第57話
その36
アズミとカズ、街道を走る。
ムルガに向かいながらの身体強化の訓練である。
以前はただ身体に魔力を巡らせていただけだったが、リタのファイアーボールで、魔力で空気の分子をつなぎ合せて殻を作るのを知って、魔力にはもっと細やかな働きを持たせる事が出来るのではないかと考えた。
とにかく、魔力で身体能力を底上げするのは良いが、筋肉を楽チンさせてさぼらせた挙句に、肝心の基本的な身体能力が落ちてしまっては困る。
魔力で能力を底上げしながら、同時に身体能力の強化にも寄与させたい。
筋肉の動きや血流をサポートして動きを活性化させたら? 生成された疲労物質、乳酸などを即時に取り除いてみようとか・・・魔力そのものの力だけでなく、肉体を手助けしてより力を引き出すには・・・・多少の知識は持ち合わせると言っても、医療関係は私の専門外である。
取り合えず試してみて、あとでアズミに聞いてみよう。
と言う事で、色々試しながら走っているうちに、何とも調子よくなってしまって、今はご機嫌で何にも考えずに走り続けているところである。
顔に当たる風が心地いい。いくら走っても苦しくならない。むしろ空を飛んでいるようで、体が軽々と前に進んでいく。
うだうだ考えるのがどうでも良くなってしまって、森の側の荒地に走る道を駆け抜けていく。
何と言うか、これだけで異世界に転生してきてよかった、などと感じてしまう。
”俺って結構ちょろい男なのかもしれない。” などと思ってしまうカズであった。
のんきに、いや呑気ではないが、良い感じに走っていると、向こうからあからさまにヤバそうな人影が、こちらに向かって全速力で突っ込んでくる。
人数にして、4,5、いや6名ほど、どうも一人を追いかけてくるようで、残念ながら面倒な事に巻き込まれそうである。
面倒ごとには巻き込まれたくはないが、訳も聞かずにいきなり逃げ出すとか・・・有りだろうか? まずいよな、良く判らんけど、そりゃー拙いって気がする。
取り合えず立ち止まってアズミと顔を見合わせていると、
「助けてくれー!」
追いかけられている若い男が大声を上げるが、若いと言っても中年ではないと言うだけで、カズやアズミよりも10歳ほど上であろうか。
そんな立派な大人が13,14のガキンチョに助けを求めるなんて・・・、いや、この世界では13でも立派に成人なのだが・・・。
追いかけられているのは旅の商人らしい、追いかけてる方は盗賊、それは良い、しかし、見た目商人の方は大した荷物もないようで、これで強盗に成功しても盗賊の方は大した実入りにはならないように見える。
ちょっと合点がいかない構図である。
「助けてくれー!」
商人らしき男は助けを求めながらアズミの後ろに逃げ込んできた。
大の男が、まだ子供の面影が抜けない少女の後ろに逃げ込むのである。何ともおかしな絵面が出来上がる。
「どけっ!!」
怒声を上げながら盗賊の一人がカズに切りかかってきた。カズもすかさず応戦すべく腰の愛刀、高橋長信改に手をやるが・・・ない! 腰にさしてあるはずの愛刀がない!
迎え撃つつもりが、肝心の刀がなくて、慌てて転がるように距離を取る。
「カズ! 背中! 」
アズミに怒鳴られて、やっと刀を背中に背負っていたことを思い出した。走るのに邪魔だったので、いつもは腰に差している刀をアズミと同じように背中にしょっていたのを忘れていた。
「おい、ぼうず、悪い事は言わんから、余計な事を考えずにサッサと立ち去れ。」
慌ててドタバタやってしまったものだから、すっかり弱虫認定されてしまったらしい。盗賊様に気を使ってもらった冒険者なんて多分俺ぐらいだろう。ここはお礼とか言うべきなのか? なんかちょっと違う気もするけど、どうなんだろう。
「いや、お心遣いは有りがたいんですが、こちらも冒険者をやってるんで、頼まれればそうそう逃げるわけにも…と言うか、そちらこそ何でこんなろくに荷物もない商売人を追いかけまわすんですか? 奪ったところで採算合わんでしょう。」
「ああ、それな、そいつ、収納バッグを持ってやがるんだ。一度だけなら気付かなかったんだが、ろくに荷物も持たずに何度も行き来すれば怪しいと思うだろ?」
「嘘だ嘘だ!」とか、「盗賊なんか皆殺しにしろ!」とか、後ろから声が聞こえるが、それが件の商人の声らしい。
「ぼうず、俺が言うのも何だが、そいつ碌なもんじゃないぞ。そんな奴のために命張るより、さっさと逃げた方が利口だぞ。」
話だけ聞くと、なんか盗賊の言う事にも分が有りそうな気がする。何しろ例の商人はアズミのような女の子の後ろに隠れて、殺せー!とか喚いているような人間である。
が、一方は盗賊で、しかも犯行に及んでいる現場では一方的に盗賊の言い分だけを聞いて、逃げ出すわけにもいかない。
「たまたま情報集めに町でもぐりこんだ飲み屋でこいつを見かけてな、様子をうかがっていたら、吹くこと吹くこと、自分と立ち回りが賢いとか、自惚れ三昧で、俺たち盗賊をぼろくそけなしやがって、俺達だけじゃないぞ、気のよさそうな客をだましてうまい汁を吸ったとか、それを手柄のように吹聴するような輩だ、悪い事は言わん、そいつを置いてサッサと立ち去れ。」
相変わらず後ろの方からは”嘘だー!”とか、”盗賊の言う事なんか聞くなー!”とか”殺しちまえー!”とか、商人の喚く声が聞こえる。
どうしたもんかなー、これ、拙い事に話だけ聞くと盗賊の言い分の方が良さそうに感じてしまうのだが、商人が客をだましたとか、盗賊が言うだけで証拠が有る訳もないし、盗賊の話をうのみにするわけにもいかない。
動きが取れず、考えあぐねていると、件の商人が、
”盗賊なんか信じて隙を見せると後ろから切られるぞ!” まあ、そこまではいい、
しかし、
「盗賊が女の子を見逃すわけがないだろ! 慰み者にして売春宿に売られるぞ!」
この馬鹿! 何て事を言うんだ!
まずいだろ。わざわざ盗賊をあおるようなことを言うな!
「そうだ! お頭、こいつをうっぱらえば金になりますぜ。グズグズせずにチャッチャとヤッチまいましょう。」
言うが早いか、子分のうちの一人がアズミに襲い掛かる。
「待てっ!」
盗賊の頭は俺たちの様子に違和感を感じたのだろう。手下を止めようと声を上げたが、もう遅い。すでに切りかかってきた手下は、一瞬で手首を切り飛ばされる。
「あっ・・・。」
手下の暴走と負傷に盗賊の頭は一瞬ジト目をしていたが、
「おい、引き上げるぞ。」
残っている手下に声を掛ける。
「お頭、このまま引き上げちゃって良いんですかい?」
子分が声を掛ける。
「仕方ねえだろう。収納を持ってるって言っても、奴自信が小物だ。命をかけて奪うほどの物は持ってるわけがねえ。小娘もけがをさせずに捕まえられるならいいが、やっつけるだけで命がけになった挙句、傷もんにしたんじゃあ、やる意味がねえ。
引き上げるぞ! 」
相手の力量と、損得をしっかり見極めんと、この商売すぐに命がなくなるぞ、とか盗賊の頭は子分に意見しながら去って行った。盗賊のくせにやけに道理の分かった奴だが、それだけわかってるなら盗賊などするな!と言いたい。
残されたのは怪しげな商人と手傷を折った盗賊、この盗賊、後々の禍根を残さぬために殺さなければいけないんだっけ?
殺さないでくれーと叫ぶのは置いて行かれた手負いの盗賊で、殺せ殺せとせっつくのは商人。
ところで、この商人と護衛の契約は成立してるのだろうか? 助けてくれって言ったし、アズミの後ろに隠れたから緊急時の暗黙の了解に当たらはずなんだが、
「あんたを助けたんだけど、報酬はいくらもらえる?」
「おいおい、護衛の契約なんかしてないぞ。そんなの払ういわれはないわ!」
正式な契約はしてない、だがアズミの後ろに隠れておいて、この言い分はない。やっぱり俺はこいつが嫌いだ。
それより、手負いの盗賊をどうするか、やはり殺すしかないか。アズミは中身がスパコンなので、アシモフのロボット三原則のような制約が掛かっていて、俺や、アズミ自身の命が脅かされない限り、人間の命を奪えない。やるとすれば俺なのだが、仕方がないとは言え、相変わらず人殺しには抵抗が有る。
「悪いが、見逃して後々悪さをされるのは困る。命はもらう。」
盗賊に語り掛けると、手がない状態では盗賊をしようにもできない、もう悪い事はしないから命だけは助けてくれ、と懇願されてしまった。
確かに絶対とは言えないかもしれないが、ほぼほぼ片手で盗賊は難しい。ついアズミの顔色を窺うと、
「悪い事は出来ないかもしれないけど、片手を失って生きていくのは地獄よ。いっそ一思いに殺してもらった方が楽だと思うけど。」
アズミの言葉に、それでも殺さないでくれと言い募る盗賊の子分。俺も死ぬのは嫌な方だから、つい肩入れもしたくなるが、ハンディを負ったものがこの世界で生きていくのはなるほど地獄かも知れない。
皮肉な事に、事を決めさせたのは後ろから
「殺せ、殺せ! そいつを殺したら銀貨一枚くれてやるぞ! 」
と喚く商人の声であった。可哀そうにこの盗賊の命の値段は銀貨1枚と格安品らしい。買い取って奴隷にでもすればいい買い物かも知れない。
俺は奴隷なんかいらんけど。
と言う訳で、俺としては、こんな奴の思い通りに動きたくい。
大体、護衛の契約が成立していないと言っていた奴に指図されるいわれはない。盗賊にはかわいそうだが、本人が望むなら地獄を覚悟で生き延びてもらう事にする。
俺がこいつだったら・・・多分後で地獄を見るとわかっていても、その場は生きていたいと喚くだろう。あとで後悔するかは…知らん。
「あらためて聞くが、地獄を見るのは承知の上だよな?」
うなずく盗賊に気休めのポーションを渡して放逐する。失った手首は戻らないが、痛みとこれ以上の悪化は防げるはずだ。
だが、盗賊よりも面倒くさいのが、やたらに盗賊を殺せと喚いている商人の方である。盗賊と商人、商人にとっては天敵みたいなものなので、過剰に殺したがるのも、まあ、わかる気がするが、助けてくれと言って、アズミの後ろに隠れたにもかかわらず、護衛の契約が成立していないと言い張るのは納得できない。
緊急時に文書などの正式な契約など出来るはずもなく、襲われている現場で、正式な契約が必要となったら、困るのは襲われている当の商人たちだと思う。
俺の場合には人を殺す覚悟が出来ずに、護衛の依頼を受けるのをためらってきたので、あまり詳しい事は知らないが、今回のような事案については、出る所に出さえすれば俺たちの言い分が通るはずである。
しかし、ここで最大の問題となるのが、出る所に出ればと言う事である。この場ではないのである。
つまり、俺たちの言い分が正しいからと言って、力で護衛代を分捕ってしまえば、罪を問われるのは俺たちの方なのだ。
カナの町でさえこの男と歩くとなると、1日は・・・多分嫌がらせにのそのそ歩かれたりするから、それ以上、もっと悪くすれば、冒険者ギルドではなく商業ギルドに行くとかごねられると、もっと遠くの大きな町まで行かなければならなくなるかもしれない。
それで、実際の戦闘と言えるのは商人を狙ったものではなく、アズミを狙った一太刀だけである。
これでは俺たちの言い分が通ったとしてもせいぜい金貨1枚ぐらいしか貰えない。
オーガなら討伐料と魔石で2匹、オークでも3匹狩ればおつりがくる、それを何日もかけて町まで往復して金貨1枚ではコスパが悪過ぎである。
ムルガの村に行けば魔物なら死ぬほど捕まえられる。少なくともあと2か月もしたら王都に行って魔法学校に入る準備をしなければならないので、今はいくらでも金が欲しいので、無駄な時間は使いたくない。。どうにも腹が立つが、こんな奴に付き合えないのが現状である。
なんで俺たちが泣き寝入りしなければならないのか、どうして正直者がバカを見なければならないのかと、臍をかむ思いであるが、どうすれば良いか、いい考えば浮かばなかった。
やったことと言えば、
「このことは冒険者ギルドに報告するから。護衛の依頼も、いざと言う時の助けも、もう受けられないと思ってくれ。」
「フンッ! 盗賊も殺せないチビに偉そうなこと言われる筋はないわ!」
「女の子の後ろに隠れる奴に言われたくないな!」
「バカ! お前たちが狙われたから見守ってただけだろ!」
残念だが引き籠りの陰キャが口喧嘩で商売人に勝てる気がしない。
アズミならなんとかできるはずと思って視線を投げるが、
「そんな奴ほっぽッといて、さっさとムルガに行きましょう。
収納の話は他の盗賊にもすぐに広まるし、護衛なしではこの辺で商売は出来なくなるわ。護衛代のびた銭をケチって、今まで造り上げた商品の仕入れ先や売り先がパーになるのよ。そんな馬鹿を相手にする事は無いわ。」
ギルドへの報告はけち臭い嫌がらせようで、我ながら情けないが、新しくバカを見る人が出ないようにするための必要な措置でもある。
「自分では賢く立ち回っているつもりなんだろうけど、目先の損得しか見えないおバカさんよ。こんなゴミみたいなやつ、いつまでも相手をしてちゃだめよ。」
腹の虫がおさまらず、少々むかつくがアズミの言うとおり、商人の事はあきらめて、ムルガの村に急ぐことにした。
*
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます