第二十話 変われない物
Side ???
望みとは、何なのだろうか?
強く求めれば、それは望みとなると頭領は言った。
ならば、この願いは届くことはあるのだろうか?
死に際でも、願いは濁らずに届いてくれるのだろうか?
今瞳を閉じれば二度と開くことはないだろうと自覚しながらも、閉じる。
願いには、視覚など必要ないから。
ただ
今はただ、あの子に光を――――――
今日、あの子を捨てて来た。
群れを、我らの種を守るために。
我らの群れはこの草原の頂点捕食者だった。
天敵が居ないために悠々と、されど頂点故に守護者として生きて来た。
大地を育み、生けるものを狩り、己が身すらも大地の糧とする。
そうして我らは生きて来た。
だが、奴が現れた。
始まりは、とある狼の胎の仔についてだった。
同時期に生まれた他の仔よりも明らかに大きかったのだ。
頭領は「この子になら次のボスにふさわしいな!」などと喜んでいたが、私はそうは思わなかった。
元来、仔というのは瞳に好奇心を宿すものだ。
それがどちらを向いているかを抜きにして、だ。
だが、この仔だけは違った。
瞳に何も映していない。
生への渇望も、大地に生きるものとしての矜持も、なにも持たない者の目をしていた。
それを認識した瞬間、私の心には『殺さなくては』という感情と、それを自制する群れとしての意識で卒倒しそうになった。
今となって思えば、その時にすべての制止を振り切って殺しておくべきだったのだろう。
その図体を理由に優遇されて育ったそれは、とてもではないが我々とは似ても似つかないモノだった。
他を助ける訳でもなく、自身より弱い者を徒に苛め抜いた上でそれを「訓練」と称し正当化する。
それに納得する頭領も異常だ。
ある日、頭領の目を正面から覗き込む機会があった。
まさかとは思っていたが、案の定その目は曇り切っていた。
頭領になったばかりの頃は、仲間を率いる覚悟と自信に満ち溢れた明るい色を宿していたというのに。
何が彼をこんな風にしてしまったのだろうと思うと同時に、きっとあいつが原因なのだろうという直感にも似た確信を得ていた。
……それを思い知った日の翌日、頭領は死んでいた。
その黒い毛皮は色の抜けたかのように白との斑状になっていた。
『……これが、あなたの答えですか』
頭領の亡骸を地面に埋めて弔いを終えて、私はあいつの住処に来ていた。
頭領の身体には、喉元に狼の嚙み跡があった。
大きな歯形を持つ生物は、私達狼しか居ない。
そして、私達の村に同族を殺すような奴は一人しかいない。
『いやぁ、案外見ている人もいるもんですねぇ』
飄々として問いに応じる狼。
その体毛は、頭領と同じように白と黒の斑になっていた。
……気に入らない。
白とは正反対の性根の奴がなぜその色を纏っているのか。
『ずいぶんと丁寧な話し方をするものですね?』
『一応、次期頭領として色々学んできましたからねぇ』
『もう一度だけ聞きます。……これがあなたの答えですか』
『えぇ、そうですね。腑抜けた頭領を殺し、群れの意識を締め上げること。それが私の目的です。なのでまぁ、ある意味答えみたいなものですね』
同族を、その長を殺したのにも関わらず、表情に一切のブレが見えない。
『そうですか』
『だから何だというのです?』
群れの秩序を乱した悔いも、自身の目的を達成した喜びも、それ以外のいずれの感情も宿さぬ顔貌。
どうにも好きになれないな。
『群れの秩序を乱す者に下るものは分かるでしょう?』
そんなことよりも大事な事があるのだが、まぁ態々伝える義理もない。
『……えぇ、大体予想は出来ていました』
『そうですか。なら話は早いですね』
裏切者には屈辱を。
和を乱す者には粛清を。
『殺します』
『……ラストバトルっつってね……』
何よりも。
我が子の害となるモノは微塵たりとも残しはしない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
明日までで一括りー。
・
その姿は気高くあった。
その意志は鋼よりも硬く。
されど白に染まってしまった。
硬きは崩れ、気高くは堕ち、やがて斑へと至った。
その色は、たった一つの使命のために。
その命すら、計算に含めよう。
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