第58話

その37

ムルガの村には夕方に着いた。

本来ならもう少し早くたどり着く予定だったのだが、盗賊と商人の一件が思ったよりも時間を食ったようだ。

仮設ギルドに顔を出すつもりだったが、暗くなってから寝床を作るのが嫌だったので、まずは先にテントの設営優先する。

この村ではこの先一月ほどいる心算なので、そこそこ丁寧に、特に寝床はいい加減なつくりでは疲れが取れなくなる。

以前もやったことだが、前にやってみて調子が良かったので、川べりに生えているススキに似た草を刈り集めて小さな束をいくつも作り、その束をつなぎ合せてマットレス状態にする。前世日本で暮らしていた時のようにフカフカとはいかないが、まあ、許容範囲である。

小ぶりの岩を集めて竈を作り、野菜と干し肉でスープを作り、醤油もどきのたれをつけた焼き肉とパンを火に炙って、夕食の準備をする。

食べるのは臨時ギルド前に用意されたエールを提供するテーブルである。エールを頼むついでにギルドにも顔を出すことにする。

「今晩はー!」

ちょっとだけ微妙な時間帯だが、ほぼほぼ暗くなっているので”今晩は”で良いだろう。臨時ギルドマスターのダマスを見つけて声を掛ける。

「戻ってきましたので、またしばらく、多分一月ほどお世話になりまーす。」

うん、挨拶は大事、引き籠りとしてはつい省きたくなるけど。

「おう、おう、来た来た。もう30匹とかけち臭い事は言わんからバンバンやちゃってくれ。」

何と言うか、この前居た時とはずいぶん言う事が違う。そんな簡単に宗旨替えして良いのか? と思ってしまったが、あとひと月ちょとでノーザンピークのスタンピードが始まる予想が有ったりなので、遠方の冒険者が戻ってこなかったり、少々人手不足なのだそうです。

「あっ、スタンピード参加の推薦状を戴けるそうで、有難うございます。」

まずお礼だけは言って置かないとまずい。

「ああ、あれな、大した手間でもないし・・・、だが、推薦状など2通も必要ないと思うがな。アルマダって、心配性なのか? 」

「たぶん、カナのギルマス、私たちに恩を売りたかっただけじゃないの? と、言うか借りを作りたくなかったと言うか。」

そばに居たアズミが口をはさんだ。

はあ、リタとセージの事でマウントを取られるのが嫌で一芝居打ったのかな? 

アルマダ、悪い人じゃないんだけど、何だかな~、面倒見は良いし、冒険者の事もちゃんと考えてくれてるし、でも何と言うか、人を掌の上で転がすのが趣味と言うか、それに人生をかけているっぽい。

まあ、良いか、ちょっとすっきりはしないけど、とやかく言うほどの事もないか。

夕食が終わると、テントの側の広場で、ささやかに松明をともしていつも通りの剣の型を練習してから眠りにつく。

冒険者としてはありふれた一日が終わって、ありふれた夜明けを迎える心算だったが、夜明け前になって寒さで目が覚めてしまった。

考えてみると、季節はこれから冬に向かって、あとひと月もここで生活するとなると、布切れ一枚のテントではとても過ごせない。で、アズミと二人で知恵を絞って、テントの上にかやぶきの屋根状態に草の束を乗せる事にした。

本当は今日から魔物狩りに行くつもりだったが、寒くて寝られなくなるのでは話にならない。朝からせっせと川べりで茅を刈ってテントに運ぶ。

パット見、他のテントは寒さ対策をしているようには見えない。俺たちのやっている事を真似されたら、近場の茅はあっという間になくなるだろう。

せこいようだが早い者勝ちである。とは言ってもたかが草なので、遠くまで出かけれる気になれば手に入るはず、その辺は勘弁してもらおう。

テントの外側に細めの木で枠を取り付けて、束にした茅を縛り付けていけば、前世日本の縄文時代の住処のようなものが出来上がった。

俺のテントとアズミのテント、防寒に床にまで茅束を敷き詰めた。おかげでテント二つ分作ったらほとんど一日つぶれて、夕食用にホーンラビットを3匹捕まえたら夕方になってしまった。

いつも通り夕食持参で臨時ギルド前の仮設飲み屋に向かう。エールを飲むには少し寒くなって、かと言ってその他にある物と言えば不味い葡萄酒だけ。

うーん、悩むところである。

エールを売っている場所は臨時ギルドであるが、売り手はこの村のちょっと古くなった若奥様、いや、だいぶ古いかもしれない若奥様である。

農作業の後のパートタイムでやっているとか。

「エールを飲むにはちょっと涼しすぎるんだけど、お酒って他には葡萄酒だけ?」

わかっちゃいるけど、聞くだけはただなので気休めに言ってみる。

「ごめんねー、こんな田舎じゃ洒落たもんは何もないのよ。」

まあ、魔物が増えての異常事態でもなければエールだってなかったかもしれない。あるだけましなのだ。

「なんか最近涼しくなってきたんだけど、この先寒くなったら冒険者の人、どうやって寒さをしのぐんだろ? 昨日来たばかりで様子が判らなくて。」

ちょっと見、他の冒険者が寒さ対策をしているように見えなかったので、ついでにこのおばさん・・・いや若奥様にお伺いを立ててみた。

「あら、知らなかったの? あそこに張り紙が有るでしょうが。」

と言われたけど、寒さ対策の告知とか、そんなの有っただろうか? 

「へッ?」

なんてつい間抜けな顔をしていたら、

「毛皮の鞣しの通知よ。」

と、追い打ちを掛けられる。ギルドの計らいで、皮なめし職人に来てもらっているとか。

魔物ならば幾らでも取れる、ベア系の魔物や、ウルフ系の魔物の毛皮をなめして防寒用に使うらしい。冒険者は村はずれの作業所に毛皮を持ってそこに行って、皮をなめしてもらうようになっているとか。

なるほど、毛皮の寝具ならば十分寒さ対策にはなるだろう。

色々話を聞いてみると、臨時ギルドのダマスは年の割には結構やり手らしく、村の長老に話を付けて、農閑期や農作業後の村人の副業とかで、村人の仕事に魔物の干し肉を作り始め、やる気のある村人は革の鞣しを修行中だと言っていた。

確かに肉などはとてもじゃ無いが、この村の中では消費しきれないし、なるべく新しいうちに町に輸送したいが、無理を言えば商人に買いたたかれるばかりである。

新鮮なうちに処理すれば良いものが出来るし、それなりの量ならば、最悪自分たちで町まで運び、商業ギルドに卸せば適正な値段で引き取ってもらえる。

となれば、せこい商人に付け込まれる隙は無くなる。

なるほど、と思ったが討伐が進んで魔物の数が減ってきたらどうする?

そうなったら、畑仕事の繁忙期は冒険者の受け入れを制限して、農閑期で村人の手が有るときメインで討伐を進める予定だそうだ。

ふ~ん、なるほど。

「それより、さっさと魔物を狩って、毛皮を鞣さないと寒くなるよ。」

と、脅かされてしまった。

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