第3話

「コントみたいなことしてるんだって?」

 松浦さんは、くくくっと笑いながらいった。

 初めましてと自己紹介の次に投げる球としては、ずいぶんと内角を抉って来る。

「バナナの皮のことですか」

 私は溜息をついた。

 おおかた大先生に吹き込まれたに違いない。

「うん、大先生はうちの病院の喜劇王っていってた」

 やっぱりだ。

「コントで足を折ったりしません」

 私はふくれっ面をしている、はずだ。

「まあどっちにしろ、雨の日は気をつけないとね。もう、痛みはない?」

 とは訊いてくれてるけど、あまり心配しているようには聞こえない。

 それでもカウンセラーか、と私は思った。もう少し心配してくれてもいいだろうに。

「普段はあまり痛くありません。時々うずくだけです」

「じゃあ、出歩いちゃだめだね。やっぱり安静が必要だ」

 しまった。同情を引くつもりはないけど、あんまり心配している風でないから、つい本当のことをいってしまった。

「でも、こんなところに閉じ込められてたら、おかしくなっちゃいますよ」

「折れたところがおかしくなっちゃうよりましでしょ」

 それはそうなんだけど。

 目が見えないからといって、どこにいたって同じだと思うのは大きな間違いだ。

 外に出れば太陽のぬくもりや肌に当たる風を感じるし、建物の中なら音の響きが違う。森にいれば鳥や虫の声が絶えず聞こえる。そしてどこにも、独特の匂いがある。

 それがずっと変わらないのは、苦痛だ。

「ちゃんと車椅子使って、看護師さんについててもらうなら、庭に出るくらいはいいんじゃない」

「いいんじゃないって、いいんですか、悪いんですか」

「それは僕に許可を出す権限はないからなあ」

「カウンセラーなんでしょう?心理的に問題なしとかなんとか、そういう判断でなんとかならないんですか」

「カウンセラーとして任命されてるわけじゃないからね」

 松浦さんによれば公式なカウンセラーという立場ではないらしい。大先生のご要望は、「暇つぶしの相手になってやれ」ということだそうだ。

「心理的にはまったく問題ないよ。そもそも骨折で心理カウンセラーが必要になるケースは、ないとはいわないけど、一般人には滅多にないね」

 松浦さんの話では、スポーツ選手なんかの場合にはカウンセリングが大切なケースが多いらしい。特にプレッシャーのかかるオリンピック選手や、生活がかかっているプロ選手の場合には、自分の将来をはかなんで自殺しようとしちゃう人もいるそうだ。

「君の場合は、雨でお外で遊べない子供のフラストレーション、といったところかな」

 それでもカウンセラーかと思ったのは撤回する。

 自分でも、動きまわれないのが嫌だなんて、子供っぽいとは思ってた。

 こんな図星なこと、公式にカルテに書かれなくてよかった。

「いい子にしてれば、すぐ自由に出歩いていいって許可が出るよ。この部屋からは見えないけど、裏庭のイチョウが黄葉しててきれいなんだよ」

 この部屋の窓は通りに面していて、大先生ご自慢のイチョウのある庭は見えない。

 もっとも、どこにいようと私にはイチョウもなにも見えないけれど。

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