第2話 俳句少女とダイエット
俳句はいつでも詠めるけれど、夜中と限定して言ったのは、姉は、毎日寝る前に日記を書いていて、その中で俳句を詠んでいるから。
姉とボクは二歳違いで同じ高校へ通っている。ボクと違って高身長の美人で、今年の六月まで生徒会長を勤めていたので、人気もあれば人望もある。
クラスの男子からは「クールビューティー先輩」と呼ばれている。ボクに姉を紹介して欲しいと言う男子もいるけれど、姉とは特段仲がいい訳ではないから、と言ってお断りしている。
不思議と姉に彼氏の噂はない。それが関係あるのか、女子生徒の間で姉のファンクラブがあるらしい。
姉は完璧で隙のない高嶺の花なのだ。
そんな姉は家では可愛い。
「きゃー!」
お風呂場から姉の悲鳴が聞こえた。何事かと行ってみると、
「五百グラム増えてる」
体重計に乗った姉が愕然としていた。五百グラムは誤差の範囲では?
姉は一度体重計から下りて、軽くなるとでも思ったのか息を大きく吐いてから、今度はそっと乗った。
こういう所が可愛い。
「やっぱりダメかぁ。これも秋のせいだ」
食欲の秋。いくら食べても食欲が満たされない状態をいう秋の季語に「
「太ってないじゃない」
ボクは姉にバスタオルを投げた。姉の体はまだ濡れていて、何も身に付けてなかった。
「見えないとこが太ってるの」
体を拭きながら姉は言う。全部見えてますけど。
実際、姉は体の線がシャープだ。おへその下だって凹んでいる。すると大きく育っているあそこの事か。
ボクの視線に気付いたのか、「あんたはもっと大きくなりなさい」と言って、ボクの頭を軽く叩いて、下着も付けずにリビングへ出ていった。
姉と入れ替わりで今度はボクがお風呂に入った。成長のスピードは人それぞれだから気にしても仕方がないのは分かっているけど……。
ボクはバスタブの中で小さな体を小さく丸めてブクブク沈んだ。
お風呂を出てリビングへ行くと、ショートパンツにティーシャツ姿の姉がダイニングテーブルに着いて柿を
姉は柿を四つに切って、一切れをフォークで刺して口へ運んだ。柿を咀嚼しながら姉もボクを見ている。暫く噛んでから飲み込む喉の動きが
「柿食えば」
姉は持っていたフォークをボクに向けて言った。
これは姉が考えた「
ちなみに元の名句はこれ。
「姉が泣くなり」
ボクは「
「うまい」と言った姉をしたり顔で見返すと、「この柿」と言って続けて二切れ目を口に入れていた。
姉は柿を咀嚼して飲み込んでから、
「
と下五を続けた。
姉曰く、成田山新勝寺はストイックな断食修行で有名なお寺らしい。
柿を食べて泣く泣く断食している姉の姿を思い浮かべる。一個食べたって太らないだろうに。
「はい」
今度はフォークに柿を刺してボクの口元に差し出した。
「歯磨きしたからいらない」
「そう」
姉はそれを自分の口へ戻して三切れ目を食べた。明日までボクに取っててくれる考えはないらしい。
「先に部屋行くね」
ボクは、最後の一切れを口に入れた姉に一声かけてリビングを出た。
うちの間取りは2LDKで、1部屋を母が使い、残る1部屋を姉とボクが共同で使っている。食事や勉強など生活の拠点はリビングなので、部屋と言っても
部屋の中には二段ベッドと反対側に学習机が二つ並んでいる。姉の机の上にはいつも日記帳が置いてある。昨日の日付を開いてみると、食べ物が
「
姉の句は可愛い。
日記に付随する句なので、生活感で溢れ素直な感情が詠まれている。
さっきは
「こら」
部屋に姉が入ってきた。
「あんたが書かなきゃ今日の分が書けないじゃない」
これは姉とボクの交換日記なのだ。
交換日記と言っても、姉の句へ返しの句を詠むのがボクの役割。これも姉が考えた遊びのひとつだ。
ボクが日記帳を持って二段ベッドの上の段へ移動すると、姉は狭い部屋の床にヨガマットを広げた。
「柿一個分減らすから」
腹筋運動する姉をベッドの上から眺めながら作句した。
「
ボクの姉は可愛い。
だから、姉とボクが仲良しだってことは、絶対にクラスの男子には言わない。
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