第十七話 意思表示
Side レダ
「それで、戦うって言ってもどうすんだよ。相手は化け物そのものだぞ?」
またお茶を飲み始めた婆さん(ホントに婆さんか怪しくなってきた)に言い出しっぺの責任を取らせることを試みる。
「そんなもん知ってたらとっくに自分だけでやっとるわい」
なんやねんこのババア、よくそんな雑に人の事煽れたもんやな。
肝心な所で役に立たない婆さんの事はひとまず置いて、どう戦うのかを考えることにする。
搦め手は……出来ないな。
最初の攻撃で地形が抉れているのを確認できている以上、罠は容易く抜けられるだろう。
それに何より、あれはレイドボスだ。
個人が即席で作った罠なんかでどうにかなるようなものでもないと考えられる。
となると次点で真っ向勝負だが、こっちの方がキツイ気がする。
レイドボスに一人で挑むって不味いにも程がある。
俺のステータスはパワー偏重の重戦士型だから、狼を象ったあいつのスピードには追い付けないだろう。
タンクやヒーラーがいること前提のレイドでアタッカー単騎は自殺行為が過ぎる。
……なら、俺の正解はあの広場に居た段階で戦う事だったのか。
皮肉にも程があるな。
「……あぁ、そういやぁこんな物があったねぇ。ほれ、持っていきな」
お茶を飲むのを止めて部屋の奥の物置を漁っていたらしい婆さんが、水晶の球のようなものをこちらへと放ってきた。
慌てて受け取ると、無機物特有の冷たさが掌から伝わってきた。
「これは何だ?ただの水晶にしか見えないんだが」
「夢現、相手を精神世界に引きずり込む球だよ。あのデカブツにでも使ってみるといいんじゃないかい?効き目は保証できないがね」
その言葉に衝撃を受け再びその球を見てみると、中で赤い霧のような何かが渦巻いているのが見えた。
その霧は、緑へ青へと色を変化させ続けながら水晶の中から出ようとするかのように蠢いている。
「……なぁ、婆さん。くれるのはありがたいんだがよぉ、これなんかヤバそうな一品に見えるんだが副作用とかないよな?」
「さぁねぇ、使った事無いからわからん」
用は済んだとでも言わんばかりに素っ気無く言って、再びお茶を飲み始める婆さん。
……さて、最後にお願いしておかなきゃいけないことがあるな。
「なぁ婆さん、ここまでしておいてもらって失礼かもしれないんだけど、最後に一つだけ頼みがある」
「言うだけ言ってみな」
「あの双子をここに置かせてくれないか?」
「何故だい?あんたが守りたいんだろう?」
その通りだが、だからこそだ。
「俺があの狼と戦う以上、俺と行動を共にしてたら死ぬリスクが高まるだけだ。俺がずっと守れる保証も出来ないからな」
それよりかは、というわけだ。
「まぁいいさね、雨風を防ぐくらいしか出来ないがね……」
渋々といった感じだが了承は得られたのでこれで良い。
椅子から立ち上がり、奥の双子の眠るベッドへと向かう。
いつの間に移動していたのか、レオとポリーもベッドの横にある安楽椅子の背もたれに留まって双子の顔をじっと見つめていた。
「……まだ起きてないか。となると、これもイベントの一環か?」
MMOでここまでの拘束効果が通常であるはずはない。
ならば、このレイドの一ギミックとしてこの状態になっている可能性がある。
だとしたら、ここから迂闊に動かさない方が安全だろう。
俺が狼に勝ちさえすればいい。
「行ってくるわ」
誰に向けた言葉でもない、単なる意思表示のような一言だった。
返事は、誰からも帰ってこなかった。
そのまま双子に背中を向け、外に繋がる扉へ向かう。
「行くんだね?」
「あぁ。双子は頼んだぞ」
婆さんは肩をすくめてクッキーを一枚こちらに投げ渡してきた。
「餞別だよ。いざという時に食いな」
アイテム情報を見るに、回復系のアイテムらしい。
回復はいくつか手持ちがあるが、量が多いに越したことはないからありがたい。
「助かるわ。ありがとう」
「ほーぅ、随分正直に言えるようになったじゃないかい。いいのかい?」
そう言って笑う婆さんの顔は、老人特有の水分の足りない容貌にもかかわらずその代わりと言わぬがばかりに慈愛に満ちていた。
……いや待て、何故その事を知っている?
「おい、何でそれを知って――――――」
ぼとり、と。
何か、液体の詰まったモノが落とされる音がした。
外に背を向けて婆さんに詰め寄ろうとした瞬間の事だった。
同時にあの粘つく感覚。
開いていたドアを足で蹴って閉じ、その勢いで得物の斧を抜き放ちながら振り返りざまに縦一閃。
背後に立っていたそれは即座に飛び上がり、裏路地の入口に軽やかに着地した。
「あっぶねぇなーおい」
「……」
ただこっちを見続けるだけの狼の濁った眼を見て告げる。
「お前はあの子達に必要ない。ここで死ね」
たった一人の殺害宣告を。
「グオォォォォ‼」
あぁ、その返事はスッキリしていていいなァ……。
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name ウヌクハヌライ・クッキー rank unique
誰も辿り着けない路地裏の家に住む不思議な老婆が材料から揃えたお手製クッキー。濃い茶色の生地に緑と赤の粒が大量に練りこまれている。食べると仄かな穀物の風味と共に香草特有の清涼感が鼻腔を刺激する。強い回復の力を持っている。
効果:HP・MP全回復、精神系状態異常回復、?????値回復
『わからないことがあるのなら、まず自分で考えてみるべきだねぇ。これでも食いながら、ね』
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