第二十五話 自由意志のブラックホール
Side レイ
「メニューからこれで……あっ繋がったのです」
ミオが黄色い板に指を走らせています。
そこには、白い『配信中!』という文字と共に、私達の顔とレダさんの険しい顔が移されていました。
写真のようにも思えますが、画面の中の私達は今の私達の動きを一分も違わず同じ動きをしていました。
「これってどういう物なんですか?」
「これはなァ、上にもデカデカと書かれているが『配信』っていう機能だ。あとこの画面は動画な……このご時世にこれ知らんって大分やってんな……」
指さした先には、やはり大きく真っ白な『配信中!』の文字。
「どんなことが出来るのです?」
そう聞くと、レダさんは何も言わずに板の右端にポツンとあった『C』と書かれたマークをタップしました。
動画が小さくなると同時に、空いた空間に何か四角い枠が出てきました。
「んで、これが『コメント欄』っていう訳だ。いいか?配信っていうのはな、有体に言ってしまえば他の人とコミュニケーションを取れる機能だ」
レダさんの説明を聞くのも程々に、私達は枠の中で蠢く文字たちに気が傾いていました。
四角い枠の中には文字が読み取れないほどのスピードで上から下へと駆け巡っていて、日本語であるはずなのに未知の言語の本を見つけた時のような気分でした。
「この映像は配信を見ている人達に映し出されて、それに対するリアクションや配信している側にメッセージを届けたい時に使われるのが、お前らが今見ているコメント欄っていう訳だ。ここまでOK?」
「多分分かったのです。それで、私達は何をすればいいのですか?」
レダさんは少し考えた後に、「その黄色い板を少し使わせてくれ。あぁ、お前らは後ろ向いて耳塞いでおけよォ」と言いました。
手を繋いでいる側は塞げないので、さっきのモフモフに二人揃って頭から突っ込みました。
……うん、ミオの鼓動以外何も聞こえませんね。
「―――、――――――?」
レダさんが何か話しています。
黄色い板の向こう側には、一体どれだけの人がいるのでしょうか?
着物の人やバビさん達NPCとは違う、本当に中に人が入っているのです。
……私達は、一体どんな風に会話をすればいいのでしょうか?
このような事を考えている間に話を終えたようで、腰のあたりをトントンとつつかれました。
「ん!……っしょ。あ、レダさんもう話は終わったのです?」
「おうどんな耳の塞ぎ方してんだお前ら……まぁ、言うべき事は伝え終わったから取り敢えず画面の向こうの皆さんに挨拶してやりな」
浮いていた筈の黄色い板はなぜかレダさんが手に持っていて、それをこちらに差し出してきました。
「あぁ、左上の丸の記号を押したらまた宙に浮かぶぞ、いい感じに使い分けてみろ」
レダさんにそう言われましたが、非常事態でもないのでこのままでもいいだろうと考えて手に持って挨拶をすることにしました。
……ミオも一緒に入るように斜めから撮ってみましょうか。大体このくらいの角度でいいでしょうかね?
挨拶……そうだ、あの本に書いてあったあれでいってみましょうか。
コメント欄も絶え間なく動いて色々な意見が巡っている筈ですが、そのスピードに慣れていない私達は一つも読み取る事が出来ませんでした。
画面に映る私達の顔を見て、大きく息を吸って、そして――――。
「――イェーイ!視聴者の皆さん見ってるー?」
「ちょと待て、ストップ、一旦カメラ外せ」
レダさんが横から物凄いスピードで板を強奪してきました。
何か問題があったのでしょうか?
「おまっ……なんだその挨拶!?どこで学んできたんだよ⁉」
「先生から貰った国語の本なのです……?」
先生が持ってきた本なのだから、きっと正しいことが書いてあると思っていたのですが……普通の人にとっては変な挨拶だったのでしょうか?
「何か先生に対する印象が著しく変わった気がするなァ……ま、まあいい。奇を衒わなくていいから別の、『普通』の挨拶で頼む」
再び板を渡されましたが、普通とは一体……レダさんに挨拶した時のような感じでしょうか?
ミオにやってもらいましょうか。
さっきよりも数倍早くなって尚更見えなくなったコメントを尻目に、板をミオに手渡します。
「さっきのあれじゃダメなのです?」
「何か不味かったらしいね。もっと普通な感じでいいらしいよ」
「了解なのです……」
いつもよりもにへらとした笑顔を顔に貼り付けて、浮かせた板の前に立つミオ。
あぁ、あの顔は先生の説教を聞くときにする顔ですね。
つまり何も考えていない顔、頭空っぽで喋る時のミオの癖です。
大丈夫なのでしょうか?絶対あのフレーズが出てくると思うのですが……。
「皆さんこんにちは、ミオとレイです。よろしくお願いしますなのです!」
「お?何か意外とまともな文言が出て来たな?」
あの顔に反して普通の人間らしい対応で、ミオは挨拶という試練を成し遂げてくれました。
その後も当たり障りの無い範囲での自己紹介をこなし、一切読めなかったコメント達すらも適切なものを選び取って反応を返していました。
「そうですねー、ずっと一緒にいるのです!ずーっとなのです!」
初めて見るミオのその姿に、私は思わずこう呟いてしまいました。
「今度から配信の対応はミオにやらせた方がいいのでは?」
ミオのように出来る気がしなかったのでレダさんにそう提案してみると、レダさんは優しく笑いました。
「そもそもなぁ、お前ら見たところ『二人で一つ』なんだろ?それも双子としては良いのかもしれんが、どうせだったら『二人で二つ』出来るようになればもっと良くなると思わねェか?」
成程、レダさんも私達の事を考えての提案だったのですね。
人の善意は無駄にするな、と先生と習った道徳の教科書に書いてありました。
今この状況こそがきっとそれなのでしょう、であれば挑戦してみるべきでしょうね。
「分かりました。何事も挑戦ですね!やってみます」
「おうおう、その意気こそ大事なモンだ。頑張りな」
Side とある一般プレイヤー
そのゲームは途轍もなく鮮烈なデビューを果たした。
『Stardust Online』と銘打たれたそれは、あまりにも変化の無かった俺の人生を大きく歪めて潤してくれた。
所謂VRMMO、この時代においては星の数ほど売り出されてきたゲームジャンルだ。
それだけの数があるという事は、いい作品もあればそれとは真逆の粗悪品だってあるし、どちらとも言えないがその凹凸の無さが故に話題になる事無く塵と消えゆくものだってある。
そして何より、こういう人気なゲームジャンルは人気作がユーザーを占拠していることが殆どで、新作が台頭すること自体が稀なのだ。
『Stardust Online』略して『星屑』と呼ばれるそれがリリースされる前までは、『Rinnovatore Online』というオンラインゲームが覇権を握っていた。
それがどうだ。
星屑が出てきた途端に、オンゲーユーザー達は皆移ってしまった。
MMOの概念を覆す、もはや別ジャンルとすら言える程の自由度。
まるで非現実が現実として目の前にあるかのように広がり続ける景色と色。
スタート地点でのあの美しさは筆舌に尽くし難いものがあり、あれこそがVRゲームとしての極致のようであると誰もが思っただろう。
俺もそうして魅了され、無事にヘビーユーザーに変貌を果たした。
プレイヤーの発見によって色々と解放されるらしく、俺が町をふらふらと探索したり外ではしゃいだりしている内に、『従魔』や『パーティ』の機能が解放されたりしていった。
……まあ、俺はそんな事を気にせず裏通りの喫茶店でデザート貪ってた訳だが。
虚構の世界である筈なのに食事がびっくりするほど美味くて、そのせいで最前線で攻略を行うグループが町から離れたがらず中々攻略が進まないという、おおよそゲームでは起こりえない珍事が起きていたりするらしい。
こういった情報は、運営が自ら用意してくれた掲示板である『Astoronomica』で知ることが出来た。
普通の掲示板だと荒らしとかのやべー奴らがいるもんだが、この掲示板に限ってはさすが公式というべきか。
管理AIみたいな奴がいるらしく、そういった奴らはBANされた後に小隕石がゲ―ム内で降ってくる。
しかもいやらしいことに、その降ってくるタイミングが分からないのだ。フレンド越しに聞いた話によると、レアモンスのラストヒットのタイミングで諸共吹き飛ばされたのだとか。
そんな対策によって平和(料理人ニキや器用貧乏勇者ニキといったキワモノ達を除く)を保たれている掲示板は、時として注目の的を作り出す場所にもなる。
《・【探してみよう】この世界での有名人【礼儀正しく】(2)》
いつもの喫茶店でフレンドと掲示板で情報収集していると、そのタイトルのスレッドが目に入った。
(2)とある辺り様々な有名人がいると思い閲覧してみると、最初に飛び込んだのはいつもの勇者ニキだった。
知ったメンツしか出てこない中、一人だけ俺の知らないプレイヤーがいた。
いや、正確には「一人」ではなかった。
『ふたご座・レイとミオ』と記された二人のプレイヤー達は長時間配信を繰り返していることで有名らしい。
それも中々に珍しいのだが、コメントは一切見ないしカメラの意識すらしていないスタイルから、配信していることに気付いていないのでは?と考えられているらしく、知名度は高いのだが視聴者は少ないという善意によって生かされている愛玩動物みたいなプレイヤーである。
それだけでも十分有名人であるのだが、容姿が珍しい事に子供の双子の見た目をしている上にどんな状況でも手を繋いで行動している事でも注目を集めている。
戦闘の時ですらも、二人いるのに手を繋いだまま器用に戦うという事で人気なのだ。
そして何より、配信中にノイズが走って中断状態となる事があるのだ。
彼らの配信でしか確認されていないそれは、運営に問い合わせても「仕様です」の一点張りで、運営側が隠したい何かがあるのだろうという事だ。
そうやって喫茶店で駄弁ったり隕石が落ちてくる瞬間を目撃して巻き込まれかけたりしてこの世界にどっぷりと浸かっていたある日、その瞬間はやってきた。
双子と一緒に行動していた『子供狂い・レダ』が配信の事を双子に教えたのだ。
その情報は、配信を常に見ていた熱心なファンによって掲示板にもたらされ、プチお祭り状態になった。
そして加速する配信のコメント欄。
あぁ、この世界は本当に飽きないな!
喫茶店で目を輝かせながら配信画面を見る俺は、何も知らない人が見たらヤクをキメている危ない人に見えただろう。
今も店に入ろうとした男が踵を返したし。
……ごめんて店長、包丁持って青筋立てないでよ……カワサキ味があって怖いんだよ……。
――――
バイト尽くしですあ。
AT免許のためじゃ……のじゃあ……。
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