第十話  星の鼓動

 Side 星狼スターウルフ 


 あぁ、またバランスを乱すものがいる。

 新緑の草原を踏み締めて、私は狼藉者達のもとへ走り出す。

 あの欠片を取り込むまで、私は群れの中で最も弱い狼だった。

 生まれた時から右前足が欠損した状態で生まれ、体も弱かったせいで親からも早々に引き離され半分群れから外れた存在となっていた。

 そんな扱いを受けていればまともな生き方は出来るはずもなく、私は瞬く間に衰弱していった。

 お腹が空いて仕方がなくなり草を食んで飢えを凌ぎ、それすらも保たなくなって目が霞んだときに星の欠片を見つけた。

 その時はただの意思だと思っていたそれに、最初に感じたのは母の鼓動に似た拍動だった。

 これを抱いて死ねば多少は幸せに逝けるだろうかと思い、星の欠片のそばに横たわり、それを胸まで引き寄せた。

 そしてそのまま目を閉じ、母の胸の中に抱かれていた頃を思い出していると、私の意識は遠く離れていって______

 ふと、瞼越しに光と温もりを感じた。

 目を開けると、其処には満天の星空と私の右前足があった。

 空腹感もなくなり、体からは絶えず活力が湧き上がってくる。

 そして何より、星の欠片の拍動が体の中で絶えずなり続けていた。

 それから私は、少しの腹いせと母に再び会うために群れのボスを下した。

 母は既に死んでいた。

 だが、悲しんではいられなかった。

 私はその群れのボスになったのだから、彼らを養っていかなければならない。

 その思いを胸に、私は群れの統率なんて一つも知らない状態から少しずつ慣れていき、今ではこの草原全体を支配するまでに至った。

 やっと落ち着けると思ったら今度は人間達が森を荒らすようになった。

 群れの同胞を狩るのは別にいい、戦いたくなければ隠れる術を持てばいいし、戦って負けるのならそれはその狼が弱いからだっただけの事。

 だがいまのバランスを崩すことは許されない。

 だから私は走る。

 狼藉者を殺すために。




 「くっそ!やっぱりだめか…」

 断末魔と共に狼藉者が煌めく何かになり散っていく。

 それを見届けて、私は深く息を吐く。

 最近はこういう輩も減ってきたとはいえ、まだまだ多いせいで私は走りっぱなしだ。

 星狼になってから食べることも寝ることも必要なくなったが、精神には少しばかり応えるものがある。

 そういう時はあの場所に行く。

 ただひたすらに草原が広がる中に一本だけ聳え立つ木。

 あそこに身を横たえると精神が凪いでいくのだ。

 私は足をそちらに向けて走り出した。

 何故かあそこは誰も見つける事が出来ないらしく、私以外に木の近くにいることは無い。

 ……の筈なのだが。

 「「すー……すー……」」

 なぜヒトの子がいるのだ?

 白い髪に、白い肌。

 よく見たらあのときの殺り損ねたあいつ等か。

 あの時殺れなかった時点で私のミスだからここで危害を加えるつもりはないが。

 それにしても危機感の無い子達だ。

 己を殺し得る存在がここまで近づいているのに、呑気に寝息を立てておるわ。

 ここを見つける事ができたのもおかしいが、彼らからは星の欠片と似た感覚を感じる。

 つまり、母の鼓動が聞こえる。

 なぜその鼓動が聞こえるのか聞いてみたいと思った私は、寄り添って眠っている彼らの真横に横たわった。

 精神は凪いでいるが、心は全く休まらない夜だ。

 星はずっと変わることなく輝き続けていた。

 



 Side 澪


 「んぁ〜?」

 玲と抱き合いながら休憩していた記憶があるのですが、そこからの記憶がないのです……

 「ヴォッフ」

 「「ヒェッ」」

 なんでここにこの狼がいるのです!?

 もしかして黒狼倒しすぎたのです!?

 もう二度と玲と離れないように強く抱きしめ合って震えていると、星狼は起き上がって鼻先を私達のおでこに引っ付けてきたのです。

 あっ、なんかひんやりしてて気持ちいいけどそれ以上に頭を噛み切れる牙が生え揃った口が近くにある恐怖感が脳を支配していくのです。

 「……フンス」

 獣臭いのでずぅ……

 (これなら伝わるか)

 ((!?))

 脳内に直接渋い声が響いてきたのです。

 ここにいるのは私と玲と……星狼なのです。

 じゃあこの声は星狼なのです?

 (おぉ、うまくいったか)

 「星狼さんなのです?」

 頭の許容範囲を超えた出来事のせいで恐怖感が薄れたお陰で少しだけ震えの収まった声でそう聞くと、星狼は静かに頷いたのです。

 (そうだ。今触れただろう?その時に精神を繋げさせてもらった)

 「よくわからないけど、それのお陰でこうやってお話出来ているのです?」

 (あぁ。先に一つ行っておくが、私はもうお前達を襲うつもりは無い。)

 良かったのです、これで玲と離れ離れになることも無いのです。

 「星狼さんもここに来るのです?」

 (あぁ、ここは落ち着ける場所だからな。お前達もそう思ったからここで眠っていたのだろう?)

 確かにそうなのです、自分達がそう思うのだから他の誰かもそう思っているはずなのです。

 これは盲点だったのです、次から改善しなきゃ。

 (それで、お前達に聞きたいことがあってな。)

 「何なのです?」

 そう聞くと、星狼さんは私達の胸を順番に前足で指し示して、

 (お前達の中から、星の欠片の鼓動と同じモノがあるように感じる。)

 なにか心当たりはないか、と。

 狼の表情なんて分かるはずもありませんが、そんな風に顔を歪めて聞いてきたのです。












――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 星狼さんは、割としっかりした紳士な方です。

 子供は大体見逃してくれますが、双子みたいに狩った数が大幅に超過した場合仕方なく殺しに来ます。

 

 

 

 

 

 


 

 

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