第35話【シャンプー&リンスセット】
そして、時間は進みティータイムを過ぎたころである。窓の外を見れば暗くなって来ていた。夕日が山陰に沈んで行く。
俺は酒場から返ってくるとショスター邸の客間に戻ってきて品物の移し替える作業に励んでいた。
それにしても面倒臭い。塩の詰め替え、砂糖の詰め替え、シャンプーの詰め替え、リンスの詰め替え。もう、詰め替えばかりですよ。マジで嫌になっちゃう。
だが、詰め替え作業も立派な仕事だ。まさかあちらの世界で買った商品をそのままこちらの異世界で出すわけにもいかないだろう。パッケージそのままは流石に気が引ける。
それに、俺の考えついたトリックがお客さんにバレたら問題だからな。
安く買って高く売る。これが商売の鉄則だ。だから詰め替え作業ぐらいは自分でやらねばならないだろう。
そもそも俺が右から左に品物を流しているだけだと知られたら商品の価格が落ちてしまう。市販の包装パックがそのままだと、そこからバレる心配があったから詰め替え作業を行っているのである。苦労して魔法で作っていると思わせないとレアリティーが崩れてしまうのだ。
「ほら〜、ワカバさん、またシャンプーが零れていますよ。ちゃんと瓶の中に移し替えてくださいよね」
「このような面倒臭い作業なんぞ、儂は苦手なのじゃ……」
ごねるワカバを叱るチルチル。う〜む……。
俺はチルチルとワカバにもシャンプー&リンスの詰め替え作業を手伝わせているのだが、ワカバはこの手の仕事は不得意らしい。シャンプーを狙い道理に瓶に流し込めないでヤキモキしてやがる。
ここでメイドたち各自の性格が出てしまう。どうやらワカバは使えない。今後はチルチルだけに手伝ってもらおう。
「よし、御主人様。これで最後の瓶に移し替えが終了しました。リンスは完了です!」
移し替え作業の手を休めた俺はチルチルに親指を上げて無言のままにグッドサインを送った。そして、俺が最後のシャンプーを瓶に移し替えて作業は終了する。
シャンプー&リンスが詰まった瓶は20本づつだ。計40本。これを夕飯後にでもエリナ夫人とスージー夫人に売却する予定である。
もしもすべて買い取ってくれなければ商人ギルドで売り出してみよう。シャンプー&リンスならば庶民でも買ってくれるかもしれない。
まあ、商人ギルドには塩と砂糖の売却が優先だろう。こちらも二束三文で買ってきた品物を高額買取してもらえればマジでありがたいのだが。
まあ、そこまで上手くいくとは思ってもいない。だが、値引きをしたのならば、絶対に売れるのは間違いないだろう。
くっくっくっ。まさに坊主丸儲けである。スケルトンに変化して頭も坊主になったかいがあったってものである。
さて、次の問題は新クエストの案件だ。
【クエスト・006】
シャドーゴーストを退治しろ。
成功報酬【アンデッドボディー・声】or【シャドーファミリア・幽霊メイド】
ところで、このシャドーゴーストってどこに居るモンスターなのだろう。それを俺は知らない。対象がどこに出現するか分からなければ退治も討伐もありゃしない。まずはそこから調べないとならないだろう。
この辺がモンスター討伐クエストの厄介なところだ。次からはシャンプーを50本詰め替えろとか言う単純なクエストにしてもらいたい。そうすれば簡単にクエストも完了するのにさ〜。
しかも、こういう時に頼りになるはずのチルチルもシャドーゴーストたるモンスターを知らないという点が困ったもんだった。おそらくマイナーモンスターなのだろう。今までの流れからして解説役のチルチルが名前すら知らないモンスターは始めてである。
解説役のチルチルが知らないモンスターってのば厄介だ。できれは強さ評価ぐらいしてもらいたい。俺で勝てるのか勝てないのか。それだけでも知りたかった。否、それだけは知りたかったと言えば正しいのかな。
まあ、それよりも今はシャンプー&リンスセットの販売から片付けようかな。
なんやかんやで晩食が終わる。そのあと俺はショスター家の女性陣を応接間に呼び出しシャンプー&リンスセットの販売交渉に入った。
ショスター伯爵と息子のショセフ氏も同行している。シャンプー&リンスセットを欲しがっているのは妻たちだが、代金を払うのは旦那さんたちなのだ、同行しても当然だろう。
そして、期待に瞳を輝かせている夫人たちとはことなり旦那さんたちは厳しい表情であった。少しでも値切りたいのか額に深い皺を寄せながら硬い微笑みを浮かべている。
俺がソファーに腰掛けると目の前のテーブルにチルチルとワカバが木箱を一つずつ置いた。中身は当然ながらシャンプー&リンスの20セットだ。
木箱の中を覗き込んで瞳を輝かせるエリナ夫人と嫁スージー。その微笑みは眩い宝石でも見詰めているかのようだった。
そのような二人を前に俺は音読アプリで語り出す。
『とりアえず、シャンプー&リンスをオ二人に10セットずツお持ちしましタ。これだケあれば十ヶ月はモつと思いまス。長けレば一年はもモつかも知レませン』
「有難う御座いますわ、骨の魔法使い様!」
抱き合う二人の御婦人。それを見ながらショスター伯爵が俺に訊いてきた。その口角は引きつっている。
「骨の魔法使い様……。と〜こ〜ろ〜で〜、こちらは如何ほどになりますか……?」
ショスター伯爵は値段を訊くのが怖いといった表情である。だが、妻たちが喜ぶ顔も見たいのだろう。それとの駆け引きでドキドキしているってのが髭面から伝わってくる。
『1瓶1金貨。総額20金貨デ如何でしょうカ?』
俺の言葉を聞いた御婦人たちは瞳を乙女のように輝かせて歓喜していたが、旦那さんたちは胸の前で腕を組んで考え込む。
もしかしたら少し高かったのかも知れない。何せシャンプー&リンスセットが一ヶ月分でメイドたちの給金より高額なのだ。それは確かに悩ましいだろう。
するとショスター伯爵から質問が出た。
「これはすべて一括で買い取らなければならないのですか?」
ショスター伯爵の言葉に口を挟んだのはチルチルであった。
「シャンプーもリンスも保存が効きます。直射日光が当たらない場所ならば腐敗も劣化もしません。戸棚などの中に仕舞っておけば数年は保存が効きます」
流石はチルチルだな。詰め替え作業中に俺がしてやった解説をちゃんと聞いていたようだ。よしよしである。
深い溜め息の後にショスター伯爵が交渉に承諾する。
「わかりました骨の魔法使い様。すべて買い取らせてもらいます。――ショセフ、金庫から20金貨を取ってきてくれ」
「はい、父上」
こうして商売の話は一段落ついた。執事たちがシャンプー瓶の入った木箱を運び出すとルンルン笑顔の御婦人たちが応接間から退室する。
しかし俺はショスター伯爵には残ってもらった。シャドーゴーストの話を訊くためだ。ここからは情報収集である。
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