第1章 春と誓い
聞きたかったことが聞けたはずなのに、利斗君が気にかけてくれたことだけを考えればいいのに、私は複雑な心情だった。
私のことを特別に思っていないことは、彼に振られた事がある時点で分かってはいる。彼はこういう時、嘘をつかないと分かっているからこそ、彼の答えが嘘偽りのない事実なのだと、強く実感させられる。
…好きの気持ちがなかったとしても、「一ノ瀬が教室にいたからだ」と、言ってほしかったと思っている自分がいるのも事実だった。
あの日のことは今まで、「利斗君のことを気になり始めた日」としか思っていなかったが、その日はもしかしたら、様々なタイミングが重ならなければ起こり得ることではなかったのだと、そう考え始めてしまった。
それまで一度も思ったことはなくとも、何かのきっかけで思い始めてしまうと、その考えが消えなくなってしまうものだ。今がまさに、それだった。
話しかけてくれた理由を知りたかった私は、自分で自分を苦しめただけだった。頭の中で様々な考えが回り始め、自分でもよく分からなくなっていた。
それからは私はこの話をずらし、学校のことを話した。勉強のこと、部活動のこと。私が主に話して、彼はそれを聞いてたまに彼も話す、そのような時間が続いた。
そうしているうちに澪夏と秀君も、ケーキの入った箱を手にして帰ってきた。中には4号のケーキが入っていて、蝋燭を立てて澪夏と秀君が歌を歌ってくれた。利斗君は軽く手を叩いてくれているだけだったが、それでも彼に祝ってもらえているのだと思うと、胸が温かくなった。
私達はその後、澪夏が分けてくれたケーキを、話をしながら食べたのだった。しかし、いちごのショートケーキは、あっという間になくなってしまった。
「本当に美味しくて、すぐ食べ終わっちゃったよ。ありがとう」
「それならよかった。家でも食べると思うけど、4人でも食べたくて買っちゃったんだよね」
「今日はケーキを何個食べてもいい日!」
その後も話をしたり、澪夏の家にあるパーティゲームをして夕方まで楽しんだ私達は、そろそろ解散しようとしていたのだったが、私は片付けを手伝うと言って残ろうとしていた。
「主役の彩葉に手伝ってもらうのも悪いから大丈夫だよ。そんなに量があるわけでもないし」
「ううん。片付けくらいはやらせて」
2人も手伝うと言ってくれたが、2人で大丈夫だと伝え、先に帰ってもらった。
澪夏の家族は午後からみんな出かけると、彼女に聞いていた。私と澪夏はお互いの家には何度も行っていて、お互いがお互いの家で自分の家と同じように過ごせるくらい、互いの家族とも仲がよかった。なのでご飯をご馳走になることも度々あり、このダイニングも見慣れたところだった。
「私達がいない間、どうだった?何かお願い叶えてもらったんでしょ?」
キッチンで洗い物をする澪夏を手伝いながら彼女にそう聞かれ、私はなんと答えようか迷ってしまった。全てを話してしまうと、2年前に私がため息をついていた理由、悲しそうな表情をしていた理由を聞かれることだろう。
「…利斗君に聞きたいこと、聞いたの。…あの日、なんで声をかけたのかって」
「2年前の彩葉の誕生日の日のことか」
「うん」
「なんて言われたの?」
私は利斗君が、私だからではなく、教室にいたクラスメイトに声をかけただけに過ぎないことを澪夏に話した。それに、タイミングが重ならなければ、あの日のことは起こっていないと。そう思ってしまったことを、澪夏に話したのだった。
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