第二十四話  卵と卯

Sideレイ


 「……ここは……?」

 最近、気を失ってばっかりな気がします。

 まだ気絶したままのミオの手を握っているのを確認して辺りを見渡すと、

 本で見た『大聖堂』の内部そのもののような光景が広がっていました。

 かなり薄暗いですが、私達が全力で走っても15秒はかかりそうな程にとても大きな空間に、たくさんの柱が立っているのが見えました。

 その柱の一本一本に絵画のような模様が描かれていて、強い威圧感を感じます。

 上を見上げても天井は闇に隠され見えない程に高く、私達がどれほど小さい存在であるのかを見せつけられているようです。

 「よく来てくれたね!」

 いつの間にそこにいたのか、全身真っ黒の修道女の服装に身を包んだ女の人が目の前に立っていました。

 何でしたっけ……そうだった、ウィンプルでしたね。

 頭に深く被っているそれのせいで顔の全体像は見えませんが、唯一見えている口元は薄く笑顔を形作っていて温和な印象を受けました。

 背は高く、年齢も20代後半くらいであるような雰囲気です。

 発するその声は、気絶する前に聞いたあの声と全く同じでした。

 「ようこそ、私の神殿へ!」

 両手を大きく広げて、私達を歓迎する様子です。

 「ここは……どこなのですか?」

 「ここはぁー……まぁあれだね、君達がいる大陸とは違う場所とだけ言っておくよ。詳しい事は言えないんだ、ごめんね?」

 「別にいいです。こういう状況も一回目じゃないので」

 元の場所には戻すことが出来るという前置きと共に、色々な事を教えてくれました。

 ・女の人の名前は『レル』というらしい。

 ・暇潰しに色々な街を覗いていたら私達が逃げている所を見つけた。

 ・面白そうだから自分の能力でここまで引きずり込んでみた。

 とのことです。

 レルという名前で認識した瞬間、何かが腑に落ちたような感覚がしました。

 何がそうなったのかは、よくわかりませんが。

 「まぁそんな感じでー……おぉっと、もう時間かな?」

 会話が途中でぶつ切りになったと同時に、そんなことをつぶやくレルさん。

 その手は薄く透明になっていて、モンスターが倒された時の輝きを想起させました。

 「レルさん死ぬんですか⁉」

 「いやいや、この身体は幻みたいなものだから、それの維持限界が来ただけだねー」

 赤いポリゴンが散り始めました。

 本来は透明なはずなのに、なぜ彼女から溢れるそれは真っ赤なのでしょうか?

 「何で真っ赤なのです?」

 それを聞くと、レルさんの口が少しだけ、ほんの少しでだけ歪むのが見えました。

 「へーぇ?見えるんだ。この色が……そうだね、この色については秘密にしておこうかな?でもね、私近々世界を巡る機会があるんだよね。その時に会えたら教えてあがようかな!」

 はい約束!と差し出されたと思しき手は、すでに腕ごと消え去った後でした。

 それに気付いたレルさんは足すら霧散しようとしていて、目の前で人体が消えゆく様を見ている私になかなかの衝撃を与えてくれました。

 「あっそうだ手が……じゃあちょっとこっちに寄って来てくれない?」

 「なにをするんですか?」

 「ちょっとした約束のおまじないみたいな?」

 「……分かりました」

 言われた通りに近づくと、レルさんは満足そうに口を綻ばせました。

 その光景は、まるで十代の少女が笑っているようで、修道服に包まれたその体とは全く一致しませんでした。

 「うん、ありがとね。おまじないをした後は、あの町の外側に出るようにしたから追われることはないと思うよ!それじゃ、またね!」

 唐突に近づく黒い影に何かと思う暇もなく、私は――――

 ―――レルさんに、首筋を嚙まれていました。

 かなりがっつり噛まれているのに、不思議と痛みは感じませんでした。

 天井には相変わらず闇をため込んでいて、私の意識と視界もやがてそこに溶け込んでいきました。







 《対象の接触を確認。エンド√666・腐朽のコドクを開始します。》

 《対象者|レイ及びミオに『不朽ふきゅう赤糸せきし』を付与します。》

 《……夢に抵抗して見せなさい、我が子達よ》








Side レダ


 「どこ行きやがったあいつら……!」

 外壁の外へ向かって走り続ける。

 婆さんとこれからどうするのか、そして彼らが配信モードをつけっぱなしにしていることについて話をしていた。

 どういう訳かNPCであるはずの婆さんは、俺達プレイヤーしか知らない筈の配信の存在を知っていた。

 それについて聞こうとしたが、それを見透かしたかのように双子がいなくなった事に話題を逸らされてしまった。

 あの時の婆さんのいやらしい笑顔だけは二度と忘れねぇという思いを胸に押し込んで、裏路地から表に飛び出すと、光と共に今まで聞こえなかった喧噪が大きく感覚を刺激した。

 辺りを見回しても見つかりはするはずもないので、俺はフレンドリストを開いた。

 あいつ等は二人でいる筈なのに、フレンドリストには一人としてカウントされている。

 つくづく特別な奴らだなと思いながら名前の下を見ると、そこには『???』という文字が灰色で記されていた。

 相互フレンドになってから数時間経つと、許可した相手にはそれぞれがいる位置が見えるようになる。

 設定で変えることが出来るが、あいつ等も俺も初めてのフレンドだったもんだからデフォルトの全開放状態だからこその確認方法だ。

 灰色という事は、少なくともプライベートエリアにいるという事だから安心だが、よくよく考えたら配信をしている以上全然安心できないという事に気付いた。

 思わず立ち止まってしまい、大通りを歩くNPCやプレイヤーに不審な顔を向けられる。

 どうしたもんだろうか……。

 (……。…ぃ。)

 どこかから、声が聞こえた。

 周りを見ても、どこにもそれらしき人はいない。

 (おーい。この声分かるー?)

 (……誰だ?)

 (お、やっと繋がった!)

 もしやと思い頭の中で返事をすると、予想どうりに頭の中に声が響いた。

 かつてどこかで聞いたような懐かしさのある女性の声だった。

 (時間内から手短に言うけど、いまから双子ちゃんをその町の外に出すから!それじゃあねー。)

 何が何やら分かったものでもない一方的な要請にうろたえたが、これ以外に足取りが全くつかめないので従う他無いか。

 そう思い至り足を動かしているのが今の状況という訳だ。

 あいつ等と合流したら、この声についても聞いてみないとな。

 そうこうしている内に、検問の門を抜けてアリアドネーの草原に出た。

 「…………」

 待っている間に、狼と戦った場所を眺める。

 水に流された跡も、風に切り裂かれた跡も、それらの痕跡は一切見当たらなかった。

 そりゃそうか、戦ったのは精神世界での事なのだから。

 精神世界で勝った後直ぐに現実へと帰ってきたのだが、目の前にいたはずの狼の姿はなく、システムだけが俺が戦い、そして勝った事を示していた。

 まるで幻のようだったが、町に破壊の跡がある以上、現実にあった事なのだろう。

 相も変わらず新緑を照らし続ける柔らかな日光を全身に受けながら待っていると、不意にその光が遮られた。

 「……?」

 「あ、レダさん!助けてくださぁぁーいぃぃ!」

 上を見ると、双子が上から落ちて来ていた。

 どこぞの石の少女のようなゆっくりとした降下ではなく、重力の力を十全に発揮したフルスピードで、だ。

 「ふええぇぇぇ~~!?」

 あぁ、ミオってガチで焦るとこんな声で驚くのかと思いながら、インベントリから一つの木の実を取り出す。

 それを二人が落ちてくる真下に叩き付けると、実が割れて中から小さな種が数十個真上に飛び出した。

 種たちは空中で破裂音と共に四散すると、中から途轍もない量の綿が飛び出してクッションのように厚く積み重なった。

 「ぷげ」

 「あうふ」

 「……あの高さは初めてだが、案外行けるもんだな。おーい、生きてっかー?」

 ボフンと綿の束に飛び込んだ双子は、まぁ中々に衝撃はあったようだが、生きていればセーフである。

 今投げたのは縮れ珠というアイテムで、効果は見ての通りな衝撃吸収一点のみだ。

 それに特化している分、役目は完璧に果たした上でポリゴンの塵となって消えていった。

 「久しぶりだな?ま、とりあえず今一番にやる事は……」

 配信を切るところからだな。

 こいつらには目が付きすぎだ。

 二人の腕を掴んで持ち上げながら、俺はそう思った。

 きっとそれが正しい選択であるはずと信じながら。





















―――――――

 小論文一気に三つ書けと言われましても時間かかるんじゃい!

 私は失踪だけはしませんぞい。

 

 

 

 


 

 

 

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