第59話

その38

夜明けと同時に起きだして、習い性となった刀の素振り、斬撃の型を行う。身体はすぐに暖まるが、この季節、吐く息はすでに白い。

もう少し季節が進むと、息だけでなく汗をかいた体から湯気が立ち登り、顔をのぞかせたばかりの日差しに当たると、白く輝いてなかなか美しい。

もっとも、魔力を巡らせないと、湯気が立つほど体温は上がらないし、上半身は裸になる必要もあるし、自分自身の湯気などは見ても感動はない。

美しいのはアズミの剣の型を見た時である。

今朝生まれたばかりの日差しを斜光線に受けて、半逆光の中で舞うように斬撃をする姿に、湯気がオーラのようにまとわりつく。それが光り輝いて神々しく、女神のようにさえ見える。

アズミもそれを意識して楽しんでいるようで、型の稽古で肌を見せるのは寒い時だけである。もちろんオッパ〇まで見せるわけではない。もろ肌脱ぎにはなるが、とうぜん胸は隠している。

残念ながら、俺が見るだけなら問題がないが、これからの季節、やたらの男共にさらすと、どうゆう事が起こるか・・・いや、絶対ろくでもない事が起こるので、絶対人目にさらすわけにはいかない。その辺の所は誠に残念であるが、”ざまあみろ!” と言いたい。

フフフ、俺だけの楽しみである。実にいい気分である。

どうしても見たかったら、お馬さんを見なさい、お馬さんを。奴らは冬になると、魔力も使わずともちょっと走っただけで体中から白い湯気を立ち昇らせ、半逆光になかでその姿を見ると、アズミとは天と地ほどの差は有るが、まあ、そこそこ神々しくさえ見えると言えるので、俺の気持ちもわかってもらえると思う。

剣戟の型を終えてテント村に戻る。少し離れたところから見ると、茅葺拭きになっている俺たちのテントだけがやたらに目に付く。

機能重視のどちらかと言えば武骨なテント群の中で、茅葺の住居は割とかわいらしい感じがしないでもないが、あまり目立つことをしたくない俺としては、何となく、割り切れない気分が残る。

「どうしたの? カズ。」

茅葺のテントを眺めていたら、アズミから声を掛けられる。

「いや、俺たちのテント目立つなーと思って。」

「まあ、目立つけど暖かいから良いじゃない。」

「変人! とか、思われそう。」

「変人なんだから、とうぜんそう思われるわよ。」

まあ、俺は変人なので、そう思われるのは仕方がないのかも知れないが、出来うるならば平凡と思われて居たかった。

前世では変人引き籠りの最先端で、開き直って世界全体を敵に回した気分で、世を拗ねていたが、それでも平凡に世間一般に溶け込みながら生きていたいと言う憧れも捨てきれていなかった。

ただ、考えてみると、アズミなどは変人どころか人間ですらないので、変人と思われる程度は仕方がないのかもしれない。

「見た目から温かそうだもの。もう少し寒くなったら、きっと真似する人も出てくるわ。」

そう言われるとそんな気もしてきて、幾分気分が落ち着く。これで毛皮で暖を取れるなら、野営としては贅沢すぎると言えるだろう。

そう思うとがぜんやる気も出て、”今日は絶対ベア系の魔物を山ほどとる!” そう決意するカズであった。

ただ、一つ問題が有る。

魔法である。

この世界の魔法がどのように使われるのか、いまだに良く判らない。

それを知るには、色々な人と臨時にチームを作って、実際に使っているところを見る必要が有る訳だが、元引き籠りには他人とのコミュニケーションは結構つらいし、自分がうかつに変な魔法を使う訳にもいかなくなる。

ちょっとしたピンチに他人の目が気になって魔法が使えないとかでは困る。

それに、コストパフォーマンスに良い魔物をガンガン狩って、来るべき魔法学校の学資と寒さ対策の毛皮を手に入れたい。

魔法と学資金の二兎は追えそうもないので、魔法の事は学校に入るまでお預けにして、それまでは人目を忍んでいかがわしい自前のインチキ魔法でしのぐしかない。

現在ダークベアぐらいまでのサイズ一匹相手なら、アズミと二人で魔法を使わなくても倒せる。

しかし、これがブラッディーベアクラスになると、不可能とは言わないにしてもかなりのリスクを伴う。相手の攻撃をかいくぐりながら、手足に地道にダメージを与え続けて動きを止めなければ、首筋などの急所ははるか上空にあって、刀の刃が届かない。

それゆえ、相手が多数に成ったり、ブラディーベアクラスに成ったりした時にはそれなりの魔法が欲しくなる。

今一番使っている攻撃魔法は、とがった氷の弾丸を飛ばすバレットであるが、相手がブラディーベアクラスになると、いまいち破壊力が弱い。

かと言って、火属性も持たない人間が強烈な爆弾のような火魔法を使う訳にもいかない。

その点、唐辛子の魔法は良かったと思う。

何しろ、他人に見られてしまったも、無属性の生活魔法だと言い張れる。

が、使えるのが唐辛子魔法だけでは心もとない。

本当は人前で使っても生活魔法だと言い張れるような、そんな奴を後二つ三つ欲しい所だが・・・う~ん、いつぞや見た大道芸みたいに、油を口に含んで火炎放射みたいに噴き出すとか・・・魔力で威力を上げてやれば威力的には多少は使えるかもしれないが、いかにも使い勝手が悪そう。

どうにも良い物が思いつかない。

と、なると、誰も見て居ない所で使った後、こっそり後かたずけして知らん顔していられるような、環境負荷の低くても大物も倒せるような威力を持った魔法を考えるしかない。

ラノベなんかで主人公が使ってるメテオなんか使えると、ずいぶん話が楽になるのだが。

地味でも大物に効果がある攻撃と言うと、パッと思いつくのは無酸素の空気の塊りと、上空に転移させて重力を使って落下させることぐらいか、

ちょっと常識的に考えると、人間でも動物でも2分や3分は息を止めていられるので、無酸素にしたところで、そう簡単には窒息などしないように思うかもしれない。

それは人間の血液に取り込まれた酸素は一度の循環では40パーセントほどしか使われず、60パーセントは残っているのでこのような芸当が出来るのである。

しかし、60パーセント酸素の残っている血液が肺に取り込まれた無酸素の空気に触れた場合、酸素分圧の関係で血液から無酸素の空気の方に酸素は逆流してしまって、血液の方がほぼ無酸素状態になってしまう。

酸素欠乏に極度に弱い神経系は無酸素の血液気に触れると、一瞬にして活動を停止して、昏倒する事に成る。

これは、例えば前世地球の地下水道設備などの酸欠のトンネルで、一瞬で工事作業員が死亡する事故でも理解できるだろうと思う。

そして、これは人間だけでなく魔物でも同じはず、原理的にはドラゴンでも1発で倒せるはず、もし、ドラゴンが存在したらだけど。

この原理を使えば、どんな大物でもごく静かに、ごく地味に倒す事が出来そうだが、一つ問題がある。

当たり前だが、無酸素の空気を吸い込ませないと効果が出ないのだ。

こちらに襲い掛かって来る魔物に命中させても、ちょうど息を吐くタイミングだったり、呼吸を止めるタイミングだったっりすると、何の効果も出ない。

こちらの攻撃をあっさりすり抜けて、食いつかれたり殴り飛ばされたり、ちょっと厄介な事が起こる。

で、頭をひねったのが、最近は使ってなかったが、”サンド”と言う足止めの魔法を使って、動きを止めてから使えば良いのではないか?

でも、足止めできるなら、わざわざ無酸素の空気を使わなくても、刀の斬撃で何とかなるんじゃね?

と、思ったけど、いくら動きを止めてもブラディーベアクラスになると、ダンさんの持っている大剣ならともかく、俺たちの刀で致命傷を与えるのは容易ではない。

相手の体高が高すぎて、急所の首筋に刀が届くようになるまでダメージを与えるだけで一苦労である。

考えるだけは考えておいた方が良い。

で、もう一つの技、魔物を上空に転移させて、そこから落とす技である。

上級の魔物で、どんなに外皮や骨格が頑丈でも、内臓自体は我々人間と大差はない。

上空のある程度の高さから落とせば、外皮がいくら頑丈でも、自重の大きな魔物の内臓はその重さと落下速度で潰される事に成る。

たぶん10メートルもあれば、念のために2,30メートル持ち上げるかな?

どちらの技も人前で使うと騒ぎに成りそうなので、こっそり使う事に成るが、使った後の証拠隠滅後始末はそれほど苦労なくできそうなのが味噌である。

とりあえず今日の方針は毛皮の入手と、新しい魔法のテストと言う事で方針を決めて、ギルドに向かう事にした。

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