第二十一話  青さ纏いし星屑

 Side 

 色の無い草原がそこにはあった。

 灰色の城壁が向こうに見える見覚えのある景色の中に、一人と一匹はいた。

 どちらも目の焦点は合わず、現実の事を認識していないかのように虚空を見つめている。

 そんな時間が暫く経って、先に正気に戻ったのは人の方だった。

 「……嫌な夢を見たもんだ」

 頭を振って陰りを無くし、もう一体の方を見据える。

 「ずっと、そうしているつもりか?それなら殺しやすいからまぁいいんだが」

 すぐ横に落ちていた斧を担いで星狼へと歩き出す。

 横たわったまま動かないそれは、いつの間に変わったのか纏わりついていた泥は無くなり、纏わりつかれていたところは代わりに白く変色していた。

 その斑を不思議に思いながらも、その歩みは止まらない。

 そして星狼の首の前で立ち止まると、得物を大きく振り上げる。

 「……動かないか。それじゃ、さよならだッ!」

 振り下ろした瞬間、横たわっていた体ブレて斧は霞を切って地面に突き刺さった。

 霧のように消えた星狼に驚きつつも、感づいていたかのように前方に転がる。

 それと同時に後ろで空を切る大きな牙。

 それぞれの行動を終えて、直前とは真逆の位置で対峙する両者。

 「おうおう、不意打ちとは珍しい手を使うもんだなぁ?狼の誇りはどこに行ったんだァ?」

 「お前を相手にするのなら、誇りは必要ないと思ったのでな」

 馬鹿にしたように鼻息を吐き、前足で地面を削る星狼。

 その目に光は無く、暗い決意に満ち溢れていた。

 「ほぅ?随分自信があるようだなぁ?未だに母親に助けてもらう良いオツムしてる癖によぉ」

 「親を捨てた者にその口が付くのも不思議なものだな。見たぞ、お前の親の意志とそれを切り捨てたお前の選択も」

 レダは黙って鈍く光る切っ先を星狼に向ける。

 「そうだな、お前の言う事も尤もだ。俺もあれを見て驚いたさ、親父が赤の他人だったことも、母親が全うに母親してたこともな。―――――――【宣誓プライドコール】」

 (宣誓の発動を確認しました。祝詞の詠唱を開始、発動まだ残り3:00分)

 「だがなぁ、あいつは俺に危害を加えたんだよ。親と呼ばれる存在が子に危害を加えたんだ、俺からしたらその時点で敵でしかない」

 腰を深く落として斧を下段に構える。

 (我、唯一にして頂点なり。その上に遮る物無く、万物は下なり)

 それに呼応するように、灰色の雨雲と霧が両者を囲み始める。

 「……お前からしたら親を捨てない事が正解だったんだろう?お前の願った通り、おの為に死んでいってくれたんだからな?」

 (我、努力の屍の上に君臨する者なり。その上に遮る物数多在るが故に、屍の山を以てそれに追いついて見せよう)

 「あぁそうだ。親とは、そして上に立つ者とはそういう物なのだ。子の為に生きるからこそ親としていられるのだ――――――【誓いのプライドソウル】」

 少しずつ纏わりついていた霧を払うかのように、静かな風が星狼を包み込む。

 奇しくも同じ宣誓を行い闘志を高め合いながら、一人と一匹は言葉を紡ぐ。

 「なら尚更お前が言えた義理でもねぇよなぁ?子供一人守れなかった癖によぉ」

 (我、慈愛纏いし者なり。その心は深く下に底などない)

 「だからこそ、だ。だからこそ私はお前に立ちはだかるのだ。あの双子を守りたいんだろう?ならば私を超えて見せろ」

 これ以上の会話は無かった。

 (されどその心は脆く、故に意志の鎧を纏おう)

 爪を研ぎ、斧を構え、闘志を燃やす。

 (その心の揺らぎは心を砕き、故に覚悟の泥を纏おう)

 全ては一瞬、ただこの一戦の為に。

 (私は白鳥、覚悟と意志の代行者、静寂の中に佇む者)

 (詠唱完了、【宣誓・白鳥の如く】を発動します。効果:次の一撃の威力増加・極大、次の一撃に固定ダメージ追加・大、次の一撃までダメージを無視、特殊フィールド生成)

 (時間経過3分を確認。【誓いの魂:孤隠星狼】の最終効果を発動します。効果:全回復、フィールド効果無効、単独時全能力強化・極大)

 「――――――ッ!」

 初めに動いたのはレダ、手にした斧に水色の輝きを纏わせた後に大上段で振るう。

 それに対抗して星狼も横に回避しようとしたが、それに追従するように斧の軌道が歪んで首を両断しにかかる。

 『なッ⁉』

 それでもボスクラスの意地というべきか、致命傷足りえる部位を強化された知覚で無理やり対応して避ける。

 そして刃が断ち切ったのは―――左前脚。

 逆関節のある辺り、所謂かかとを分かたれた星狼はふらつきながらも三本脚に素早く適応して反撃を行う。

 慣れない動きは行動速度も遅くなるのだが、振りぬいた後の明確な隙を狙われた所為で回避しきれない。

 声は上がらなかった。

 狙う先は―――左腕。

 奇しくも先程の意趣返しのように閉じられた顎は、物の見事に左腕だけを引きちぎる。

 そのまま横を駆け抜けて十分に離れた後、銜えていた腕を吐き捨てた。

 「……最初から脚を狙っていたな?狡い手を使うものだな」 

 「バカ言ってんじゃねぇよ、お前を一撃で倒せるとは端から思ってないからな。機動力落として少しずつすり潰下方が確実だ」

 それぞれが無くなった部位に目をやると、赤く染まった液状の何かが霧散する事なく地面に積み上がって来るのが見て取れた。

 レダはまるで血のように流れ出るそれに目を顰めつつも、隻腕となったことで使い物にならなくなった斧をそこに投げ捨てる。

 重量のある斧はそれ相応の波紋を生み、びちゃりと跳ねた赤色が顔に身体に染み付いていく。

 「さてと、ここからは泥臭ぇ削り合いだ。今のお前となら五分だろ」

 「この広さならば、私のほうが有利ではないか?」

 この広さ、とは草原全体を使うとでも言っているのか?

 だとしたら、節穴にも程があるな。

 「周り見てみろよ、その後でもう一度そのセリフを言ってみろ」

 「一体どういう……これは……水?」

 見れば、周囲を壁で囲むように、湖面を形作るかのように水が集まりだしていた。

 赤い液体が水と混ざり合い、赤い根が張っていくかのように広がっていく。

 上を見れば、その水の元となったらしい雨雲達が渦巻いているのが見て取れる。

 「そんなにぼんやり見ていていいのか?敵は目の前にいるぞ?」

 上を向いて無防備になった星狼の首へ煌めく何かが放たれる。

 余裕を持って避けたその目が捉えたのは、白く輝く鋼の短剣。

 人が見たのなら包丁だと形容したであろうそれは、ポリゴンに解けてレダの手元へと集まり、元の形へと再構成された。

 「片腕じゃこの斧は扱えないからな。これでその喉搔っ切ってやるよ」

 「……そうか、それがお主の本質か。」

 包丁を持ち、自身も水に濡れながらも笑う姿は、どうしようもなく眩しく見えた。

 或いはそれは、選ばなかった道の末路を見た安心感故のものなのかもしれない。

 それがわかるものは誰もいないだろう。

 「――――――・―――」「―――――――・――」

 (【誓いの十二星・水瓶座】を発動します。効果:武装・ケクロプスを獲得、6分後にスキル・フォーマルハウトを自動発動、発動後効果終了)

 (【詩人四十八星・狼座】を発動します。効果:身体能力向上・極大、特殊武装・贄の野獣を獲得、スキル・幻像を自動発動、一定数発動後に効果終了)

 手には白金を、脚には斑のかぎ爪を。

 水に沈んだ所為か、風で草が擦れる音すらしない。

 驚くほどに似通った一人と一匹は、されど真逆の道を征く。

 薄ピンクのレーヨンに包まれて、二人だけの追走曲カノンが始まる。















 さぁ、我が子たちよ、答えを教えて見せなさい。

 貴方達の答えだけが貴方たちの道を照らすのだから……。

 


 

 

















―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 コロナにかかってました。

 二回目だけどびっくりするほどきつかった……

 あ、ちなみに、もう一話だけ続きます。ゆるして。

 

 

 

 

 


 

 

 

  

 

 

 

 

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