第二十二話 再演
Side レダ
それぞれ四肢を一本ずつ失った状態での戦い。
そんな経験ある訳が無いのだが、俺には秘密兵器がある。
「貫けッ!」
その場でケクロプスを振るう。
ケクロプスは包丁の形をしている以上、闇雲に振った所で届くはずがない。
だがこいつはただの包丁じゃない。
スタタタタタタ、と殆ど音を立てることなく、水のフィールドから棘が狼をめがけて飛び出す。
難なく避けられたようではあるが、これがこの短剣の唯一にして俺の戦い方の半分を構成するスキルだ。
名を【ケクロプスの慈悲】。
周囲にある水分に棘という形を与えて、それを敵に向けて伸ばし貫く。
その水の棘はどういう訳か貫かれても痛みや違和感を一切感じることがない。
その効果に加えて音が射出時の風切り音くらいしかしない所為で、背後から貫かれていつの間にか死亡判定になっていた、という状況さえ簡単に作り出せる俺の秘密兵器。
……なんだけどなぁ。
「まだまだ遅いぞ!そんな物か⁉」
三本脚の癖にさっきよりも素早く動き、全て避けてこちらに肉薄する狼。
白と黒の斑色になったかぎ爪が振り下ろされるが、それを棘を重ねて疑似的な円盾にして防ぐ。
もとは水なのにこの剛性はどうなってるんだと思わないでもないが、そんな事よりこいつに攻撃が届かない事が問題なのである。
一応あと5分くらいで最終奥義を使えるのだが、出来ればコイツには使いたくない。
つまり人間様の知恵だけで、身体能力が全てにおいて上位のこいつに勝てという訳だ。
ガリリ、と金属同士が削り合って響く音と共に攻撃を防ぐ。
んー、実に結構。
コイツは本気で気に入らない相手だから、ハンデ付けた上で潰した方が面白れぇしな!
「展開」
相手が右前脚でこちらを切り裂こうとした瞬間に、円盾の棘を花が開くかのように展開させて迎え撃つ。
花の花弁か食虫植物のそれか、中に入ったモノを捩じ切ろうとするかのようなそれを見て、狼は円盾のすぐ横に脚を降ろす。
という事は三本脚である以上明確な隙ができる訳で。
そこを狙って叩き込む。
「抱擁」
地面から棘が左右から狼を挟み込むように大量に湧き出し、そのまま挟み込んで貫き潰そうと迫る。
「まだ遅い。【
当たる寸前にさらに加速した狼は、俺から離れるように走り抜けて棘の魔手から逃れた。
さすがに当たるとは思っていなかったが、さらに早くなるとはな。
最早目で追い切れないレベルになってきた所為で隙がある時すら攻撃が入らなくなりました、と。
んあー、キッツいなぁ!
さすがはレイドボスさんだぁ。
そんくらいやってもらわないと面白くねぇなあ。
「では次は此方から行かせてもらおう……か!」
その言葉を残して風を切る音と共に狼の姿が掻き消える。
周囲から音が聞こえるが、どこに居るかは見えない。
……静かに待っていたら死ぬな。
風切り音が止まるのとほぼ同時に気配が近づくのを感じる。
「ッ!剣山!」
当たれば必死の一撃に対して俺のとった対処は、棘を出すことだった。
ただし、愚直に出しただけでは流されて終わるだろうから、全方位に今出せる限界量をだ。
これなら流石に引くだろうという思惑通り、先程と同じ位置に狼が現れた。
確実に何本かは刺さるだろうと思っていたのに、その身には刺さった形跡は一つもない。
「おいおい、少しくらいはダメージ受けてくれよ」
「ほざけ、当たったら死ぬようなブツに誰が自らぶつかりに行くものか」
再びの颶風、再びの針地獄。
ここまで約2分。
お互いのリソースを出し合った戦いは、千日手の様相を顕し始めていた。
「ええい、いい加減にくたばらないか!」
「勝たなきゃいけねぇのに負けようとする馬鹿がどこに居んだよ⁉」
この形態になってから早2分。
一人と一匹の戦いは、情報戦へと変化していた。
それぞれのスタイルの穴を探し、試行錯誤を繰り返す。
行動地点を予測して棘を出すも、二段ジャンプのように空中で跳ねられて躱される。
上空からの雨によって無限に増え続けるリソースにモノをいわせてエリア内全域に棘を出すも、必ず隙間が生じるという弱点を看破されて対処される。
そのような戦いが続いていた。
地面の薄ピンクもだいぶ薄くなってきた。
奥義以外の奥の手もいくつか残したままだから、そろそろ決めようか。
棘塗れの大地の中心に立ちながらそう思考する。
その時、風が止んだ。
「……一つ、聞きたいことがある。殺す前にな」
「んだよ、今更喋る事なんてあるか?」
「なぜ私をそこまで恨むのだ?」
「……恨んでなんかいないぞ?そもそも初対面……ではないが、ほぼ初対面みたいなもんだろ?」
「違う、お前の出す棘だ。あれにはお前の怨念が籠っている。何がお前をそこまで動かすのだ」
本当に今更だな、殺し合いしてんのに何言ってんだこいつは。
「本当に何言ってんだ?動かねぇならそのまま死ね」
棘を一本、狼の腹を最速で貫くように突き出す。
確実に気付いていたであろう狼は、それでも動かず棘に貫かれる。
ここまであっさりやられるとは思っていなかった。
そう思ったのが油断だったのだろう。
サラリ、と。
狼の身体が砂のように消えて、目の前には大きく開かれた顎。
「―――ハハッ」
自分の愚かさを笑い、ガニュメデスを強く握って目の前へ向ける。
すると、短剣が棘となり鋭く伸びて口内に突き入れる形となった。
再び狼の身体が解け、正面の少し離れた場所に空間から滲み出るように現れる。
「そのような術があったとはな、驚いたぞ」
「こっちのセリフだバカタレ」
あー頭いてぇし吐き気もすげぇな、何でこんな所までリアル仕様なんだよ。
ゲームなんだから軽くしてくれよ。
「ふむ、どうやら反動があるようだな」
「ねーよ」
あの技は体の中の水分を無理やり短剣に吸収させて、それをリソースにして棘にする技だからな。
水分不足の時の症状もばっちり再現、その上棘に精密性を持たせる短剣も無くす諸刃の剣って訳だ。
まぁ、棘自体は問題なく出せるからいいんだが。
「その分ではまぁしばらくは大人しいだろう。私の質問に答えてもらおうか」
「……チッ、何が聞きたい?」
相手に乗るのは癪だが、回復しなければ戦えそうもないしな。
「さっきも聞いていたが、なぜ私をそこまで恨むのだ?そこまでの事を私はしただろうか」
「お前双子殺そうとしただろオイ、忘れたとは言わせねぇぞ」
ふむ、と思案した様子を見せる狼。
無防備ではあるが、棘の制御が不安定な上、詳細不明のあの技がある以上リスキーな行動は出来そうもない。
「……それ以外にもあるのだろう?」
「ねーよ」
「いやある。声に黒く残っている」
「意味ワカンネ。……お前の考え方が気に入らねぇ、それだけだ」
「どういう意味だ?」
まじでわかんねぇのかコイツ。
「じゃあ聞くけどよ、お前の親ってどんな存在よ」
「私を救ってくれた存在だ」
右から風、棘で迎撃。
こいつも本気で攻撃してきたわけではないらしい。
「そこが気に入らねぇのよ。親に捨てられといてまだ親を信じるのか?」
「私を救ってくれたからこそだ。きっと私を捨てたのも何か判断の為だったのだろう。……待て、なぜそれを知っているのだ?」
左から棘、右60度に移動する狼。
「そんなことは関係ないだろう。……そうか、やっぱりお前とは相容れないな」
「……成程。お前も親に捨てられでもしたのか?」
「なぜそう思う?」
「その質問が答えのようなものだろう。親が子の事を考えないとでも思うのか?」
心底不思議そうにこちらを見る狼。
その目には親に対する猜疑心など一切存在せず、ただ自責のみが写る。
「だからさぁ、お前のそれが気に入らない。その思考、その目、お前を構成する全てが気に入らない。だから殺す」
「そうか、だがお前は―――」
(6分の経過を確認。スキル・フォーマルハウトを発動します。自動詠唱を開始、リミットは1分です)
その声は、俺と狼の両方に聞こえたらしい。
そういえばそんなものがあったなぁ、と戦闘中にも関わらず惚けてしまった俺。
明確な死のタイムリミットが唐突に生まれたことで焦り出す狼。
焦りが隙を生むのか、少しだけ見えるようになった牙が向かって来るのが見えた。
反射で後ろに大きく下がってそれを避け、その勢いを利用してさらに大きく跳ねて距離を取る。
(あるところに少年が居ました。その手は大きく暖かいものでした)
雨がさらに強くなり、暗雲がより深く立ち込める。
周囲に棘を展開して相手の行動に備える。
白黒の斑だった狼の色が白一色へと変貌していくのが見えた。
おそらく最終形態ってやつだな、一分間逃げりゃ勝ちか。
勝ちの条件が決まってるだけマシだな!
「話は終わりだ、死んでもらおう!」
「上等だオラ!」
狼の輪郭がブレるのを認識すると同時に、右側に出現するのが見えた。
慌てて対応しようとしたのだが、なぜか嫌な予感は左側から伝わってくる。
本能だけで反応して今出せるだけの棘を全て左に展開すると、外側の棘が風の力に負けて折れるのが見えた。
うっそだろお前、ついに棘の強度を超えたし不可視の攻撃出してきやがった⁉
折れた棘自体は水面に落ちれば水に戻って再び棘として使うことが出来るから問題ないが、全周防御として展開することが出来なくなったって事だ。
実質安置封じだな!クソが!
それに驚く間にも、本体が右側から迫り来る。
(少年はその温かさを皆に分け与えました。少年の理想の世界が其処にありました)
足元の水の大地はより深くなり、俺達を囲むように水がせり上がり始める。
相変わらず姿は見えないが、基本的に直線でしか行動しないので対処はし易いのが救いだろうか。
右に全ての棘を集中させて、狼の方に先端を向けて返しにする。
何本かは砕け散ったが攻撃を止めれた事に一安心―――すると同時に正面から鎌鼬。
「【
ゲーム内時間で一日に5回まで使える、一方向にバリアを極短時間展開するスキルでギリギリで防ぐ。
(そんな少年でも救えないものがありました。その手は短く、答えの台まで届くことはありません)
壁はさらに持ち上がり、さらに厚く重なり合う雨雲によって少しずつ光が閉ざされていく。
モノクロの世界を黒と青が染めていく。
バリア越しの歪んだ視界の中で目を凝らすと、大雨の粒が明確に避けている空間がある事に気付いた。
どうやらそこに風が溜まっているらしく、それは空間中に大量に配置されている。
という事は移動制限もプラスと。
「くっそ面倒くせぇ!」
「グルオオォアアアアァァッ‼」
最早人語すら話さず、狼そのものの本性を現して襲い来る狼。
風は厄介だが見ることが出来るならギリギリ対応できる上に、なんというか攻撃が単調になっているんだよな。
冷静さを無くすという事がどれだけのハンデを生むのか実感できる。
(温かさを分けた人達は誰も踏み台になってはくれませんでした。誰も手を差し伸べませんでした)
地面の水達が渦を巻き始める。
そうしている間にも詠唱は進み続ける。
死の足音は大きくなり続ける。壁は果て無く上り続け、俺達のいる場所は少しづつ水で満たされ始める。
風を受け止め、直線的な突撃しかしない狼の攻撃をいなす。
(やがて少年の手は冷たくなり、そして氷となって砕け散りました。もう彼は誰の手も取れず、差し伸べることも出来ません)
最早光は狼だけとなり、周囲はすべて闇で満たされる。
このまま捌けば勝てると思ったが矢先、後ろからの風を感じた。
膝丈まで来た水のせいで避け切れず左足の腿を大きく切り裂かれ、ゲームの中とは思えない激痛に思わず膝をつく。
(いつか彼は光を見ました。遍く全てを拾い上げる光を)
水は胸の辺りまで満たされた。
光が猛スピードで近づいてくる。
俺は今日で三回目の【白静】で防ぐ。
(そして少年は甕を背負いました。自身の氷も世界の澱みも、心の代わりに全てを燃やして灰を貯め込む棺を)
空間の全てが水で満たされる。
脚の裂傷から流れる血が溶けだしていく。
煌めく光、全ての【白静】を展開して凌ぐ。
(彼が背負いし贖罪は、遍く罪の到達点。全てを呑み込め―――)
終わりだ。
【フォーマルハウト】
それを唱えた瞬間、幾本もの黒い棘が水の中で光り輝く狼を囲むように展開した。
そしてその棘達は、狼をジワジワと追い詰めるように、逃げ場を無くしていくかのように間隔を狭めていく。
蓋をされるように、光が闇に吞まれていく。
ある程度まで近づいた棘達は急加速し、そして―――
―――狼を貫いた。
光はもう存在しない。
深い深い水の闇だけが、優しく静かに俺を包んでいた。
「ッ……頭いってぇ……」
頭の痛みで目を覚ますと、モノクロの世界だけが俺を出迎えた。
水も狼も見当たらない。
戦う前と何も変わらない景色がそこにはあった。
……いや、一つだけ違うものが落ちていた。
「……」
無言で立ち上がり、ふらつきながらもそれに近づく。
薄い黄色に光輝く楕円形の宝石らしき石。
消えゆく星の光を思わせるそれは、状況から考えるに星狼からの戦利品的な奴なのだろうが、どうもコイツには触りたくないと思ってしまう。
……きっと、コイツを持ち帰ればいい武器にでもする事が出来るんだろうな。
双子に渡したっていい。きっと喜ぶだろうから。
……無理だな。
壊すか。
腕を治すために、婆さんから貰っていた回復クッキーをかみ砕く。
強いスパイスの風味に顔を顰めると、その数舜の間に左腕も足の裂傷も回復していた。
「はは、どんなクッキー渡してんだよあの婆さん」
丁度良く、すぐ横に落としたままだった斧の握りを掴む
狼の左前脚を切り落とした時のように、大上段に構える。
今回は動く必要がないので、深く腰を落として重心を安定させる。
「俺の勝ちだ、狼。さようなら」
振り下ろした。
《レイドボス:
《レイドクエスト、『
《『エンド√009・カタステリスモイ=アルゴ』の失効を確認しました。》
《討伐者は
《『リデンプション√009・
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