第1章 春と誓い

「一ノ瀬」

利斗君に声をかけられた私は、我に返る。

「どうしたの?」

「……何かあったのか?」

「え?」

初めてのことだった。利斗君が、私に向けてそう聞いてきたのは。

「どうしてそんなことを…?」

「朝から考え事してたように見えたし、ため息もついてたからな」

「ごめんね、やっぱり気になるくらいうるさかったんだよね…。今後は気をつけるから!」

「…うるさいとか、やめろとか言ってないだろ。ただ何かわけがあるのかと思っただけだ」

利斗君がそんなふうに思っていてくれたなんて、思いもしなかった。

「もしかして、それを聞こうと思って私に手伝いを?…なんてね」

「あぁ、そうだ」

半分そうだったらいいなと思い、半分違うよなと思った私の質問の答えは、驚くことに私が嬉しい方の答えだった。私を心配してくれた彼の横顔は、いつもと変わらなかった。しかし、彼の言葉は私の心に深く響いてくる。

今なら、言える…。そう思った。

「利斗君、ちょっといい?」

そう言って私は空き教室の前で止まり、教室のドアを開けた。

この教室は授業で分かれた時や、授業の内容がグループ活動で場所が必要だった時、後は面接練習など、様々な用途で使われる。空き教室は1つではないが、ちょうど通りかかった教室の中に入った。利斗君も後に続いて、教室に入ってくれたようだった。

2人しかいない空間。それはまるで、2年前の私の誕生日の日と同じだった。

もしかしたら、教室に入るところを見られていたかもしれないし、廊下を通る人達に何をしているんだと思われるかも知れない。しかし、周りの目が気にならない程に、今の私は利斗君のことしか考えることができなかった。

本当は誕生日パーティーの話をするのに、教室に入るつもりはなかった。廊下でささっと言ってしまおうと思っていた。しかし、利斗君が気にかけてくれたことに対して、嬉しさのあまりこのような行動を取ってしまったのだ。

利斗君は、私に何かあったのかと思ってくれた。でも、逆にそれが申し訳ないくらいに利斗君にとって事実はくだらないものだろう。本当のことを知ったら、呆れられてもおかしくはない。

「……利斗君、5月の話なんだけど、私の誕生日が日曜日で…、誕生日パーティーを澪夏達にしてもらうことになったんだけどね、それで…、その…、…良かったら利斗君も来てくれませんか?」

鼓動が早くなるのを感じる。利斗君の顔をうまく見れない。結果がどうあれ、誘えたのだから後悔はない。

しかし、私の心の中では答えは分かっていた。

去年だって「おめでとう」の一言をもらえた。今年は誕生日当日が日曜日なので、もしかしたら次の日に言ってもらえるかもしれない。利斗君からもらう言葉は、私にとって特別だ。当日ではなかったとしても、彼から言葉をもらえたら、それだけで嬉しい。

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