第7話、壊れゆく時間
タバコの煙が拡散していくのを遡っていくと、俺の手に辿り着く。
有害物質がいっぱい詰まったはずの煙という気体は、俺の手で触れられない。だが、その気体の中でも最も軽い水素原子は酸素原子を媒体に重なり合うことで、手で触れられる、緻密な質感のある「水」を成す。
人が後から発見しなくとも、世界には法則があり、この自然界の原則に合わせて音を構築すれば、不協和音にならずに、この世界に流れる
ただそれだけにすぎない。
靴先がすり減り始めた足元から少し先の闇の中。流れてきた電子楽器の音は・・・「彼」の音楽か。指慣らしの試奏だろう。
俺より若い、大学を卒業したばかりだというスタジオミュージシャン。シンセサイザーの演奏者だが、演奏自体は上手くない。
俺とは違う大学らしいが、学術的に、体系立てて音楽を学んできたのだろう。
特にリフレインと打ち込みのタイミング、聴衆の耳の持っていき方に影響が強くみられる。確かにわかりやすくキャッチーでつい口ずさみたくなる軽快さがあった。
だが、彼の作り出す音楽は、あの鍵盤に触れるタッチで音の強弱や震えが決まるピアノと異なり、はっきりと音が決まっているサイエンスフィクションな楽器に相応しい主旋律1つの単純な音で、俺にはそれが「音楽」になるとは思えなかった。
手すりから一歩先は、灰色なコンクリートが途切れ、青色混じりの黒色が視界を塗りつぶしている。
ビルの隙間をすり抜けていく風の音が下方から聞こえてくる。ビルにぶつかった風のしぶきがここまで届き、一緒に電子音を運んでくる。
それがまるで、音楽に強弱をつけているようで、いやにみずみずしく聞こえる。
彼の演奏は、俺の敬愛するドビュッシーの音楽の特徴である二つ以上の旋律が絡み合い複雑な色彩を音楽で表現するように、一つの主旋律にも関わらず、きらきらとした色を振りまいていた。
気に入らない。
どこか苛立ちを感じたまま、足でリズムを取り、白い紙巻煙草を宙に振るう。
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