第十六話 孤隠星狼
Sideレダ
誰も動かなかった。
いや、動けなかったの方が正しいだろう。
金縛りになっている奴もいれば、気絶状態になっている奴等もだいぶ多い。
万人の前で堂々と大口を叩いていた司会も、屈強な黒服も。
不死身である筈のプレイヤーですら、その黒の前では動けなかった。
狼の少しだけゴワゴワとしていたであろう体毛は、より刺々しく他人を拒絶するように。
鋭い爪は踏みしめた床が爪の幅だけ沈み込むほど鋭く。
何よりもその目は吸い込まれそうな程黒く、濁った何かを湛えていた。
「……ルルゥ」
狼は少しだけ周りの人間達を見渡すと、呻いているかのような声を出して空に飛びあがり、そして――――――
「――ッ⁉『白静』!」
周りの人が、爆ぜた。
狼が飛び上がってくるりと一回転した瞬間黒いゲル状の何かがまき散らされ、それに触れた人は漏れなく爆散した。
俺も防御スキルを発動できなかったら詰んでたな……こいつらも守れなくなる所だった。
「おいおいなんだよあれ、いきなり出てきたと思ったら即死行動ってか⁉」
「とんだクソボスだけどやるしかないでしょ⁉ほら、陣形組み直していくわよ!」
「なんだお前」
何とか生き残ったプレイヤーは突然のレイドボスに混乱しながらも、即席でパーティを作って立ち向かうらしい。
俺はというと、そいつらがタゲを取ってくれている間に気絶判定を食らったらしい双子を両肩に担いでさっさと逃げていた。
目を塞いでいて本当に正解だった。
人が爆散する光景とか見せらんねぇよ……。
「あ、おい!お前あのレダだろ⁉一緒に戦おうz――ぇ?」
「黙れ」
逃走の邪魔しようとした奴がいたのでさっさと首を切り離してやった。
(初めての殺人を確認。
切った後にポリゴンにならないからどういうことかと思ったら、どうやらプレイヤーではなくNPCだったらしい。
……やべぇ、もっと見せられない光景になってしまった。
自らが作り出した生首と、狼が作り出している惨状の奇跡の調和から目を背けつつ、双子が気絶から覚めない内に俺は広場から撤退した。
背後からは、人の泣き叫ぶ声や魔法の発動音、そして狼の咆哮が聞こえた。
どうしようもなく、背中にへばり付く何かを感じた。
「はぁ……はっ……ッ、ふぅ……」
広場から逃げた俺達は、南側の商業地区に逃げ込んでいた。
「誰もいねぇな」
船の模型を買った時にあれだけいた人は、誰一人として見当たらない。
大方町の外に逃げたか、老人とかの逃げられない人は家の中だろう。
「……」
こうして人の気配が無くなった町を見ていると人間というものは弱いもんだなと思う。
数の優位性というものはすべての生物において存在するが、人間ほどそれに依存した生物も無いだろう。
薄暗い裏路地に未だに起き上がらない双子を一旦置きながらそう思う。
「カー……」
「ん?」
聞いたことのない鳥の声に反応して背後を向くと、双子の肩に留まっていた鳥二匹……(確かレオとポリーだったか)が音も無く飛んでいた。
すげーなこいつら、一切羽音がしなかったぞ。
「ガァ……」
自分達のご主人様が心配らしく、双子の方を見て静かに鳴く。
「あの狼のせいで気絶してるだけだ。何処にもダメージはねぇよ」
果たして鳥に人間の言葉が分かるかどうか怪しいところだが、今日初めて会った時の様子を鑑みるに大丈夫だろうと思い、そう声をかけた途端にどこかへ飛び去ってしまった。
主人を置いて良いのか……?
「……おい、あんた達」
「ッ!誰だ?」
「慌てなさんな、さっきも会ったでしょうに」
鳥たちの反対側、つまるところの路地裏の奥、双子側の暗がりから現れたのは船の模型を売っていたおばあさんだった。
「なぜここに?」
「ここの奥に家があるからねぇ」
「婆さん、それじゃあ質問の答えになっていないぜ」
この状況下でNPCが外にいる理由が分からない以上、信用しない方が吉だろうな。
「私みたいな老いぼれの命なんざ安いさね。それよりかはあんたらみたいな若いモンを助けた方がいいじゃろうて。ほれ、こっちに来な」
……殺せば早いか?
そう思って得物を背中から取り出そうとする素振りを見せても、婆さんは泰然としていた。
「ここで私を殺したところで何も解決しやしないよ。ほら、あの黒に見つかりたくないんだろう?早くついてきな」
そこまで言うと、こちらの返事を待たずに路地裏の暗がりに向かっていった。
くそったれ、どうすりゃいいってんだ。
「カァカァ」
いつも見る双子のように片方の返事で両方が動き、婆さんの消えていった暗がりへ音も無く飛んでいく二羽。
「……ハァ……」
起きた時に相棒が居ないのは不味いということを強制させた賢い鳥畜生を恨みながら、俺は双子を担ぎなおして暗がりへと追って行った。
婆さんの家は、こじんまりとしたありふれた一軒家だった。
壁の一部が崩れていたりとか、汚れで元の色が分からないということが一切ない普通の家だ。
一つおかしな所があるとすれば、それが路地裏にあることだろう。
そのことを婆さんに聞いていても、「少しばかり伝手があってね……」の一点張りだ。
鳥がいなけりゃ今すぐ切って町の外だったのに何でこんな事になってんだか。
「さぁお入り。誰にも見つからない魔法のお家さ。その双子?は奥にあるベッドにでも置いてきな」
「……」
中に入ると、大きな釜が部屋の中央に鎮座しているのが見えた。
魔女の家のテンプレートようなそれを見て顔が引きつるのを感じつつ、双子をベッドに安置して勧められた椅子に座る。
「……で、どうすんだよ。外の状況」
「ガァ……」
隣の椅子の背もたれにとまった二羽も追従するように鳴く。
外じゃ今もあの狼が暴れてるってのに、婆さんは呑気にお湯を沸かしている。
「どうしようもないね。お茶に砂糖は入れるかい?」
「じゃあ何で俺達をお前の墓場に招いた?俺達はまだ死ねないんだが?」
婆さんはお湯が沸いたのを確認すると、指を一つ鳴らしてからお茶の葉らしき物を投入した。
こちらの会話などまるで聞いていないかのようなその仕草に、少しずつ苛立ちが溜まっていく。
「おい、聞いてんのか?」
「あんだい喧しいねぇ。そうさね、あんたらもうすでにあいつに狙われてるって言ったら分かりやすいかい?」
ポットにお茶を注ぎながらそう告げる婆さん。
意味が理解できずに固まる一人と二羽。
「……は?」
「正確に言えば狙われてるのはあんただね。逃げる時に怖気を感じただろう?」
そう言われると確かにあった。
双子を担いで逃げる時に背中に感じたあの感覚。
あの時点で狙われていたのなら、何故こっちに向かってこなかったんだ?
「あいつの目的はこの町にいた人の抹殺だからねぇ。何処に逃げても追いかけて殺しに来るよ」
付け合わせらしいクッキーのような固形物と共にお茶を運びながら致命的な事実を突きつけてくる婆さん。
なるほど、逃げてもどうせ来るからゆったりしていると。
中々に肝の据わった婆さんだが、なんだこのクソイベは。
双子が死ぬ事確定みたいなものじゃないか。
「なぁ、あれから逃げる方法は無いのか?」
「無いねぇ、あれはそういうものだから」
泰然としてお茶を楽しむ婆さんに倣って、湯気の立つお茶を一口啜る。
嗅いだことの無いが落ち着く香りを感じた。
その匂いに少しだけ心が安らいでいくのを感じつつ、次の質問を投げかけた。
「あんたは何者だ?何でそんな事を知っている?」
「ちょっと物知りなだけの婆さんだよ。ただそうだねぇ、少しばかり知ったものが違うかもしれないねぇ」
クッキーを噛み砕く音だけが室内に響く。
どうしたらいい?
どうしたらあの子達を逃がせる?
「そもそも見方を変えてみるといいんじゃないのかい?」
「どういうことだ?」
「あんたは逃げることばかり考えているねぇ。今回くらいは逃げられないんだから、戦う事を考えてみるといいんじゃないのかい?」
あれと戦えだって?
よくもまぁそんな口聞けるなこの野郎と憤慨しつつ睨むと、クッキーを食べる手を止めて部屋の奥を指差した。
「私は別に死んでもいいんだがねぇ。いいのかい?あの子達をむざむざ見殺しにしても」
「……できるわけがないだろう」
「なぜだい?あれは他人だ。君とは一切関係のない」
「あの子達の目が綺麗だったからだ」
「ならば退くな、進め、邪魔な物は皆殺しにしろ。この世界では力が道を作る」
「道を示したければ、進むことを恐れるな」
その目は、余りにも澄んだ赤を宿していた。
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