。
「助かったよ、礼を言う。俺の名はイア・ワセータだ」
無精髭を生やす男が自己紹介する。
「私は天才まじゅ……奇跡使いジニア。こっちはヒガ・イシャ」
「あの、あなたは村の人じゃないですよね。どうしてこの村にいるんですか?」
憎悪が芽生えたヒガだが今は好青年らしき雰囲気に戻っている。
「俺は旅の商人でな。偶々付近を通りかかってこの村を見つけたんだ。……だが、着いてすぐ魔族が現れて……村人は、次々と殺されていった。……そして……俺は、悪夢でも見たんじゃないかと今でも思うんだが……」
「何があったの?」
「…………恐ろしい光景だった。殺された村人が……魔族になっちまったんだよ」
イアの言葉を聞いたヒガが「嘘だ!」と叫ぶ。
魔族に殺された人間が魔族になるなどありえない。もしそんな能力を持つなら、人類が魔族と戦い始めてから五百年以上経つ時代まで誰も知らないはずがない。知る人間がいたら危険情報としてとっくに知れ渡っていてもいいはずだ。
実際に見ていない以上根拠となるのはイアの言葉のみ。
信じられず嘘と疑うのは至極当然の反応だ。
「……それが本当だったら、俺は……俺が殺したのは」
「人間……ってこと?」
ジニアにとっての現代、この時代から千四百年後でもイアが告げた能力についての記録はない。教科書の内容を暗記しているジニアだからこそ分かる。魔族被害が多いなか、危険な能力が噂にもならないというのはありえないのである。
ただ一つ、可能性があるとすれば――。
(まさか、誰かが過去に干渉したせいで未来が変わった? あわわわわどうしよう、私がマーチさんとヒートを恋人にしたせいでこんな事態になるなんて。くうっ、私のせいで人類が滅んじゃうかも)
人間を魔族に変える能力を持つ魔族を、何者かが生み出した可能性しかない。
しかもその何者かは時空魔法陣を使用している可能性が高い。ジニアのように過去へ跳び、この時代で新たな魔族を創り出したと仮定すれば辻褄は合う。歴史に残っていなかったのはごく最近生み出されたものだからだ。
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