第二十七話  見通すは狒々

Side レイ

 「成程?旅に出る時に持っていく道具ですか……」

 次の行き先を決めた後、私達は一旦アイオロスの町に戻ってきました。

 『長距離の移動手段を持っていない以上色々と買いそろえる必要がある』というレダさんの言葉に従って商業区にやってきました。

 「取り敢えずどこまで行くのか教えてもらっていいかな?距離を聞かないと分からないからね」

 「ピュルガトワールに行くのです」

 「あー……あそこですか。ならそこまで遠くは無いですね、荷物も少なめで大丈夫そうです」

 ここら辺にあったと思うんだけどなぁ、と屋台の裏をゴソゴソ探し始めた和服の人を眺めていると、後ろから肩を突かれました。

 後ろを振り返ると、レダさんが神妙な顔でこちらを見ていました。

 「すまん、ちょっと他の奴から連絡が来たから離れてもいいか?道具は買えるよな?金は持ってるか?無いなら渡しておくけど」

 「大丈夫ですよ、お金なら全然使わなかったのでかなり貯まっていますから。和服の人が教えてくれますし」

 その言葉を聞くと安心したように私達の頭を撫でて、人混みの中へ姿を消していきました。

 「そういや名前教えてなかったですね、和服の人じゃなくてトゥバンって呼んでください」

 まだまだ物を探していてその表情は見えないながらも、トゥバンさんが発したその声は楽し気に弾んでいるようでした。

 名前を教えただけなのにどうしてそこまで嬉しそうなのでしょうか?

 「トゥバン、ですか?」

 「えぇ、私の生まれた地方で『蛇の頭』を意味するらしいです。全然似合いませんよねぇ?……お、ありましたありました」

 少し重そうにして持ち上げられたそれは、まるで大きな楕円形の飯盒のような形をしていました。

 「『標準型キャンプセット』です。これ一つで4人グループで大体1週間は持ちますね。」

 トゥバンさんが蓋を開けてこちらに見せてきたので覗き込むと、中には明らかに入り切らないであろう量の道具が詰め込まれているのが見えました。

 杭や大きな布、小さな包丁のような形をしたものまで様々ですが、いずれも深緑色に染められていました。

 「何でこんなに入ってるんですか……というかどうして全部緑……?」

 「ちょっとした魔法さ、こんな見た目だけど少しばかり魔法の心得があるからね。緑なのはその方がモンスターを刺激しないし目立たないから。そっちのお兄さんはこの子達の連れか何かかい?同じもの要る?」

 何故かレダさんが消えていった方をずっと見ていたらしいフィリソさんは、その言葉に対して小さく肯定の意を示しながらも視線を曲げることはありませんでした。

 「……あぁ、僕の分もよろしく頼むよ。というかレイ君、レダさんの分も考えると全員で四つ分必要じゃないのかい?」

 あ、思いっきり忘れてました……。

 「じゃあこれを四つお願いします」

 「中身を見なくてもいいのかい?商売人としては願ってもないけど……少しばかり不用心すぎるよ?」

 そこは大丈夫です。

 「最初にちゃんと図書館の情報を教えてくれた時に信用していますから。それともトゥバンさんは私達に嘘をつく人なのですか?」

 「……嘘はつかないよ、絶対にね。ただあまりにも君達が純粋すぎてね……」

 私達ではない、どこか遠くを見てそう呟いたトゥバンさん。

 その目は少しの赤色を宿していました。

 「まぁ真贋については信用してもらうしかないね。……はいこれ、四つ分ね」

 カウンターの上に置かれた四つのキャンプセットに触れると同時に、

 《携帯用キャンプセット×4を取得しました》

 という通知と共に、瞬きの間に消えてしまいました。

 多分インベントリに入ったのでしょう。

 「ありがとうなのです。あと、色々狩ってきたので素材を売りたいのです」

 「うん、それじゃあいつも通りここに出してくれるかな?」

 トゥバンさんが指さしたカウンターに、インベントリから大量の素材を出していきます。

 フィリソさんとここに来るまでに、大量のモンスターが襲ってきたんですよね。

 一体一体は余裕を持って倒せるのですが、普段の倍以上の数が一斉に襲い掛かってきたりもして大変でした。

 レダさんがいなかったら危なかったです。

 あの水の刃がすごくかっこよかったです……いつか私達もあんなのを出せたりするのでしょうか?

 色々と考えてる内にインベントリの中の素材を出し切り、カウンターの上には小山が出来上がっていました。

  「大分持ってきましたね?……そうですね、ではこうしましょう。これを相場より少しだけ割安な15万ユルドで買い取らせて頂きたいのです。今の私の持ち合わせがそれくらいなので。その代わり、次にお会いした時に良い服をお譲りします。勿論タダで、です。いかがでしょう?」

 トゥバンさんは、申し訳なさそうな顔でそう提案してきました。

 「もちろん大丈夫ですよ」

 「ちょっと待って」

 私の返答に被せるようにして、これまで黙っていたフィリソさんが声を上げました。

 「どうされましたか?」

 「また会えるという保証がどこにあるんですか?行商人として様々な場所を転々とするなら、会える確率は途轍もなく低い。どうやって次を確実なものにするんだい?」

 「もちろん考えておりますとも。こちらをお渡ししようと思っております」

 そう言って私達全員に手渡されたのは、濃い灰色のヒモが付けられた白い鈴。

 色の対比で鈴がとてもきれいで純粋であるかのようですが、振っても音は一切出ません。

 「それは共鳴ともなりの鈴というアイテムです。効果はただ一つ、対となる鈴を持つ者が近づくと鈴が鳴ります。音は持つ者にのみ聞こえるので注目を集める心配もありません」

 「それだけじゃ分からないんじゃないのです?すれ違ったらどうしようもない気がするのです……」

 「えぇ、ですのでここで情報を一つ。私の次の目的地はピュルガトワール、貴方達と同じなのですよ」

 出会ったばかりの笑顔とはまた違う雰囲気を感じる笑顔でそう告げられました。

 「え⁉トゥバンさんも来るんですか?」

 「生憎、まだまだ用事が残っていて同行することは出来ませんがね。大体一週間くらいでそちらに着くことになると思いますので、鈴に注意して頂ければ必ず会えるでしょう。どうです?これなら大丈夫でしょう、吟遊詩人さん?」

 「……いいでしょう、信じます」

 「ではこちらをどうぞ、くれぐれも無くさないようにお願いしますよ?」

 手と手をしっかりと繋いで友好の証とした所で、私達はこの場を後にしようとしました。

 「あ、そうでした。今から図書館に行く予定はありますか?」

 その直前にフィリソさんに呼び止められました。

 「同じように挨拶に向かう予定なのです」

 「それは丁度良かった、これをバビさんに渡していただけませんか?」

 差し出された手には丸められた羊皮紙が握られていました。

 「もちろん良いですよ」

 それを快諾して受け取ると、見た目の軽さに反してずっしりとした重さがありました。

 「またお使いで済まないね。それじゃあ、よろしく頼みます」

 「任せてください」

 今度こそ、この場を後にしました。

 ……そういえば、あの不審者のお姉さんの姿を見ませんでした。

 あとレダさんもまだ帰って来てませんけど……そうだ、こういう時こそメールを使えばいいのです。

 「『少しお使いを頼まれたので行ってきます。直ぐに終わるので中央の噴水前で待っていてください』と。これで良し」

 さて、改めて図書館に行きましょうか。

 

 

 

 

 何か取り立てるような事も無く、図書館の扉の前まで来ました。

 目的を達成するために、さっさと中に入ってしまえばいいのですが、ここで一つ問題が発生しました。

 「フィリソさんは入れないのです?」

 「私何かやってしまいましたかね?見た所、何かの結界で守られているようですが……」

 うーん、別れの挨拶はしておきたいので、外で待ってもらうしかないのでしょうか。

 私達が通れて、フィリソさんは通れない。

 その違いは一体何なのでしょうか?

 「何で入れないのかさっぱりわかりませんね」

 いくら考えても、何も浮かんできません。

 リュートを持たずに試してもらったり、走って突撃させたりしましたが、いずれも失敗しました。

 「よーし、行くぞ~……ッッ!」

 リュートを私達に預けて、幾分か身軽になったフィリソさんがドアに突撃します。

 ドゴン!と、まるで何かが爆発した時のような音が響きました。

 弾むフィリソさんと、微塵も効いた気配のない結界と扉。

 ダメージを与える所か、突撃の反動でこちら側がダメージを受けていました。

 「痛ったぁ~……」

 「だ、大丈夫ですか?」

 地面に転げたせいで更にその服を汚したフィリソさんは、地面に一発拳を叩き込み

 「かくなる上は、『勇者伝説第三章』に出てくる伝説の若返りポーションを見つけて、私も子供になるしか……!」

 と、見当違いも甚だしい覚悟を宿し始めました。

 「ま、待ってください、それはさすがにやりすぎです!」

 「でも人との関係程大事なものは無いでしょう……!?それくらいしか共通点作れなさそうですし!」

 「―――たかが別れの挨拶の為に、どこまでやるおつもりなのですか?」

 いよいよ血迷い始めたフィリソさんを必死こいて抑える私達、揉み合う形になっているためどんどん汚れて行く中、それを呆れた目で見つめるメイドさんが一人。

 「アッ、バビさんこれはーそのー……えへへ?」

 「取り敢えず、ですね」

 何かの買い物帰りでしょうか、手に持っていたバスケットを地面に置いて、バビさんはフィリソさんの胸の辺りを指さしました。

 その指先から青い光が伸びてフィリソさんの服を包み込むと、汚れが服から剝がれるようにボロボロと落ちていきました。

 感心する私達にもその光は伸びて、同じように埃を落とした後、空気の中に溶け込むように消えていきました。

 「服をキレイにしてきて頂けます?ここ、結構貴重な書物が多いんですよ」

 西部劇のガンマンが銃口を吹くかのように構え、圧のある笑顔で淡々と言うバビさん。

 ……なるほど、この結界の条件はそれでしたか。

 「……ハイ、何かすいません……」

 「いえいえ~」

 本で読んだ通りでしたね。

 世話する女性と母親は強いって。

 



 

 バビさんのおかげで無事に全員で通れるようになった私達は、最初の時と同じように中央の長い読書机にやってきました。

 銀色のきれいな目をしたエンリルおじいさんの姿はありませんでした。

 「どうぞお掛けください、飲食物は出せませんが」

 入口に近い方に三人で座って、その対面にバビさんが座ります。

 「そんなに時間はかからないです。もうすぐ他の場所に行くのでその挨拶と、フィリソさんからこれをバビさんに渡してほしいって」

 インベントリから羊皮紙を引き出して、バビさんに渡します。

 「これは……トゥバンからでしょうか?」

 「分かるんですか?」

 「えぇ、少しばかり面識がありますので。今時、こんなもので連絡を寄越すのは彼くらいなものです」

 封を解いて羊皮紙を読み進めながら話す声色には、親愛と憐憫の二色の温かな色が見えました。

 「ここは、図書館なのですか?」

 「あぁ、そういえばいましたね貴方。あまりにも静かですから気付きませんでしたわ」

 「ちょっとひどくないですか?」

 「人の家の玄関汚す奴に気を掛ける義理があるとでも?」

 「はいすいません」

 レダさんの操る水のような滑らかさで土下座をするフィリソさん。

 何と言うべきか、フィリソさんはこういう動きというか立ち回りが上手いように見えました。

 「成程、そういう事でしたか」

 「バビさん、そろそろレダさんと合流しないといけないのですが……うわぁ!?」

 バビさんは私達の言葉を聞くよりも早く羊皮紙を机に放り投げ、椅子を後ろに弾き飛ばす勢いで立ち上がりました。

 目には喜色を纏い、おおよそメイドらしくない獰猛な笑顔を貼り付けています。

 「フィリソさん、でしたか。あなたに渡す物があります。少々お待ちいただけますか?」

 「は、はぁ」

 バビさんはそう言い残して図書館の奥へと、まだメイドとしての意地?のようなものはあったのか早足で、向かいました。

 「どういうことなのでしょうか?」

 「本場のメイドってあんな怖いものなんですね……」

 それはちょっと違う……私達も本でしか見た事ありませんから何とも言えませんね……。

 「まぁ、あれはちょっと特殊過ぎるんじゃあないですかね?」

 「お待たせしました」

 戻ってきたバビさんは、色々と両手で抱えていました。

 「多いですね?」

 「えぇ、貴方達に渡す分もございますから。先に言っておきますが、別れの言葉は必要ありません。直ぐに会うことになるでしょうから」

 「それってどういう事ですか?」

 「秘密です」

 即答されました。あ、舌出してる。あれ知ってます、テヘペロ☆とかいうやつですね。結構古いネタだった気がするのですが……。

 「まぁ、それはそれとしてです。まずはフィリソさん、貴方にこれを」

 そう言ってバビさんからフィリソさんへと差し出されたのは、鞘に入った一本の剣。

 独特の反りのあるそれは、俗に言う『日本刀』呼ばれるものでしょうか。

 一般的なものと違って、刀身がみ空色に輝いていました。

 「銘は『風信子ヒヤシンス』です。次は無くさないようにお願いしますよ?」

 「え?いや、そもそも剣なんか持った事が無いのですが……?」

 フィリソさんが遠慮をしようとしても、最終的にはバビさんらしからぬ強引さに負けて受けとってしまいました。

 「私が持ってても、宝の持ち腐れですよ?」

 「いいえ、貴方様が持つことこそが絶対条件ですので。それから、お二方にはこれをお渡ししておきますね」

 「これって……また『プラネテス』ですか?」

 バビさんは首を横に振って私達の頭に手を乗せてきました。

 「いいえ、これは『アストランティア』。プラネテスが色を示すのなら、これは花を示すものです」

 頭が急に重くなり、何かがごっそりと抜け落ちた喪失感が襲い掛かってきました。

 それはまるで、起きてすぐの覚醒しきれていない時のような、そんな感覚が全身を巡り、ぐにゃりと視界が歪んで灰色に染まっていき、体はバビさんの方へ倒れ込んでしまいました。

 「――――、――――――、―――――――――――――――――?」

 「―――!?、―――――――――――――――――!?」

 「―――――――。――――、――――――、――――――――――――」

 何かの話し声が聞こえますが、恐らくフィリソさんとバビさんなのだろうという事ぐらいしかわかりません。

 「――――」

 急に体が軽くなった気がします。

 あ、これ意識が






Side フィリソ

 目の前で行われているこれは一体何なのでしょうか。

 双子からバビさんと呼ばれたメイドが、二人の頭から本のようなものを引きずり出して確認しているのです。

 血は出ておらず、本と頭の接点が輝いているので、物理的な命の心配はないのでしょう。

 そうだとしても、おおよそ人間では出来ないその芸当、そして倒れる双子の姿を見て、私はどう思ったのでしょうか。

 バビさんへの畏怖、双子への心配、大道芸で一儲け出来そうだというあまりにも場に相応しくない何か。

 それを整理出来ない程に混乱した頭は、私の口のという機械への潤滑油を注ぎ忘れたようでした。

 「なるほど、この本では、まだまだ足りないという事でしょうか?」

 足りない。

 この言葉が出てきたという事は、何かがその本の中に記録されているという事なのでしょうか?

 「とはいえですね。はいはい、わかりました、さっさと終わらせますから」

 本を再び双子の頭に沈み込ませながら、虚空に向かって会話をしています。

 その目は深く澱み、明らかに人間がしてはいけないであろう色を帯びているのです。

 まるで猿のような、同じ種族でありながらも奥に理性を感じることのできない瞳。

 あの子達はこれが見えていなかったのでしょうか?

 見えていたなら、真っ先に逃げ出している所なのですが。

 ……いえ、入り口で諫められた時に気付けなかった私もダメでしたね。

 「……この事は、ご内密にお願いしますね」

 黒がこちらに向けられました。

 「は、はいっ!勿論です!」

 「大きな声を出すとこの子達が起きちゃいますよ?……あぁ、それと最後に」

 氷よりも冷たい無機質な冷たさが首の左側に触れました。

 「これは私からのごく個人的な質問なのですが」

 なぜか、バビさんから目が離せません。

 「今までの人生で、後悔したことはありますか?」

 「……えぇ、ありますとも」

 「なら、それを挽回するおつもりは?」

 恐怖を押し殺して絞り出すように答えましたが、間髪入れずに質問を重ねられました。

 首元の冷たさが、首全体に囲むように広がりました。

 「それをするために今ここにいます」

 「……ふふっ、変わりませんね、貴方は。」

 「?えっと、あの、それってどういう事ですか?」

 「お二方を連れて早くお行きなさい。レダさんがお待ちでしょう?」

 言いたいことを全て言って、こちらの返事を待つこともなく図書館の奥へと消えてしまいました。

 「え、あ、ちょっとま……えぇ……?」

 聞きたい事は山程ありますが、聞く相手がいなくなってしまえばどうしようもありません。

 「仕方ありませんね……ふんッ、あれこの二人思ってたより重い!?」

 結局、両肩に一人ずつ担いで持っていくスタイルになりました。

 あとこの二人、ずっと手を繋いでいる所為で物凄く動かしづらかったです。

 何か訳があるんでしょうけど、同行させてもらってる身分ですし、文句や詮索はいけませんね。

 「あぁ、それと」

 「ヒェッ」

 「自分の役目を精一杯に、ですよ?私達は、星屑ではありませんから」

 ……本当に、心臓に悪いですね。  

 
















――――――

 偶々入った写真部が廃部寸前で、部室のリニューアル(?)からスタートしたんですけどこれどうすればいいんですかね?

 ひとまず色々落ち着いたのでまた投稿スタートです。

 ・色々と矛盾してるところがあるかもしれませんが、全て仕様です。

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