自称天才、被害者と別れる


 三角錐の青い家の中は一風変わっている。

 紺色のカーテンに覆われて全体的に暗めの部屋だ。

 赤いテーブルクロスが掛けられた机があり、傍の椅子に三人が座る。


「おっと、紹介が遅れたな。まあ儂のことを訪ねて来たなら名前くらい知っていると思うが、儂はジョウホ・ウウルじゃ。情報を売っておる。相談も受け付けているから何でも話してくれて構わん」


「……実は、僕の故郷の話で」


 ヒガはクスリシ村で起きた全ての出来事を語る。

 今回の事件で分からないことは二つ。

 なぜクスリシ村が襲われたのか。

 人間を仲間にする魔族はいつ生まれたのか。

 生存者については絶望的なのでヒガも話題にしない。


「……それは災難じゃったな。死人を魔族に変える魔族なら知っておる。数は少ないが昔から出現するらしい。川でプラチナが採れるくらいには珍しい変異種じゃ」


 ジニアは「例え分かりづらっ」と呟く。

 ただ問題はそこではない。ジョウホが変異種の魔族について知っていたのが問題だ。情報屋だから知っていたとして、なぜ現代で情報が残っていないのかという疑問が出る。ごく最近現れたのではなく昔からいるのなら、現代の教科書などの資料に記載されているはずだ。


「そんな話、聞いたこともなかった。ダスティアの人達だって教えてくれなかった」


「出現数が少ないから公表しないんじゃよ。魔族の中に元人間も混ざっているかもなんて言ったら民衆大パニックじゃろ。……にしてもクスリシ村か。まさかあの村が襲われるとは思わんかった。話によると魔族避けの道具は襲撃直前まで存在した……ということはやはり、人為的な襲撃かもしれんの」


「……誰かが……僕の故郷を魔族に襲わせた?」


 実際そうだと言える状況。イアも告げていた推測が真実味を帯びてくる。

 既に憎む対象を魔族にしていたヒガの心は揺れていた。

 村を襲い、村人を殺したのは紛れもなく魔族。しかし黒幕が人間だとしたらいったい何を憎めばいいのか分からない。仮に黒幕の人間を憎むにしても正体が分からなければ憎しみを抱けない。ヒガは改めてクスリシ村の一件の真相を知りたいと思った。


「最近、妙な噂がある。奇妙な集団が魔族を生み出すなんて眉唾物な噂じゃ。どれだけ探っても魔族を生んでいる確証は出ないが、噂になる奇妙な集団がいるのは事実。ミニスカートとか水着とか短パンとか露出が多く若々しい服装の集団らしい」


 集団の服装は、イアが言っていた余所者の特徴と一致する。

 特別な服装でもないため偶然かもしれないが黒幕の可能性は生まれる。


「クスリシ村が襲われたのに意味はあったんでしょうか。仮にそいつらが黒幕だとして、目的はいったい何なんでしょうか」


「クスリシ村には特別な物が存在する。狙いはそれじゃろう」


「……まさか……美味しい料理」


「僕でも料理じゃないことだけは分かるよ」


 仮に料理、食料が狙いなら村を壊滅まで追いやらないだろう。

 秘伝レシピを独占するため皆殺しにしたという線ならギリギリ納得出来る。しかしそんなものがあるならヒガも知らなければおかしい。心当たりがあるなら彼はジニアの発言を食い気味に否定しない。


「村には色々な薬があったけど薬なんて狙いませんよね。誰かの命を助けるための薬を手に入れるために、誰かの命を奪うなんて本末転倒。医療の心得もない人間には不要でしょうし。ジョウホさん、何か心当たりがあるんですよね?」


「……すまん。何かあった気はするが思い出せん」


「そうですか。気にしないでください。僕一人で考えるよりも、あなたと一緒に考えた方が真相に近付けた気がします。ジョウホさんに相談出来て良かったです」


「一つ忠告しておく。今回の一件、おそらくお主の想像以上に危険じゃ。真実を追い求めるつもりならくれぐれも気を付けるのじゃぞ」


 ヒガは「ええ、分かりました」と頷いて席を立つ。

 ジョウホのもとに来た意味はあった。グッと真相に近付けたわけではないが確かな進歩をヒガは感じた。一人で考えていたらきっと、魔族だけを憎み殺し続けただろう。真相すら知らない哀れな復讐鬼にならずに済んだのだ。


 ジニアとヒガは情報屋から外に出る。


「これからどうする?」


 情報は聞き終わったのでこの港町でやることはもうない。


「とりあえずダスティア支部に行こうかな。今日得た情報を報告しないと」


「……魔族討伐組織か。……ごめん、私、一緒には行かない」


 ヒガは「え?」と目を丸くする。

 ダスティア、別名魔族討伐組織にジニアが同行しない理由は二つ。

 一つ目は他にやりたいことが出来たから。

 二つ目は今更だが過去への過度な干渉を防ぐため。


 過去への干渉も程々にしなければ未来が大幅に変わってしまう。特にこれからヒガが向かうつもりであるダスティア、魔族討伐組織の上層部に関わるのは避けたい。ヒガが状況を説明ついでにジニアを紹介すれば、間違いなく奇跡使いと紹介されて勧誘される。勧誘も面倒だが真なる理由は違う。干渉したくない理由はダスティアがいずれ潰える組織だからだ。


 丁度この時代、三百二十年あたりからダスティアは崩壊していく。

 強力な魔族の出現に魔術なしではどうにもならず、支部から壊滅していき五百年には本部も壊滅。数は少ないが存在する魔術師のおかげで強力な魔族は討たれた。組織で生き残った者もいるが組織は再建されず、ダスティアは次第に人々から忘れられる。……というのが現代の教科書に書かれた内容。


 可哀想だがダスティアの犠牲あってこそ魔術が発展している。

 悲劇を繰り返さぬように、魔族に殺されることがないように、少ない魔術師が集まり研究が始まった。六百年には魔術の発動方法など基礎部分が解き明かされ、次第に魔術師と呼ばれる人間が増えていく。そして六百二十年、各国の王が国直属の魔族討伐部隊を設立。彼等のおかげで魔族による被害は減少傾向にある。


 ……故に、現代の魔術文明維持のためにダスティアは滅ばなければならない。


(私が協力したらダスティアが壊滅しないし、魔術文明も発展しなくなっちゃう。見捨てるようで申し訳ないけど、現代の都合でダスティアには関わりたくないんだよね)


 実際のところジニア一人が協力しても歴史は大きく変化しないだろう。

 彼女の実力は高いが一人で出来ることには限度がある。近々現れる強大な魔族を倒したとして、時間が経てばまた強大な魔族が現れてしまう。過去に残って協力したところで彼女の寿命分だけ壊滅が先送りになるだけだ。


「ごめん。逃げるわけじゃなくて、私は私なりに動くよ。ちょっとやりたいこともあるし」


「……そっか。うん、しょうがない。行動の強制は出来ないしね」


 短期間だが共にジニアと行動したヒガは残念に思う。

 彼からしてみれば奇跡使いという超常の存在。少しアホな部分はあるが、戦いになれば頼りになる。何より自分が孤独ではない証とも言える彼女と別れるのは、ヒガの精神的に不安が大きかった。


 しかし、少女を強引に連れ回すのは問題だ。

 二十歳のジニアは少女という歳でもないのだが、一度も年齢を口にしていないためヒガは彼女の年齢を見た目で判断している。十代前半と思い込み中のヒガは彼女を妹のように思っているが無理には引き留めない。


「また会う機会があったら会おうよ」


「うん、また会おう。……だから、死なないでね」


「死なないよ。私、天才だから」


 互いに寂しく思いながらジニアとヒガは別れた。

 ホノの町へと歩いて行くヒガの背を見送ったジニアも行動を開始する。

 今更現代へ帰る選択肢はない。やるべきことは一つ、クスリシ村の襲撃犯を捕らえること。


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