Side Goal   『始まりとの邂逅』

Side レイ


 「うぅ……?」

 頭の痛みと共に目を覚ますと、記憶の最後の方にあった町の広場とは全く違う幻想的な空間に立っていました。

 足元は真っ暗で、それ以外は全部真っ白に輝いているのです。

 目が眩む事も無くはっきりとした視界が広がっていて、前方には一人の女性が中世の宮殿にでもありそうなティーセットでお茶会を開いていました。

 その女性は20代くらいでしょうか?バビさんと同じくらいの見た目ですが、お姉さんというより……先生と一緒にいる時のような感じです。

 成人女性の中でもスレンダーな体、薄緑色で何故か輝いているショートボブの髪、

目は真っ白で人間らしさを感じさせず、ギリシャ神話の絵で見た白い一枚布を巻き付けただけのようなドレスを着ています。

目を閉じてカップを傾けていたお姉さんは、見つめていたこちらに気づくとふんわりとした笑顔でカップを置きました。

 「あらまぁ、かわいいお客さんだこと」

 「あの、ここは何処なんですか?」

 「ふふっ、まずはここに座ってご挨拶、でしょ?」

 いつの間にかお姉さんの隣に椅子が出てきていました。

 促されるままにそこに座ると、テーブルの上に私達の分のお茶とクッキーが空間から滲み出るように現れました。

 「ありがとうなのです。私達はレイとミオなのです、星屑?らしいのです」

 「うん、知ってる♪でもしっかりと礼儀正しくできたわね、いい子だわぁ」

 笑顔のまま頭を撫でられます。

 その手つきは市場の不審者さんよりも柔らかく、気が抜けてしまうような撫で方でした。

 「お姉さんは何者なのです?」

 こんな不思議な場所にいる時点で変な人であることは確実なのですが、どうしても不審者さんだとは思えません。

 不思議です。

 「ん?私はねー……んーそうねぇ、スクレとでも呼べばいいのかしらね?」

 「……?どうして他人事のようなのです?」

 「ここに誰かが来ること自体最近になってからだったからねぇ、一人だと名前なんて関係無くなるでしょう?」

 言われてみるとそうなのです。

 他との識別として名前が存在するのなら、一人であれば必要がなくなるのです。

 そう考えている間にスクレさんは私達を撫でる手を止めて椅子から立ち上がり、奥の方(どこが奥になるのでしょうか?)へと歩いていきました。

 その横には、クッキーが入った器とお茶のカップが浮かんで追従しています。

 「さて、なんであなたが此処にやって来たのかというとー、まぁ簡単に言っちゃえば特殊な気絶状態になっちゃったからだね!」

 「気絶、ですか?」

 そんな記憶は無いのですが……。

 首を傾げると、スクレさんは頭を抱えてしまいました。

 「あーそっかぁ、覚えてないのかー……」

 「取り敢えず、ここは別世界のようなものという事ですか?」

 「それで大体合ってるよ。人間の精神体だけがこの領域に来れるからねー」

 それで、と。

 スクレさんは此処に至る経緯を説明してくれました。

 広場で聞こえた恐ろしい唸り声の主はあの星狼さんらしく、その後の攻撃の余波で気絶してしまったらしいのです。

 レダさんに目を塞がれた時は何事かと思いましたが、そんな事が起きていたとは思いませんでした。

 「じゃあレダさんや不審者さん達はどうなったのです⁉」

 「レダさんは生きてるねー。不審者さんはー……いい感じに逃げてたらしいね、運がいいねー!」

 「良かったのです……」

 そうやって安堵している間に、スクレさんは座っている私達の背後に現れました。

 いつの間に移動したのでしょうか?

 「私はこの空間の管理者ですから!すごいでしょー?」

 良く分からないけど多分すごいのです。

 「ちょっと一回抱き着いてもいい?」

 心なし鼻息荒く、口早にそう聞いてきました。

 どうしていきなりそんなことになるのでしょうか?

 「どうしてそうなるのです?」

 「えへ、なんとなくだけどー……いいでしょ?」

 スクレさんもヤバいタイプの不審者さんなのかもしれません。

 「いいですよ」

 どうしてそう言ったのでしょうか?

 自分でもなぜそう言ったのか分からず動きを止めている間に、スクレさんは全身で包み込むようにハグをしてしまいました。

 「あはー温かーい。でもやっぱり不安定だね」

 安心させる熱に包まれ、未知の場所や経験に少しだけ強張っていた体の緊張が全て解けていくのを感じます。

 それにしても、さっきから不思議なことばかり言っているのです。

 「それってどういう事なのです?」

 「それはねー……あ、丁度良いタイミングね!」

 その言葉と同時に、頭に小さな本がぶつかってきました。

 「うぅ……これは何ですか?本?」

 「大丈夫?ごめんねーまさかピンポイントに頭に落ちてくるとは思わなくて……ちょっとしゃがんでもらえる?その本を取りたいから」

 なぜか抱き着いたまま本を取ろうとするスクレさん。

 仕方なく一緒にしゃがんで本を取ってもらうと、群青色の装丁が見えました。

 とても薄く、ページの白色が見えない程です。

 「うん、いい色だね。それじゃあ、はいプレゼント」

 差し出されたそれを手に取ると、深海をイメージできるようなひんやりとした感覚が掌に伝わります。


 (『Story 001 波濤・サダルメリク』を獲得しました)

 (Stardust Projectの進行を確認。Stage2に移行します)

 (称号・『誓いの到達点』を獲得しました)

 (言語機能の最適化を開始します)


 その感覚に驚いている間に、本は全てポリゴンに解けて上へと昇ってしまいました。

 「あっ、消えちゃったのです」

 「それでいいの、それよりもう時間よ?」

 ハグの状態から解放されると、空間の黒が少しずつ青に染まっているのが見えました。

 「すごくきれいなのです……」

 「そうね。最後に一つだけ言っておくわね」

 黒と青の斑模様を背景に、白く輝くスクレさんは笑っていました。

 「『世界はあなたを祝福しているわ。あなたの思うがままに、あるがままにこの世界を生きていきなさい!』」

 その言葉とともに、白も黒も青に塗り潰されていき――――


 「よぉ、ずいぶん気持ちよさそうに眠ってたなァお二人さん?」

 レダさんがそこにいました。

 帰ってきたのです。
















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