第4話 俳句少女と焼き芋
たかが小学生女子を奴と呼ぶ理由は、ボクにとって天敵だからだ。男子より女子の成長の方が早いと言うけれど、奴は高一のボクよりも背が高い。ティーンズ雑誌の表紙に載っていてもおかしくない容姿で口も達者。毎日ジャージ姿で過ごす口下手なボクとは真逆の存在で、家に姉が居ようが居まいがお構いなしに突然やってきてはボクの事をからかっている。
そして奴は、ボクの事をわざと「お兄ちゃん」と呼ぶ。
「お兄ちゃん、師匠いる?」
ボクがインターホンに出る時は姉が不在の時だ。それを分かっているくせに聞いてくる。
「師匠に渡して欲しいものがあるんだ」
と言って、ほのかな甘い匂いとともに無遠慮に上がり込んできた。
奴はボクに違いを見せつけるように、いつもお洒落な格好でやってくる。
今日は白いムートンのダッフルコートに赤いタートルネックのセーターを合わせて、冬を先取りした可愛さで統一している。隣の家へ行くのにアウターはいらないだろうに。
「はい」
奴から渡された紙袋を開けてみると、リビングいっぱいに甘い匂いが広がった。
「
奴は虚子の名句を詠んだ。今日も外は秋晴れで乾いた空気の匂いがしていたけれど、甘い匂いの元は「焼き芋」だった。
「美味しそうだけどマズいな」
「どっちなの? 馬鹿なの?」
そして奴は口が悪い。年上への敬意、とういかボクへの敬意が微塵も感じられない。
「その不味いじゃなくて、宜しくないって意味だよ。姉は先日、柿を食べただけで腹筋運動を百回したんだ」
焼き芋なんて食べたら千回で足りるかどうか、と事の重大さを伝えた。
「仕方ないなぁ。お兄ちゃんと二人で食べるか」
奴は自宅さながらに冷蔵庫から牛乳を取り出して二つのグラスに注いだ。
「焼き芋と牛乳って合うよね」
「牛乳飲むと大きくなれるって知ってた?」
奴の
ちなみに、毎日飲んでますけど。
「用事済んだんならもう帰れば」
ボクも意地悪く言ってみたが、
「人にあげるものを先に食べる訳ないじゃない。やっぱり馬鹿なの?」
返り討ちにあった。
「師匠に渡して欲しいのはこれ。わたしの投句が雑誌に掲載されたの」
嬉しそうにバッグから取り出したそれは、俳句雑誌ではなくて、可愛い女子が表紙を飾るティーンズ雑誌だった。
奴は雑誌の後ろにある読者投稿ページを開いて、『ときめき☆575』というコーナーの一句を「これだよ」と指さした。
「
俳句ではない。五七五だけれど季語はなく、十代女子の恋心を詠んだ自由句だった。
片思いの相手が他の誰かと一緒にいるのだろうか。日頃から募る思いが届かずに恋焦がれている乙女心を感じた。姉の弟子だけあって可愛い句だ。
「
「分かってないな。
褒めたつもりが秒で否定された。
「シルクスイート」
「は?」
「この句は『焼き芋』の
一物仕立てとは、ひとつの季語を中心に詠む俳句の型で、今回の句では季語の「
「シルクスイート」というサツマイモの品種は、その名の通り絹の様ななめらかさと甘味が強い事が特徴で、焼き芋に適しているらしい。食べてみると、なるほど、しっとりした食感と濃厚な甘さが感じられる。
「うん、美味しいね」
「師匠に食べて欲しかったのに……」
届かぬ思いはここにもあった。
「好きな人に振り向いてもらうにはどうしたらいいのかな?」
ボクに聞いているのだろうか。恋バナなんて最も苦手な話題だ。
「相談する相手が違ってない?」
「独り言。鈍いお兄ちゃんに聞くわけないじゃない」
奴と一緒にいると疲れる。いつもより良く喋ってボクらしくない。だから苦手なんだ。
その後も奴は一方的に話を続けて、焼き芋をきれいに食べ終わると、「師匠にも見せてね」と言って雑誌を置いてようやく帰った。
「真白きたでしょ? 雑誌見せてよ」
姉は家に帰るなりボクにそう言った。事前に連絡を取っているなら直接渡せばいいのに。
「ちゃんと可愛いって言った?」
姉に雑誌を渡すと変な確認をされた。
「言った。女の子らしくて可愛いねって」
「あんた馬鹿?」
姉にも叱られた。女の子でひと括りにしないのと。
「女の子は誰かのオンリーワンになりたいの」
それも偏見ではと思わなくもないが。
そして、姉は雑誌の最初の方のページを開いてボクに見せた。街で見つけた女の子のファッションを紹介するページに奴の写真が掲載されていた。
「あ……」
それは、さっき着ていた服装で、「好きな人に見て欲しい」とコメントが付いていた。
「
この句は奴には届かない。お喋りなのは筆だけでボクはどうにも口下手だから。
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