青い柿はうまいか?

@d-van69

青い柿はうまいか?

 ドスン!

 地面を揺るがすような音と共に目の前に落ちてきたものを見て俺は目を丸めた。

「あ痛たたた……」

 臼は地面に転がったまま、尻をさすっている。

 俺の足の下にいた牛の糞が、「えぇ?」と困惑した眼差しを臼に向けた。

 それでピンときた。

 こいつら、この俺を押し潰そうとしやがったな。慌てて家から飛び出した俺の上に、屋根の上から臼が落ちてくる……手はずだったのだ。だが、臼は目測を誤った。

 ふつふつと怒りがこみ上げてきた。こいつらは俺を殺ろうとして失敗した。それなら今度は俺が逆に殺ってやろうじゃないか。

 尻を強打した臼はしばらく動けそうにない。だったら始末するのはこいつからだ。

 足元のクソ野郎をむんずと掴み上げた。牛の糞の分際で俺様の足を滑らせるとはいい度胸だ。少しの間、礫のように手の中で転がしてから家の外壁に思い切り投げつけた。ぺしゃりと音を立てて糞は壁に張り付いた。そこでそうしていろ。乾いて粉々に崩れ落ちるまで。

 踵を返し家の中に戻った。水がめの側ではまだ蜂が飛んでいた。再び俺を攻撃しようと向かってくる。さっきは不意を突かれて刺されたが、今度もそううまくいくとは思うなよ。俺は足元に落ちていた水がめの蓋を足で拾うと素早く手に持ち替え、目前に迫った蜂を叩き落した。足をぴくぴく動かしているところ見るとまだ死んではいないようだ。脳震盪でも起こしているのだろう。頭をつまんで目の前まで持ち上げると、そいつの羽をむしりとってやった。飛べなくしてから、水がめの中に放り込む。しばらく足をばたばたさせていたが、やがて蜂は水の底に沈んでいった。

 座敷のほうを振り返る。栗が血相を変えて囲炉裏に飛び込むところだった。もう一度弾け飛んで俺に火傷を負わそういう魂胆だろうが、手の内がわかっているのに引っかかるわけがない。俺は炉端まで行くと火箸を掴み、栗がもぐりこんだあたりの灰をめった刺しにした。何度か繰り返すうちに手ごたえを感じた。ゆっくり持ち上げると、火箸に串刺しにされた栗が姿を現した。恐怖に戦く栗を俺は一口で平らげてやった。ほくほくとした食感と甘みに思わず舌鼓を打った。

 栗の皮を吐き出してから、囲炉裏の中の火がついた炭をかき集めた。手近にあった器に移し、それを持って家の外に出る。そこにはまだ臼が動けずにいた。屋根の上から落ちたせいで相当の痛手を負っているようだ。俺は足でそいつを押さえ込むと、その頭の窪みに炭を流し込んだ。臼が悲痛な悲鳴を上げて暴れるが、俺は足の力を緩めない。そのうち臼の頭の窪みがぶすぶすと燻り始めた。それでも抑え続けると、臼の頭が燃え出した。そこでようやく足を離してやる。臼は転げまわって何とかしようとするが、どうにもならなかった。

 動かなくなった臼を蹴飛ばし、視線をあたりに漂わせる。これで終わりじゃない。殺らなきゃならない奴はまだいるのだ。この計画を、俺様を襲撃する計画を立てた首謀者が。

 きっとどこかに隠れてこの様子を見ていたはず。どこにいる?目を凝らし、景色の細部にまで注意を払う。と、見つけた。

 少し離れたところに立つ一本の木。その陰からちらりと何かが見えていた。

 ハサミだ。

 それは小さなカニのハサミに違いなかった。あいつか。俺が青柿を投げつけてくたばったカニの子供だ。確かにそのガキが仲間を集めて俺に復讐しようと計画している、との噂は耳に届いていた。まさか本当に実行に移すとは、愚かな奴だ。

 足音を忍ばせてそちらに近づく。身を隠すように木に張り付き、それから一瞬でその背後に回りこんだ。

「バカめ!頭隠して尻隠さずとは……」

 いない?そこにはカニどころか誰もいなかった。ただ、小さなカニのハサミが、木の幹に貼り付けてあった。ちょうど俺が居た場所から見えるように。

「こっちだよ」

 声がするほうを見た。別の木の根元に小さなカニがいた。片方のハサミがない。奴は残ったほうのハサミで、木にくくり付けてあった縄を切った。

 思わずその縄の先を視線で追った。それはまっすぐに俺がいる木の上に伸びていた。そこには網に詰め込まれた大量の青い柿が縛り付けられていた。カニが縄を切ったことで網が解け、無数の青い柿が俺の頭上に降り注いできた。

 咄嗟に逃げようとしたが無駄だった。それほどに青柿は大量で落下の圧がすごかったのだ。見る見る俺の体は青柿に埋もれ始めた。あっと言う間に身動きがとれなくなった。それでも青柿は空から落ちてくる。

「てめえ!このガキが!こんなことしてただで済むと思うなよ」

 負け犬の遠吠えだとわかっていながらそんなことを叫んだものだから、口の中にも青柿が転がり込んできた。

 まずい。呼吸ができなくなってきた……。

 そのとき既に、俺は頭の先まで青柿に沈んでいた。視界も真っ暗で、意識もぼんやりとしてくる。

 ただ、カニの声だけがはっきりと聞こえてきた。

「どうだ、柿の味は。お前が母さんに食わせようとした、青い柿はうまいか?」

 

 

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