第二十六話 包み込むは金星
Side レダ
「この服ですか?アイオロスの街にいたエルフの人に作ってもらいました!」
ひらひらと蝶が舞っているかのように回り、カメラに向かって服の自慢をするミオ。
初めてなのに熟練の配信者のように振る舞えるミオとは違って、レイはぎこちなくミオに振り回されていた。
全ての行動が似通った2人にここまで違いが出るとは思わなかったが、よくよく考えてみるとこっちの方が普通だよな。
“今いる場所どこなの?”
「ここがどこかですか。そうですねぇ……後ろを見たら分かるように草原エリアではあるんですけど―――」
「おっと待て、普通は状況説明の為に教えるもんだが今回に限っては教えるんじゃねェ」
口を滑らしそうになっていたミオの頭に優しく手を乗せて言葉を止めた。
何で自分たちがここにいるのか分かって……ないな!そういえばよく分からんテレポートしてここに現れたんだったな!
俺自身も謎の声に教えられてここに来たんだったな。
こいつらと関わり始めてからというもの、デケェ狼と戦うことになるわ知らん声が頭に直接聞こえてくるわでなぁ……非日常の世界なのにそれを超えた非日常を過ごしてるみたいなもんか?
「“これからの予定って何か考えていたりするんですか?”だってよ?」
「これからの予定ですか……そうですね、そろそろレベルも上がりましたし次のエ場所に移動してみてもいいかなって思うんですよね。あっ、なにかいい場所を知っていたりしますか?」
多少言葉が絡まっている感じもあるが、レイもやれば出来る子だったらしく上手く立ち回れているな。
返答のスタイルも双子だな、すんごい似てるわ。
「あの~すいません、ここってどこか知っていたりしませんか?」
「はい?あぁ、ここはアリアドネーの草原ですね!」
「成程ここがそうですか!ありがとうございます!」
いつの間にか横にいたリュートみてぇな楽器を担いだ男の問い……いや待て誰だそいつ?
「待て、誰だそいつは?」
「あっすみません、名前も名乗らずに不躾でしたね!私の名前はフィリソと申します。吟遊詩人として旅をしていたのですが、ちょっと問題が発生してここで迷ってたんですよねー!いやー不覚ッ!」
雰囲気から純朴な野郎だって分かるんだが、どうにも死ぬほど胡散臭ェ……。
オーバーリアクションで返してきた男……フィリソだっけ?は、古代ギリシアの絵画に出てきそうな服に身を包んでいた。
元々は白だった事を思わせる白と土気色が斑になったキトンに黒いクラミスを纏っている。
吟遊詩人と聞いてイメージできるような装飾品は殆ど身に着けておらず、たった一つだけ花の意匠の耳飾りを左耳につけているだけだった。
背に担いだリュートだけが吟遊詩人としての彼を顕していて、逆に言えばそれ以外に彼が吟遊詩人であるという証拠はびっくりするほど無い。
と、そこまで分析したところで草原の奥、少しだけ背の高い草が生い茂る所に何もない空間から滲み出るように人影が現れた。
……あァ、『約束』を守れない奴らがやっぱりいるもんか。
せっかく警告したのに、結局コメントのノリにのっていただけか。
「それでちょっと折り入って相談があるのですが~……いかがでしょう?只今お時間は大丈夫でしょうか?」
「その手の相談はこの子達にやってくれ、俺にそれを決める権限は無いからなァ。それよりちょっと用事が出来た。すぐ戻るからミオ、レイ、二人で話を聞いてきな」
「えっ、あっ、い、いってらっしゃい?なのです?」
「おう」
子供でも守れるような約束事を破るような大人には、キツーイお仕置きをくれてやらなきゃなァ?
《【秘匿】の効果を発動、残り継続時間:5分》
対象の気配を遮断するスキルを相手の視界から外れた所で自身にかけて、念を入れて真後ろに回り込んでから相手を観察する。
偶々ここに居合わせただけで、約束を知らない奴かもしれないからな。
「ふぅむ、ここにいたのですか……」
博士的なキャラでやってます!とでもいうかのように顎に手を添えながら双子を見る男がいた。
取り巻きとして弟子みたいな若い見た目の男女が一人づつ、こちらは双眼鏡を使って双子を見ている。
かなり遠くから見ても分かるだろう白衣を三人そろって着ているというのに、なぜ今の今まで気づくことが無かったのか。
恐らくあの首にかけた白い首飾り、あれが認識阻害のような効果を与えているんだろうと思う。
だってよ、見るからにピカピカ光ってんだぜ?
あれで違うっていう方がおかしいだろ。
「ねぇ博士、もう帰りましょー?配信でもあの大人殺しが言ってたじゃないですかぁ「ルールを守って接してくれって……!」
「そうですよ、私達はこの世界の秘密を探求する事が目標ですけど、覗きとかのモラルを守らない事をしてまでやろうとは思いませんよ⁉誰も気づいていない今ならまだ間に合いますから、早く町に戻りましょう?」
あぁ、部下はまともなのがなぁ、上が愚かだときついよなぁ分かる分かる。
「それはそうなのじゃが、あの双子があらゆる疑問の原点にあるように感じるのじゃ。手がかりがあるというのにそれに手を伸ばさないというのは、儂の信条に反するのじゃ」
なんだその取って付けたような語尾。
まぁ、逃げないなら潰すか。
「【ケクロプスの慈悲】展開」
狙いは全員の足、リソースは腰の水筒の水。
全力戦闘ならともかく、無警戒なら水筒に入るくらいの水でも十分にやっていけるだろう。
「そうだとしてもです――イッタァ⁉」
一番後ろにいた女の両腿を水の槍で貫く。
その血で汚れた赤黒い液体を繋げたまま男の方に向かわせる。
「イギッ!ほら言わんこっちゃないじゃないですかー!」
何か言ってるが無視して博士の方に。
この間俺は一切動いていない、途轍もなく動かしやすいスキルだなこれ。
刺さると同時に【秘匿】を付与させてるから、騒がれても双子に気付かれる心配は無しってな。
五分おきに再使用しないと切れるのが欠点だが、その分のMPはあるしな。
「な、何じゃ!?一体何が―――うぎゃ」
これで終わり。
アイテム頼りでまともに戦闘能力は無かったらしく、死ぬほどあっけなかった。
ここで色々やっちまうと双子にバレるかもしれないから、移動しなきゃな。
三人の脚に刺したままの槍(というよりヒモだな、目刺しをまとめてる縄みたいなイメージだ)を双子から離れるように反対側に引き摺る。
「いだだだだだ!?こ、こらやめんか!白衣が汚れるじゃろう!」
博士は何とかもがいて槍を外そうとしているようだが無駄だな。
だって水だぜ?リソースがある限り伸縮性抜群、応用も効く上に手では持てないオマケつきだ。
「おう、少し黙って大人しくしててくれるか?」
約束を守れなかった奴らにやる慈悲なんてない、確実にここで殺さないと。
双子達が見えなくなる辺りまで引き摺り回して来た所で、【アイオロスの慈悲】を解除して繋がりを解いておく。
……あぁ、何の保護もなしに引き摺りすぎたな、三人とも全然動かないじゃん。
仕方がないのでインベントリから一番最初、初期装備としてもらえる鉄の斧(不壊付き)を担ぐ。
包丁型で魔法チックな【アイオロスの慈悲】ばっかり使ってるから自分自身も時々忘れるが、俺のjobは斧術士なのである。
だからどちらかというとこっちの方が使いやすいんよなァ。
「おーい、起きないのォ?」
足先で三人の頭を小突いてみるが、少しばかりのうめき声を漏らすばかりで碌な反応は返してくれなかった。
まるで陸に打ち上げられた魚みたいだな!
「ほな仕方ないかァ」
魚を解体するときはァ、まず頭を落とすんですよォ。
こう、スパーンってね。
サクッ、と。
近場にいた女の首めがけて垂直に斧を振り下ろしたのだが、土ごとえぐり込むように切ってしまい首を切ったとは思えない軽い音を奏でた。
……あそっか、このゲームにゴア要素ってあんまないんだっけ。
断面から、そして消えゆく女の肉体からポリゴンが散るのを見て、真昼に蛍が舞うようなイメージを持ちながら、俺はそう思いだした。
あーあ、流れる血を目覚まし代わりに残り二人にぶっかけてやりたかったのに。
やりたくはなかったが水筒に残った水を二人の顔面にぶっかけて起こすことにした。
「ブウェ……ッ⁉やりおったな《
何も出来ないくせに堂々としていらっしゃるわ。
土に塗れた白衣を必死にはたいて落としながらも、こちらを睨め付けるその赤い目は強い芯を宿していた。
……あァ、こいつは殺した後も意志は変わらないタイプだな。
「あー、まぁ、うん。取り敢えずどっちも殺すんだけど、なんか言う事ある?」
「……あの双子に聞きたい事があるだけなのじゃが、伝言をお願い出来るかの?」
「ダメだな!お前のその目、目的のある大人がするときの目だ。自分で出来るだろう?」
俺が許すかどうかは別だけどな!
何故か残っていた女の頭部、その髪を掴んで左手に持つ。
右手にに斧、左手に人の頭部、その姿はきっと恐ろしいものだったのだろう。
取り巻きの男がちびってるっぽい染みをズボンに作っちまってるし。
「ヒ、ヒィッ!?だ、だから言ったのにぃ!」
地を這う鼠のように、おおよそ人間らしくない四足歩行で逃げようとする男。
でも駄目だなァ、そっちは俺が引き摺ってきた方向、つまり双子がいる方向だ。
猶更逃がすことは出来ない。
という訳で、【筋力強化・視界強化】っと、そーれっ!
強化無しには到底できないような軌道を描き、這いずって逃げようとする男の背中のど真ん中に命中した。
断末魔も無く崩れて解けるそれを尻目に、呆然とする博士の方を向く。
「お、お主……」
どんな言葉が飛び出すんだろうな?
「なぜ人間を殺したのに赤くならない!?一体何をしたのだ!?」
あー、そういや頭の上に名前が出るんだっけ……え、でも最近のアプデで出せるかどうか決められるようになったんだよな、俺も双子も出さないように設定しなおしたのになんでこいつは見えているんだ?
「何故、お前は見えている?」
「それはだな……ッ」
残った水で【アイオロスの慈悲】を高速展開、即座に脳天を刺し貫く。
チッ……こいつ今何をしようとした!?
ポリゴンとして還ろうとする博士の体、その白衣の裏に手を突っ込み何を取ろうとしていたのかを探る。
何か柔らかい、例えるならばタコを鷲掴み知った時のような感触を手に感じると同時にそれすらも解けて消えていってしまった。
この状況でそれを取り出そうとしたという事は、この状況を打開できる何かがあったという事だからしておきたかったのだがな……。
仕方がない、やる事は済んだからさっさと双子の所に戻っておくとするか。
やるべきことをした満足感と、博士達がNPCなのかプレイヤーなのか分からない事に対する不満、博士が死に際に何をしようとしていたのか、疑問は尽きることは無いが、それこそが人間らしいと思ったのでそのまま胸に秘めておくことにした。
あぁ、それにしても良いなこのパッシブスキル!
殺しても罪にならないとは!
「「カァー、カァー」」
……双子には内緒で頼むぞ?
双子がいたところに戻ると、フィリソが双子に楽器の使い方について教えているようだった。
座っていた双子が手を振ってきたので振り返すと、すぐに立ち上がってこちらに走ってきた。
「レダさん!次の行き先が決まりましたよ!」
「おーそうか、俺ついていってもいいか?」
「元からそのつもりなのです!」
「行先はピュルガトワール、宗教の街です!」
……行くのは良いけど何か胡散臭ェな。
「あ、私行先が一緒だったのでご一緒します!よろしくお願いしますね、レダさん!」
お前もかぁ……厄介事の匂いしかしないなァ……。
―――――――――――
・【
・子供のための行動を行った際、全ての犯罪行為を無視する。
・子供を守るための戦闘行為を行った際、全ステータス2倍。
・称号:『狂い人』を自動取得。
とある町に愛を信じる修道女がいた。
その隣には酷く傷ついた子供がいた。
愛だけでは、どうしようもなかった。
それでも彼女は幸せを願った。
この子の未来に幸あれと、それが届かぬのならその隣に立つ子供が愛に満たされる事を、それすらも届かないのなら他の子供達の幸せを。
願って、行動を続けた果て。
やがてその愛は世界を覆った。
朽ちた骨が、そこにあった。
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