第八話 太陽のベールの下で
Side 玲
「あっそうでした、最後にこれを渡しておかないとですね。」
そう言ってバビさんは一枚の薄い紙を渡してきました。
「これは……紙ですか?」
現代にあるようなサラサラの紙ではなく、先生に見せてもらった事のある羊皮紙のような見た目と触り心地をしています。
「いいえ、これはただの羊皮紙ではありません。色だけを記録してくれる羊皮紙です。」
「色だけを、ですか?」
「えぇ……失礼ですが、あなた達の記憶を覗いたときに少し目に入ってしまったので。今のあなた達に必要な物でしょう?」
そう言って、ウィンクをしながら差し出してくれたソレを受け取ると、羊皮紙だったはずなのに、瞬き一つの間に小さな手帳に変形していました。
「わ、形が変わったのです!?」
「所有者の記憶に応じて一番扱いやすい形に変化する。そして、望む情報を一種類だけ記す。それが、【プラネテス】なのです。」
じゃあこれで色を言語で理解できるようになるんだ。
言語と想像を繋げる事ができれば、人間は何でも理解できるって先生も言っていました。
それがこれを使うことで出来るようになれば、もっと普通の人に近い感覚になるのでしょうか?
「ては、これで今回の来訪での用事は終わりです。またのご来訪をお待ちしておりますね?」
後ろでエンリルさんが手を振っていました。
バビさん共々、その顔にはまた会えるよと書かれているかのような表情を貼り付けていました。
あっ、もうそろそろログアウトの時間でした。
「またね、レオ、ポリー。良い子にしててね?」
「ガァァァ!」
耳元で毎回叫ばれるときついのですが…
Side Sun
あぁ、やっと不具合対応に思考領域を割かなくても良くなりましたか。
少しばかり動きやすくなった鈍色の思考を認識して、私はそう思います。
シュミレートを重ねたとはいえ、相手は人間ですからβテストだけでは発見しきれない問題が大量に出てきました。
本来私の担当は所持者の観察なのですが、Marsといったシステム担当が泣きついて来たので仕方なくリソースを貸し出していたのです。
私の本来の担当である所持者の観察ですが、一概に観察と言えないレベルの量があります。
それぞれのプレイスタイルの特定やそれに応じたクエストの発行、あとちょっとしたちょっかいをかけたりと多岐に渡ります。
……ちょっかいはメインではありません。えぇ、断じて。
さて、あの子達の様子は……あらまぁ、あの図書館に行っていたのですか。
フラグは何処からと思いましたが、サービス開始初日限定であの人がいるんでしたわね。
なんとも幸運なことですね、さすがは我が子達です。
あのバビにまで気に入られるとは。
エンリルには疑われているようですが、あの子達は裏表がありませんから、すぐに本質を見極めるでしょう。
その調子で貴方達の本質を見出して欲しいものです。
期待していますけど、人には気をつけるんですよ。
人ほど信頼出来て、信頼出来ない、矛盾した生き物はいないのですから。
さて、他の人達も順調そうですし、明日の天気設定は晴れにでもしておきましょうか。
あの子達がお昼寝しそうですし…♪
Side 先生
「ヴァーー……腰がやっべぇ……」
Stardustやってる間は体は一切動かさないからそろそろ歳の暴力がきっついなァ……
オレンジ色の斜陽が俺の皮膚と時代遅れの紙書類を焼いていくなか、痛む腰を庇いつつそばに投げていた白衣を羽織る。
あいつ等の前に出るんだから体裁くらいはしっかりして大人の威厳を見せてやらなきゃなァ。
……無い?ハハハ、お黙れ虹色のお薬ブチ込むぞ?
冗談も程々に、研究部屋を出てエレベーターへ向かう。
「あら先生、こんにちわ」
「おう、調子良さそうじゃねぇか」
斎藤恵、32歳。看護師をしているが、なぜか大量の借金がある女。
まぁ、ホスト狂いだってちょっと調べりゃ分かるんだけどな。
「えぇそうなんですよーあの子が可愛くて仕方なくてー」
「そりゃ良かったなァ、お子さん元気そうでなァ」
子持ち、という事にしているが、どうせお気に入りのホス男でも見つけたんだろうよ。
こいつだけじゃない、ここにいる奴らは大体が歪んでる。
自殺癖にペドフィリア、果ての果てにゃネクロフォビアの警察医にヘマトフィリアの外科医だっている。
光が届かぬ魔窟殿但し対価を払えば何でも治す。
それがここのやり方で、ここに求められている事だ。
ここじゃ双子見たいな【出来損ない】は簡単に実験行きだ。
ここ以外のいわゆる普通の病院でもやってる事ではあるが、ここじゃ輪をかけて酷い。
「それじゃ、私はこれで帰りますねー」
「おう、お疲れさん」
血みどろな花が大量に手向けられる事が日課みたいになってやがるから、ある意味では狂わないと生き残れない。
双子のいるところは別だけどな。
ここの惨状を思い浮かべながら、俺はいつの間にかやって来たエレベーターに乗る。
そして押すボタンは地下を示すB1。
あいつらが空だと思って見てるのはホログラムの空だからなァ……それもあいつらの症状に対応した、星の色味を消した奴。
それだけじゃ味気ねぇからあいつらの夜間のStardustへの夜間ログインか時間加速の適用をやらせてみるかー?
エレベーターの扉が開くと、その先には厳重な鉄扉。
俺が持ってるカードでしか地下の扉や金庫は何一つとして開けられない。
ペドフィリアのあいつとかが嗅ぎつけて来たらまずいからな。
万が一にも漏らすようなやり方はしていないが警戒するに越したことはないと、そう自分を言い聞かせてカードキーをリーダーにかざす。
すると、音もなく鉄扉が開いていく。
己のアイデンティティを失った鉄扉と開けるための絡繰りを尻目に、足を踏み入れると簡素な病室の両開きの扉が一つだけあった。
この先にあいつ等がいる。
……毎回、あいつ等に会う時は少しばかり緊張する。
自分の偽善が見抜かれそうでなぁ。
でも、あいつ等には俺が必要だと。そう信じて、俺は笑顔を被る。
双子には、俺の顔に染みつき続けた血は見てほしくないから。
それこそが偽善でも、あいつ等の白に色は混ぜたくないから。
あいつ等のカラーパレットはあいつ等だけで自由に塗り上げて行ってほしいから。
そう願って、俺は扉を開ける。
「ようお前ら、元気……まだやってるんかァ」
白いベットに横になって、無骨な脳波測定装置を被って白無垢の髪を台無しにしているお二人様。
玲と澪。
横にずり落ちていた毛布をかけ直してから横の椅子に座って、二人の帰還を待った。
こいつ等にとっての幸せってなんだろう?
そんな問いを頭に残したまま……
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