Side Faith 信仰のカタチ
Side Rel
宗教って、何の為に存在するんだろう?
そう思ってしまったのはいつの頃だったでしょうか。
……いえ、あれは確か、私が7歳の頃でしたかね。
私は、普通の家庭で毎日を過ごしていました。
両親と仲良くそこそこな生活を送り、それに満足して満ち足りていました。
その日はよく晴れた、どうという事は無いありきたりな一日でした。
「それじゃあ、お使いよろしくね。道はちゃんと分かる?」
持ち物をしっかり確認していた私に、お母さんが心配そうに話しかけます。
「うん!ズバーッと行ってズバーッとまがればいいんでしょ?」
自信満々に答えた私を、お母さんは頭を抱えながら見つめます。
しかしその目には困惑や失望といった感情は全く無く、家族への慈愛のみで構成されていました。
「お母さんそんな教え方してないんだけど……まぁお父さんが教えたのなら大丈夫ね。あなたは賢いものね!」
「うん!それじゃあ行ってきまーす!」
「馬車には気を付けて端の方を歩くのよー!」
大きく頷いて、木製の玄関扉を開けて外へ向かいました。
楽しい……いや、楽しかった筈の初めてのお使いの始まりでした。
開けた瞬間に私を出迎えたのは、一日を懸命に生きる人々の活力でした。
あふれかえる人、人、人。
この一人一人が全員独自の意志を持っているかと思うと、途轍もない感動を持った事を今でも鮮明に覚えています。
遊びの為に外に出ることは多々あったのに、なぜこの時だけそう思ったのかは今でも分かりません。
「おぉ~……いやいや、早くお使いに行かなきゃ」
そんな熱気に魅了されたのも束の間、お使いの遂行の為に言われた通りに端の方を歩き始めていました。
この頃の私は家族最優先でしたから、他人の熱気なんていらなかったんです。
我ながら不思議な子ですね。
熱気から少しだけ外れた端の道は少しだけ薄暗く、そして涼しかったので私の小さな足でも楽しく歩いていけました。
露店の後ろを歩いていると、いろいろな発見があります。
露店の売り子達の背中は色々な色が見えますし、誰がどんな商売をしているかだって見えます。
陰鬱で胡散臭そうな背中をしている薬売りの男の人は、誰よりも誠実で親身な対応をしています。
元気でいかにも実直そうな野菜売りの女の人は貰った金銭を少しくすねて後ろに隠し、私欲を肥やしていました。
熱気の中に混じる陰を感じながらも、私は端の方を歩き続けて目的のお店に着きました。
『よろず屋 ウラニアの鏡』
“大体なんでも売ってます”が信条のお店です。
「こんにちはー!」
「んー?レルかい?いらっしゃい、親はどうしたの?」
私のお父さんによく似た瘦せ型眼鏡の男の人。
名前はレリーフと言って、私のお父さんの腹違いの弟にあたるそうです。
お父さんの実家はかなり大きな商家らしく、複数のお嫁さんを持っていたそうです。
腹違いではありましたがお父さんとレリーフさんの仲はとても良く、それが私が一人でお使いをしても良いという判断に繋がったのでしょう。
「今日は一人でお使いなんです!」
「おーレルちゃんもついにそこまで来たかー。えらいねぇ」
まるで自分の子供の事のように喜んで私の頭を優しく撫でてくれます。
お父さんによく似ているのに、その手は他人であると私に自覚させる感触を伴っていました。
「えへへー……じゃなくて、いつものアレを買いに来たんですよ!」
「あーアレね、今在庫あったかなぁ?奥から探してくるからちょっと待っててね」
そう言い残してレリーフさんは店の裏へ仕切りをくぐって向かいました。
「……いつ見ても変な商品しか置いていませんね?」
何かの生き物の骸骨らしき物体が棚に置かれているかと思えば可愛らしい花飾りが一つ置かれていたりもしていて、何も知らずに見れば全員物置であると答えることでしょう。
「そうだねー。まぁここはそういう店だから。レルも知ってるでしょう?」
それはそうなのです。
ここは何でも屋、文字通りなんでもあって、何でもする店なのです。
「おっとと……あったあった♪これだよね?」
カウンターに戻ってきたレリーフさんの手には、一つの瓶がありました。
「それです!」
「うん、じゃあお代は2000ユルドね……うん、丁度頂きます。持てるかい?」
お母さんから貰ったお金丁度と引き換えに瓶を受け取ります。
お母さんが持っているのを見る分には重くなさそうでしたが、7歳の身体には少々負担が大きいようで、受け取る時に少しふらついてしまいました。
それを見逃さずに心配してくれるレリーフさんでしたが、ふらついただけで持てないわけではありません。
「だいじょうぶです!」
足をしっかりと踏みしめて持てることを示すと、レリーフさんは安心したように胸を撫でおろして私を店の入口まで送ってくれました。
「よし、それじゃあまたね。二人によろしく言っておいてね」
「うん、お父さんとお母さんによろしく言っておきます!」
「なんか違う意味っぽいけどまぁいいや、じゃあねー」
瓶を両手で持っているせいで振れない両手の代わりに目一杯の笑顔で返して、私は家へと帰りました。
瓶は相変わらず重いままでした。
「ただいまー!」
「お、レルか。おかえり」
「あ、お父さん!」
端の方を歩いて家に戻ると、家のテーブルを囲む椅子にお父さんが座っていました。
抱き着くと、強い汗のにおいと太陽のにおいがしました。
嫌悪感は全く湧きません。
「危ねぇ!?っとおい、物持ったまま突撃したら危ないだろ?しかもこれレリの所のヤツか?」
「ごめんなさい、つい嬉しくって……」
かなりの筋肉質で硬い身であるはずなのですが、お父さんは羽毛よりも柔らかく私を受け止めてくれました。
瓶を渡してテーブルの上に置いてもらって、改めて今回のお使いの顛末を話します。
「ほー、ついにお前も一人でお使い出来るようになったのか!はーホント、成長が早ぇえなお前、さすがは俺達の子供だぜ」
お父さんはそう言って私の頭を撫でてくれました。
この人はいつもそうでした。
私やお母さんが何かを言う度に、褒める場所を見つけては褒めてくるのです。
本当に不思議な所からも見つけてくるので、褒め上手というよりは褒め中毒みたいなモノでしょう。
それでも、当時の私は悪い気はしないのでした。
子供って単純ですからね、褒められるという結果だけを見てそこまでの過程なんて気にしないものです。
「ただいまー、ってレルじゃない、もうお使い出来たのかしら?」
別の買い物に行っていたのでしょうか、小さな買い物籠を提げたお母さんが、玄関から現れました。
「あ、お母さん。もちろん完璧にできたのですよー!」
「……本当かしら?あなた、その瓶の中身アレで合ってる?」
初めての割に早く終わったせいで怪しんでいるのでしょうか、お母さんはお父さんに瓶の中身が合っているか確認を求めました。
「おいおい、俺らの子だぞ?間違える筈が……いや、あるかもしれんな。というかこの中身アレなのか……」
お父さんは瓶を手に取り、封を外して中身のにおいを嗅ぎました。
隣にいる私のもとにも、薬草を煎じる時の清涼感のある刺激臭が届きました。
「うおキッツぃ……けど合ってるな、これだ」
「間違っていませんよね……?」
「えぇ、よくやったわねレル。今回のお使いは成功よ!」
その言葉と共に、お母さんからも抱き着かれました。
お父さんとは体格も性格も全く違うのに、とても良く似た温かさを感じました。
家族というモノは、こういうものなのでしょうか?
「そういえば、この瓶の中身は何なの?」
「これはねぇ、調味料よ。私の料理、いつもおいしいでしょ?」
「これが我が家の秘伝って訳だ、ハッハッハ!」
秘伝……この頃は言葉の意味が分かっていなくて、なんかすごいヤツくらいにしか思っていなかったですね。
「よし、じゃあこれを使っておいしい晩ご飯を作りましょうか!お父さんと少し遊んでてくれるかしら?」
「分かった!」
その後は、特段変わった事の無い時間でした。
お父さんとままごとで遊んで、お母さんの作る温かでおいしい晩ご飯を食べて。
陽が沈んだら寝支度をして、三人川の字で眠りに就きました。
そして次の日。
二人は死んでいました。
晩ご飯を食べた机の上に、その首二つがのっかっていました。
その苦悶に満ちた死相を、私は忘れることが出来ません。
口の中には、晩ご飯だったビーフシチューの風味が蘇ってきました。
口の中は、きっとまっかっかでしょう。
首から下は、どこにも見当たりませんでした。
――――――――――
背景を作ると無限に時間が溶けますね……明日も出します。
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